第十五話:感情の空白
翌日から、時間は“停滞”になった。
中心街から届く泣き声は止まらない。
だが、暴走の波は不思議と一定で、街の外縁で留まっている。
「檻がある」
ユイが言う。
白紗の向こうで、瞳が鋭い。
「ヴァルツェインが作った隔離構造。念波を一定範囲に閉じ込めてる……だから街は壊滅しても、周辺国まで波が届かない」
ユナが頷く。
「でも、その檻があるせいで、あの中にいる人も救えない」
レンが短く言う。
「国が、自分の罪を隠すために作った檻だな」
ソウマは黙って、エミリアを見た。
エミリアは焚き火の前でも瞬きが少ない。
「……お前は、何が起きたか説明できるか」
「できる。必要情報のみ」
エミリアは淡々と語る。
英雄隊は、国に“強制された”。
国の命令は絶対。
泣き声の中心に近づくたび、英雄たちの脳が削られた。
そして――みんな、エミリアを庇って死んだ。
「……理由は?」
ソウマの問いに、エミリアは一拍遅れて答える。
「私が、兵器だから。彼らは、私に“人として生きてほしい”と言った」
「……お前はそれを理解しているか」
「理解していない。感情がない。だが、記録している。……彼らの声は残っている」
ソウマの目が、さらに冷える。
冷えるというより、深く沈む。
感情を消す術を覚えたのは、彼の生存戦略だった。
幼い頃から忍びとして鍛えられ、八歳で暗殺をさせられた。
感じれば壊れる。だから消した。
だが、目の前の彼女は違う。
消したのではなく――最初から奪われている。
ソウマは一歩近づいた。
「……感情がないなら、恐怖もない。念波にも動揺しにくい」
「動ける可能性はある」
「だから、お前は生き残った」
エミリアは首を傾げる。
「生き残りたかったわけではない」
その言い方が、ソウマの胸を僅かに刺した。
日々、対策を練った。
ユナとユイの結界術で、外縁の念波を薄める。
レンとツバサ、ソウマが突破の手順を組む。
ユウマは短双剣の刃を研ぎ、幻魔石を握って、脈動を測った。
幻魔石は、確かに反応していた。
しかし、同調は起きない。
ユウマが意図して“掴む”まで、映像は見せない。
五日目。
ソウマは、エミリアと並んで瓦礫を越えていた。
戦闘の訓練ではない。廃墟の中で生存者を探す作業。
「……お前は、何を望む」
唐突にソウマが言った。
エミリアは少し考える。
“考える”という動きができるだけ、彼女は兵器以上の何かだ。
「望み。……不明」
「望め。望めないと、ずっと誰かの道具だ」
「……道具で困らない」
ソウマは足を止めた。
「困らないから、壊される」
エミリアが見上げる。
無感情の瞳が、ほんの僅かに揺れた。
「……あなたは、困っているように見える」
ソウマは答えない。
だが、その沈黙に、エミリアは初めて“興味”を覚えた。
七日目。
隔離施設の外縁で、ヴァルツェイン政府の残党が動き出した。
狙いは明白だった。
「あいつら、何をする気だ?」
レンが言う。
ユイの声が低くなる。
「まさか、捕まえる気じゃ……」
政府の男が怒鳴る。
「子供を近づけるな! 泣かせるな! 余計な刺激を入れるな!」
だが、混乱の中で誰かが邪魔になった。
男が、逃げ遅れた子供を乱暴に突き飛ばす。
子供が転ぶ。
膝が割れる。
そして――泣いた。
その泣き声は小さい。
だが、檻の中の哀しみには、十分すぎた。
遠くの中心街。
リーネの泣き声が、急に“質”を変えた。
沈静化していた念波が、刃になる。
壁が震え、地面が軋む。
「来る……!」
ユナが叫び、ユイが結界を最大まで張った。
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