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終末世界で頑張ります  作者: 深蒼 理斗


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第十九話:聖都崩落

禁足地の石段は、夜の冷気を吸っていた。

 白い封印紋は幾重にも重なり、鎖は祈りの言葉で縛られている――はずだった。


 エルデの指先が触れた瞬間。


 ――鈍い音がした。


 石が鳴いたのではない。

 封印そのものが、内側から“息をした”。


 地が揺れ、紋が軋み、鎖がわずかに浮く。

 エルデの瞳が潤み、口角が裂ける。


「来た……来た来た来た……っ!」


 次の瞬間、封印紋が“割れた”。


 割れたのは石ではない。

 祈りの筋道だ。

 守るはずの秩序が、音もなく崩れる。


 黒い魔力が、静かに――噴き出した。


 そして、そこに立った。


 角を持つ巨躯。

 それでも纏いには、形が残っている。

 古い外套、陽の紋を刻んだ装飾、そして――かつて英雄が手にした剣。


 セラフィス。


 目は燃えていない。

 燃えているのは、空気だ。

 周囲の魔素が勝手に軋み、肌に刺さる。


 セラフィスは一歩、前へ出た。

 その一歩で、夜気が裂けた。


 遠く、聖都ルミナリアの白い屋根が見える。

 整った街並み。清潔な石壁。祈りの鐘。


 その光景を見た瞬間――


 憎悪が爆発した。


 空が暗くなるほどの圧。

 黒炎の気配が、風を押し潰し、地を這う。


 エルデは笑いかけて――すぐに、笑みを引っ込めた。


「……あぁ、これは……会話は成立するね。でも、無理だ。僕の手じゃどうにもならない」


 珍しく、判断が早い。

 狂気よりも先に“生存”が勝った。


 エルデは一歩も粘らず、影に溶けるように退いた。

 残したのは、封印の崩壊だけだ。



 聖都は、清潔なまま悲鳴を上げた。


 まず鐘が鳴った。

 次に祈りが増えた。

 そして祈りが、命令になった。


「神の試練だ!」

「異端が呼んだ!」

「黒い者を連れてきたからだ!」


 誰も、自分たちが封印を“禁足地”として押し込め、真実を覆い隠し、

 それでもなお「正しい」と言い続けた結果だとは認めない。


 罪の所在を探して、都はさらに狂っていく。


 通りに出た民は、揃った顔で祈りながら、同じ目で“外”を刺した。

 黒髪、黒い瞳。

 ユウマとユナが通るだけで空気が凍る。


 そして――黒炎が、街の中央へ歩き出した。


 あまりに静かで、あまりに重い足取り。

 瓦礫が出る前に、まず“恐怖”が崩れた。


 英雄たちが集結する。

 アルノルトを先頭に、白い外套の英雄隊が剣を抜く。

 レンたちも合流し、刀が光を返した。


 謎の幻魔人。

 禍鬼とは違う。理性を持つ圧。

 その姿だけで、全員が理解する。――別格だ、と。


 だがアルノルトだけは、目の前の異形を“見て”、息を失った。


 外套の意匠。

 陽の紋。

 剣の柄に刻まれた古い聖刻。


 ――英雄譚の挿絵と、同じだ。


「……嘘だ」


 アルノルトの声が震えた。

 あの爽やかな声が、初めて崩れる。


「……セラフィス……?」


 セラフィスは答えない。

 答えないが、視線は“街”を見ている。

 白い壁、祈り、同調した瞳。


「……まだ、祈っているのか」


 低い声。確かに言葉だ。

 その一言で、祈りの群れがざわめいた。

 セラフィスの口元が、歪む。


「都合がいい。いつもそうだ。

 祈りは、罪を消す道具じゃない……罪を“正当化する刃”だ」 


 憎悪が、刃になる。


 黒炎が揺れ、次の瞬間。


 ――斬撃が来た。


 空気が裂ける音が遅れて届いた。

 石畳が線ではなく“面”で抉れ、粉塵が舞う。

 盾が受け止めた瞬間、鈍い衝撃音が広がり、盾騎士の足元が二歩分、地面に沈んだ。


 それでも盾は崩れない。

 だが、盾の裏側で息が詰まる音がした。


「……っ、下がるな!」


 盾の背後から神官の声が飛ぶ。

 白い光が走り、衝撃で裂けた腕の痺れが和らぐ。

 彼女の浄化は“痛み”を押し戻す。しかし、恐怖そのものは押し戻せない。


 中衛が走った。軽い足。

 セラフィスの脇へ、刃を二筋――狙うのは角ではない、関節。膝。

 だが、届く前に黒炎の圧が“壁”になる。


「……近づくな」


 セラフィスの一声で、空気が固まった。

 中衛の身体が、見えない手で押し潰されるように止まる。

 膝が沈み、歯が鳴る。それでも無理に踏み込もうとして、視界が揺れた。


 ユナとユイの結界が震える。

 膜が砕ける寸前で、二人が同時に息を吸い直す。

 結界が“持ち直す”――それだけで限界が近いとわかる。


「……っ、これが……!」


 ツバサが歯噛みした。

 刀を振るっても、刃が空を滑るだけ。

 セラフィスが動かないのに、近づけない。


 アルノルトは必死に叫ぶ。


「セラフィス! お願いだ、聞いてくれ!

 あなたは――あなたは正しい人だった! 民に愛される英雄だった!」


 セラフィスが笑った。

 笑い声は出ない。笑い“方”だけが、あまりに苦い。


「民……?

 俺が守った民が、俺の家族を焼いた。

 祈りながらな。――“正義”を名乗りながらな」


 アルノルトの顔が崩れる。

 だが目を逸らさない。逸らせない。


「……違う。あなたを苦しめた者が全てじゃない。

 今のルミナリアには、救える人も――」


「救える?」

 セラフィスが一歩踏み出す。

 その一歩で、盾騎士が“受ける位置”を変えた。地面を削りながら。


「この国は、いつも“綺麗”だ。

 綺麗な言葉。綺麗な祈り。綺麗な規律。

 汚れは全部、外に投げる。

 異端を作って、安心して、手を汚さずに人を殺す」


 群衆が叫ぶ。


「嘘だ!」

「神の裁きだ!」

「悪魔が——!」


 セラフィスの目が群衆を貫いた。


「ほら、また始まった。

 俺が来たのは“お前たちが望んだ”からだ。

 破滅を呼んでおいて、誰も責任を取らない」 

 

 その瞬間、黒炎が爆ぜた。


 盾が真正面で受ける。

 盾騎士の膝が沈み、背後へ衝撃が抜けそうになるのを、回復役が光で繋ぎ止めた。

 中衛が横から斬り込む。

 ツバサが地を蹴り、回転しながら刃を叩き込む。

 レンが“道”を切り拓く。

 ソウマが死角から間合いを奪う。


 連携は完璧に近い。

 だが、セラフィスの憎悪は、それを“力の差”で押し潰す。


 黒炎が波のように広がり、結界が震える。

 ユイが喉の奥で息を詰め、ユナが歯を食いしばって支える。


「……ッ、持って……!」


「持たせる!」


 二人の声が重なった瞬間だけ、圧が薄くなる。

 その隙にユウマが飛び込む。


「禍人化——!」


 血が熱くなる。骨が軽くなる。視界が澄む。

 短双剣が“二本の稲妻”のように走る。


 右で剣筋を逸らし、左で喉元へ。

 ――だが届かない。届く前に、空気そのものが折り畳まれる。


 セラフィスの刃が振り下ろされた。


 直感が叫ぶ。

 避けても遅い。受ければ死ぬ。


 ユウマの身体が硬直する、その刹那。


「ユウマ!!」


 ユナが飛び込んだ。

 盾でも結界でもない。体ひとつで、ユウマを押し退けた。


 衝撃が来る。

 ユナの肩口が裂け、血が散る――はずだった。


 だが、セラフィスの刃が、止まった。


 ほんの一拍。

 世界が静まったように見えた。


 セラフィスの瞳が揺れる。

 憎悪の底から、別の記憶が浮かび上がる。


 黒い髪。黒い瞳。

 守ろうとして身を投げ出した、かつての妻。

 小さな命を抱きしめた、あの夜。


「……やめろ……」


 憎悪の奥底に沈んでいた“英雄”の意識が、浮上する。


 セラフィスの腕が震え、刃が止まる。

 黒炎が暴れるのを、内側から押さえ込むように――


 アルノルトが息を呑む。


「セラフィス……!」


 セラフィスは自分の胸を掴み、歯を食いしばった。

 角の奥で、何かが悲鳴を上げているようだった。


 そして、アルノルトを見た。


 まっすぐな目。

 眩しいほどの正義。

 自分が、かつて憧れたはずの“未来”。


 セラフィスは、最後の力を振り絞るように言った。


「……若き騎士よ……

 ……俺を……終わらせろ……」


 アルノルトの顔が歪む。

 それでも、彼は剣を握り直した。


「……分かりました。あなたを、これ以上苦しませない」 


 レンが横に並ぶ。

 刀を構える。短い言葉で、心を揃える。


「道は俺が作る」


 アルノルトが頷く。

 涙は見せない。ただ、声だけが少し掠れる。


「頼む」


 レンが踏み込む。

 刀が黒炎を裂き、圧の“継ぎ目”を探して切り開く。

 そこへ盾騎士が盾を叩き込み、黒炎の波を受けて“反らす”。

 回復役の光が、盾騎士の足を支える。

 中衛が駆け、セラフィスの腕を一瞬だけ引かせる。


 その一瞬が、レンの刃筋と重なる。


「今だ!」


 アルノルトが飛ぶ。

 守るための剣。正しさを貫く剣。

 

 複合技。


 レンの刀が道を固定し、アルノルトの剣が一点へ落ちる。

 刃が交差し、黒炎の核を断つ。

 角の根元が砕け、巨躯が膝をついた。


 セラフィスの口元が、ほんの僅かに緩む。


「……ありがとう……」


 次の瞬間、黒炎が風に溶けるように消えた。

 残ったのは、黒い結晶。


 幻魔石――三つ目。


 ユウマが手を伸ばした。


 同調が走る。

 視界が短く揺れ、燃える杭と祈りの唇、黒い髪の手の温度が刺さる。

 胸が締め付けられ――すぐに戻る。


 石は手の中で静かだった。


 遠くで民の祈りが再開される。

 誰かが泣き、誰かが叫び、誰かが「異端」と言う。

 聖都は相変わらず清潔で、相変わらず息苦しい。


 そして英雄たちは、無言で理解する。


 ――この国の“正しさ”は、人を救うためのものではないかもしれない、と。



 夜の外れ、エルデは屋根の陰で肩を揺らして笑っていた。


「いやぁ……最高だ。最高だよ……!

 あんなの、触っちゃいけないって言われたら触りたくなるに決まってる……!」


 笑いながらも、背筋には冷たい汗が走っている。

 自分の手には負えない。

 その判断は間違っていなかった。


 そこへ、足音が一つ。


 エルデの笑いが止まる。

 気配が違う。

 人間ではない。


「――知りたいのか」


 闇から現れたのは、見慣れない男だった。

 容姿は人に近い。だが目が、深い。

 息が、異質だ。


 エルデの瞳が輝く。


「誰だい? 君、面白い匂いがする」


 男は淡々と言った。


「禍源域には、この世界の全ての知識が詰まっている。

 その中に入って、魔力を極限まで注げば――知識を得られる。

 そして、“どんなものでも手に入れられる力”も」


 エルデの喉が鳴った。

 理性が、欲望に押し潰される音。


「……そんな場所が……あるの?」


「ある。」


 男は笑わない。

 笑わないからこそ、甘い言葉がより甘く聞こえる。


 エルデは、口角を吊り上げた。


「あぁ……禍源域。禍源域、禍源域……!

 知りたい……もっと知りたい……!

 そこに行けば、全部……全部……!」


 そして、影の向こう――大陸の中心へ向かって、歩き出す。


 次に世界が壊れる音は、まだ鳴っていない。

 けれど、鳴る準備だけは整ってしまった。

次話は【毎日21時30分】更新です。続きが気になったらフォロー/★で応援してもらえると嬉しいです。

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