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終末世界で頑張ります  作者: 深蒼 理斗


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第十八話:ルミナリア到着

国境に近づくほど、道は整っていった。


 石畳の継ぎ目が少ない。

 道標は汚れひとつなく、巡回兵の靴音すら揃っている。

 森も畑も手入れが行き届き、空気に埃がない。


 ――清潔だ。


 けれど、息が少し浅くなる。


 門が見えた瞬間、鐘が鳴った。

 甲高くはない。むしろ澄んだ音だ。

 それなのに、胸の内側へ爪を立てられるような圧があった。


 街道を歩いていた者たちが一斉に足を止める。

 荷車も、商人も、子供も。

 誰一人として例外がいない。


 全員が同じ方角へ向き、同じ高さで手を組む。

 唇が静かに動き、祈りの言葉が流れる。

 それは声にならないのに、波のように周囲を満たした。


 ユウマは、無意識にユナの手を握っていた。

 ユナは握り返す。強く、確かに。


 隣でツバサが小さく息を吐く。


「……すげぇな。空気が、固い」


 レンは何も言わない。

 ただ、周囲の視線の流れを読み、いつでも刀に手が行ける位置で歩いている。


 ソウマは表情が変わらない。

 だが、あの男が“気配”に反応していないはずがない。


 門前の検問は静かだった。

 兵は怒鳴らない。声を荒げない。

 その代わり、言葉が淡々としていて、拒絶の角が鋭い。


「氏名」

「所属」

「滞在目的」

「祈りの規範は理解しているか」


 アルノルトが先に進み出て、礼を尽くして答える。


「彼らはアシハラ英雄隊です。僕の招待で滞在します」


 兵はアルノルトを見て、ほんの僅かに姿勢を正した。

 敬意がある。露骨ではないが、確かに。


 そのあと、兵の視線がユウマとユナに移る。

 黒髪。黒い瞳。


 刃物でも向けられたかのように、空気が冷える。


 背後で、誰かが小声で言った。


「……外の色だ」

「黒い」

「触れるな」


 言葉は小さい。

 けれど、気づかないふりはできない距離だった。


 ユイは白紗の奥で目を伏せたまま、歩幅を変えない。

 ユナは背筋を伸ばし、視線を外さない。

 ユウマは喉の奥で何かが熱くなったが、飲み込んだ。


 アルノルトが、あくまで穏やかに言う。


「彼らは僕の仲間です。ここで不快な扱いを受けさせるなら、僕が責任を問います」


 兵は一瞬だけ迷い、次に機械的に頷いた。


「……失礼しました。入国を許可します」


 許可された。

 なのに、歓迎された気がしない。


 門をくぐった瞬間、また鐘が鳴った。

 今度は近い。

 街の中心から、規則正しく響く。


 通りの白い石壁は美しい。

 水路は澄み、花壇は整い、匂いすら管理されているようだった。


 けれど、視線が多い。


 人の目が、祈りと同じように揃っている。

 歩く速度、立ち止まる場所、声の大きさ。

 それらが微妙に“同じ”で、そこから外れたものを自然に測っている。


 祈りの鐘が鳴るたび、流れが止まる。

 止まらない者がいれば、目が集まる。

 責める声は出ない。代わりに、沈黙が責める。


 ツバサが小さく舌打ちしそうになって、寸でで飲み込んだ。


「……ここ、綺麗なんだけどさ。息できねぇ」


 レンが低く言う。


「“綺麗”は、武器にもなる」


 ユナはユウマの耳元で囁いた。


「……大丈夫。あなたがいる」


 その言葉だけで、ユウマの呼吸は戻った。

 少しだけ。


 かつては鎖国国家。

 今は交易もある。

 それでも、外の者を“外”として扱う癖は消えていない――そういう国の空気が、肌に貼りつく。



 アルノルトの家は城下の中でも整った区画にあった。

 門を入った瞬間、食事の匂いがする。

 温かい湯気と香草の香りが、張り詰めた胸を少しだけ緩めた。


「さあ、どうぞ。堅苦しいのは無しです。今日は“仲間”として迎えます」


 卓に並ぶ料理は、質素ではないが派手でもない。

 だが手が込んでいる。

 この国が“整っている”理由が、こういうところにも出ていた。


 そして、部屋の壁一面――本だった。


 英雄譚。

 そのほとんどに同じ名前がある。


 セラフィス・ルクレール


 アルノルトは嬉しそうに背表紙へ手を伸ばし、一冊を抜いた。


「僕、これが大好きなんです。セラフィスの英雄譚。子供の頃から、何度読んだか分からない」


 レンが言う。


「お前の性格に合ってるな」


「はい。僕の理想です」


 アルノルトはページを開き、朗々と語った。


「“聖なる英雄セラフィスは、神に愛され、民を導き、禍鬼を討ち続けた。

 旅の途中で出会った純真な娘と結ばれ、家族を得て、彼はさらに強く優しくなった。

 邪悪なる災厄が家族を襲ったが、セラフィスは神の加護を得てそれを退け、

 愛する者たちと共に、穏やかな余生を過ごした”――」


 言葉はまっすぐで、迷いがない。

 アルノルトはその物語を、疑いなく愛している。


 ツバサが、少し眩しそうに笑った。


「……こういう“英雄”に憧れるの、分かるわ」


 ソウマは黙っていた。

 ユイは白紗の奥で本を見つめ、何かを言いかけて、やめた。


 ユウマは、口を開かなかった。

 隣でユナの指が、そっとユウマの手をなぞる。


 この国は、清潔で、整っていて、正しい物語が好きだ。

 ――その“正しさ”の形が、どこまで人を救うのか。

 どこから人を追い詰めるのか。


 考えるには、まだ情報が足りない。

 けれど、考えたくなるだけの“ズレ”が確かにある。



 一方、夜のルミナリアには、別の足音があった。


 外套を深くかぶった一人の男。

 歩き方は静かで、兵にも民にも溶け込む。

 目だけが異様に明るい。


 エルデは、祈りの鐘を聞きながら笑った。


「ふふ……綺麗だねぇ。整ってる。隙がない。……でも、知りたい。知りたい知りたい知りたい……!」


 彼は小さな礼拝所に入り、古い掲示板の文字を指でなぞる。

 禁足地の告知。立ち入りの禁止。

 理由は書かれていない。書く必要がないのだろう。


 “そこに触れるな”――それだけで十分な国。


 エルデは肩を震わせる。


「禁足地……ねぇ。隠してる。隠してる隠してる……あぁ、最高だ。最高だよ……!」


 彼は兵を操る必要すらなかった。

 この国は、規則が人を動かす。

 規則に従う者は、規則の穴にも従う。


 書庫の片隅。

 宗務の記録。

 封印の地へ通じる旧道の図面。


 拾い集めるたびに、エルデの目が濡れる。


「……触れちゃいけない? 触れたくなるに決まってるじゃないかぁ……」


 夜更け、エルデは禁足地へ向かった。

 月明かりの下、白い石段が続く。


 風が止む。

 鳥が鳴かない。

 空気が、重い。


 そこには、巨大な封印があった。

 祈りの紋。鎖。石。

 何重にも“触れるな”が刻まれている。


 エルデは両手を広げ、うっとりと息を吸う。


「やっと……やっとだ。あぁ、知りたい。知りたい知りたい知りたい――!」


 指先が封印に触れた、その瞬間。


 ――地が、震えた。


 小さな揺れ。

 だが確かに、封印の奥から“何か”が呼吸した。


 エルデの笑みが、裂ける。


「……起きて。起きて起きて起きて……!」


 祈りの紋が、わずかに軋む。

 鎖が、音もなく張る。

 封印の内側で、目覚めかける気配が膨らんだ。


 夜のルミナリアは清潔なまま、静かに揺れていた。

次話は【毎日21時30分】更新です。続きが気になったらフォロー/★で応援してもらえると嬉しいです。

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