第23話:集いし刃、禍源域への道
地平が、黒く“揺れて”いた。
最初は蜃気楼かと思った。
だが近づくにつれて、それが錯覚ではないと分かる。
禍気が濃い。
空気が重く、喉の奥に鉄の味が張り付く。
そして――数が、異常だった。
強化された禍鬼の群れ。
ただの群れではない。禍源域に触れ、膨張し、獣のまま“強さ”だけを与えられた異形が、地面を埋め尽くしている。
ユイの結界が震えた。薄い膜が音もなく擦れる。
ユナは息を整え、視線を逸らさない。
レンの手が刀の柄に乗る。ツバサも、ソウマも同じ動きだった。
(……大丈夫か、これ)
ユウマが喉の奥で飲み込んだ瞬間――
「すげー数だな!」
聞き慣れない声が、戦場の空気を切った。
ユウマたちが振り向くと、砂塵を踏み散らしながら現れたのは、灼けた風の匂いを纏う一団だった。
――ザラハドの英雄隊。
ハーリドが歯を見せて笑い、双子が並んで刃を鳴らす。
彼らの背後には、砂漠の国特有の“乾いた覚悟”があった。
「お前らだけに背負わせる気はない」
ハーリドが肩を回し、禍気の海を見据える。
ユウマが言葉を探す間もなく――
「待たせたね。……いや、待たせてないか。ちょうどいいタイミングだろ?」
今度は潮の香りがした。
リュミエードの英雄隊が現れる。軽い足取りなのに、目だけが鋭い。
ロイクが片手を上げ、ディアナが静かに呼吸を整える。
“武道大会の熱”ではない。これは、戦線の熱だ。
「……どうして」
ユウマがようやく絞り出すと、背後から落ち着いた声が割って入った。
「今は理由より、数の処理が先でしょう」
振り向くと、そこにいたのは――アルノルト・セイグラン。
まるで光が人の形を取ったみたいに、清々しい存在感。
汗や泥さえも、この男なら“正しく”見えると思えてしまうほど、凛としていた。
その後ろに、ジョエル、フィオナ、ラウル。
ルミナリアの英雄隊が揃っている。
「……今度は、間に合いましたね」
アルノルトは微笑む。
彼はレン達がアシハラへ帰還の際、何かあると察知して他国の英雄達に援軍要請をだしていた。
その微笑みが、“ここから先は守る”と宣言しているみたいだった。
レンが鼻で笑う。
「味な真似してくれるじゃないか」
アルノルトは肩をすくめるように、礼儀正しく言った。
「君が一人で抱える顔をしていたからね。
放っておけなかった。……それだけです」
その言葉が終わる前に、さらに空気が割れた。
「私たちのことも忘れてもらっては困るぞ」
重い足音。乾いた気配。
そして――鋼のような威圧感。
現れたのは、エルザ・ノーザリア率いる北の英雄隊だった。
背後には、壁のような兵の気配がある。
数ではない。“厚み”だ。踏みしめる大地が、彼らの重さを認めている。
ツバサが、思わずニコラスへ声を投げた。
「……おい。ニコラス。女王様まで来てんの、マジかよ。大丈夫なのか?」
ニコラスは一瞬だけ困った顔をして、すぐに真面目な顔に戻す。
「言ってなかったけど……女王様は、実は父さんより強い」
「はぁ!?」
ツバサの声が裏返る。
その横で、エルザが楽しげに笑った。
「楽しそうなことになっているじゃないか、ユウマ」
エルザの眼は鋭い。だが、その眼差しは“血の匂い”ではなく“戦の匂い”に反応している。
ユウマは一歩前へ出て、真っ直ぐ問う。
「北の防衛は平気なのか? あなたがここにいるなら――」
エルザは即答した。
「うちの兵たちは皆強い。大丈夫だ。
それに、私がいないと崩れる国なら、そもそも守る価値がない」
言い切って、エルザは不敵に笑う。
「……だから、私はここに来た。
お前たちが、禍源域に向かうなら。北の女王として“見届ける”義務がある」
その瞬間、ソウマの耳が僅かに動いた。
(……私も助けに来た)
聞こえた気がした。
声にはならないほど微かな、けれど確かに覚えのある響き。
ソウマは何も言わない。
ただ、誰にも見えない角度で、ほんの僅かに口元が緩んだ。
ユウマはそれを見た。見なかったことにした。
今は、言葉にしない方がいい。
アルノルトが一歩前へ出た。
「ヴァルツェインとアルキュオンがいないのは残念ですが……」
一瞬、彼の声が柔らかく沈む。
それでも、次の言葉は明るく、まっすぐだった。
「みんな揃いました。いつでも行けます!」
その一言に、胸が熱くなる。
――これは、戦力が増えたというだけじゃない。
“孤独じゃない”と突きつけられる感覚だ。
レンが刀を抜く。刃が風を裂き、禍気の海へ向いた。
「行くぞ」
短い声。だが、ここにいる全員がそれを待っていた。
「――一斉に!」
掛け声の瞬間、世界が動いた。
禍鬼の群れへ、英雄たちが雪崩れ込む。
ザラハドの双子が先に抜ける。
砂漠の禍鬼と戦い慣れた足捌きで、強化禍鬼の“間”へ入り込み、関節を断つ。
速さを速さで殺し、牙を牙で折る戦い方だ。
ハーリドは大剣を地面に叩きつけ、衝撃で禍鬼の足場を崩す。
倒れたところを容赦なく刈り、道を“削る”。
リュミエードのロイクは軽やかに舞い、群れの外縁を薄く切り取る。
ディアナの術が、禍気の濃い個体を一瞬だけ縛り、ラウルの双剣がそこへ滑り込む。
軽口を叩きながら、刃は一切甘くない。
「やべぇな、これ。……でも、嫌いじゃない!」
ラウルが笑って血飛沫を避ける。
フィオナが祈りを重ね、裂傷を塞いでいく。彼女の“説教”が始まる気配に、ラウルが一瞬だけ冷や汗をかいた。
「後で怒るからね!」
「はいはい! 今は切ってる切ってる!」
ジョエルが巨大な盾で前線を押し上げる。
盾が壁になる。壁が前進する。壁が、仲間の心を支える。
ノーザリアは違った。
オルガとブラムが矢を放ち、狙いは“群れの流れ”そのもの。
密度の高い地点を崩して、禍鬼の“押し”を薄める。
ニコラスは迷いがない。誰かを守るための最短距離を選ぶ。
そしてエルザは――前に出た。
あまりにも自然に、前へ。
「遅いぞ、牙ども」
その一言で、周囲の空気が締まる。
エルザの剣が閃く。禍鬼の首が落ちる。
次の禍鬼が踏み込む前に、もう次が落ちている。
“強い”のではなく、“戦場を支配している”。
ユウマは一瞬、見惚れかけてしまう。
その背を追い越すように、レンが前へ出た。
「ユウマ、行けるか」
「……行ける」
ユウマは短双剣を抜く。
刃は小さい。だが軽い。
数の海を抜けるには、重さより速度が要る。
ユナが一歩、ユウマの斜め前へ出る。
結界が重なり、ユイの術が薄く補強する。
ソウマは一言もないまま、刃の軌道だけで“道”を描く。
刃が静かすぎて、逆に怖い。
しばらく押し合いが続く。
押しても押しても、禍鬼は湧く。数が多すぎる。
レンが歯噛みした。
「……このままじゃ埒が明かない」
その言葉に、ハーリドが笑う。
「だろうな」
ロイクも頷いた。
「お前らは奥へ行け。ここは俺たちが道を作る」
ザラハドとリュミエードの英雄隊が、前線へ集まる。
連携が早い。言葉は少ない。
――戦う理由が同じだからだ。
「ユウマ、行け!」
ハーリドが叫び、双子が左右から群れを裂く。
ロイクが外縁を削ぎ、ディアナが“穴”を固定する。
そこへジョエルが盾で壁を作り、通路を押し広げる。
ユウマたちは、その道を走った。
奥へ。奥へ。
禍気はさらに濃くなる。
空気が重く、視界がわずかに歪む。
再び、群れが行く手を塞いだ。
ノーザリアの兵装が、前に出る。
「次は私たちの出番だな」
エルザが淡々と言い、剣を振る。
「道を開ける。行け」
ノーザリアの英雄隊が前へ出た。
壁のように押し、刃のように削る。
ツバサが振り返る暇もなく、ニコラスが一瞬だけ目を合わせる。
――“行け”の合図だ。
ユウマは頷き、さらに奥へ踏み込んだ。
そして、禍源域の外縁に近い場所で――ようやく“静けさ”が現れた。
静けさは安堵ではない。
嵐の目のような静けさだ。
その中心に、二人の影があった。
一人は、見慣れた狂気。
エルデ。杖を肩に乗せ、口元を歪めている。
そしてもう一人。
見たことのない男。顔はよく見えない。だが存在が“違う”。
レンたちが言葉にする前に、ツバサが小さく呟いた。
「あいつ……誰だ?」
謎の男は地面に刻まれた術式を見下ろし、淡々と告げる。
「もう少しで完成だ。
……エルデ。やつらの相手をしろ」
エルデが肩をすくめた。
「仕方ないですねぇ。ほんと、邪魔が入るのは嫌いなんだけど」
笑っているのに、目だけが濁っている。
ユウマは思った。
(……来た)
ここから先は、もう戻れない。
禍源域が、背後で脈打っている。
術式が、足元で静かに光を孕む。
そしてエルデが、一歩前へ出たところで――
物語は、次の刃へ繋がる。
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