表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終末世界で頑張ります  作者: 深蒼 理斗


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

27/44

第十三話:氷壁の誓いと、石の鼓動

夜明け前。

 北壁のさらに外側――吹雪が人の形を消す場所で、ガルドは待っていた。


「来たか」


 角が雪の白さに黒く刺さる。

 ガルドの目は澄んでいる。狂気ではない。強さだけを追い続けた目。


 レンが刀を抜き、間合いを取る。

 ソウマも刀を抜くが、刃を見せる角度が違う。相手の踏み込みを“殺す”立ち方だ。

 ツバサは刀を握り直し、雪を踏みしめる。


 ユウマは短双剣を抜いた。

 イツキの形見の重みが、背中を押す。


 ユイはユナの隣で祈りを結ぶ。


「皆、呼吸を揃えて。……冷えは判断を奪うわ」


 ユナが頷き、ユウマの肩に短く触れた。

 ――行け、という合図。


 戦闘が始まる。


 ガルドの踏み込みは雪を裂く。

 レンの刀が受けるが、腕に衝撃が走る。

 ツバサが横から斬り込む。ガルドは拳で弾き、金属音が響く。


 ソウマが低く言った。


「右肩。二拍遅れで落ちる。……そこに合わせろ」


 ユウマは頷き、禍人化を切る。

 視界が鋭くなる。刃の軌道が“線”として見える。


 短双剣が走った。

 一本が牽制、もう一本が実打。

 刃先がガルドの重心の“逃げ道”を塞ぐ。


 ガルドが初めて、声に熱を入れた。


「いい。止まらないのか。だが、まだ弱い……もっと来い」


 ツバサが吠える。


「俺は……弱いって言われるのが、一番嫌いなんだよ!」


 ツバサの刀が、ただの力任せじゃなくなる。

 “帰る場所がある”と知った刃だ。

 ガルドの拳がツバサを弾くが、ツバサは転がっても刀を離さない。


 ユイが白い膜を張る。


「防護――!」


 ツバサの身体が雪に叩きつけられる衝撃が、ほんの少しだけ“減る”。

 その僅差で、立ち上がれる。


 レンが踏み込む。

 ソウマが一歩遅れて追う。

 二つの刀が、同じ角度で交差しない。レンは正面から“断つ”、ソウマは横から“奪う”。

 ガルドの動きが一瞬だけ止まる。


 ユウマの短双剣が、その隙に入った。


 刃が胸へ――ではない。

 “核”へ向かうように、中心を穿つ。


 ガルドは息を吐いた。


「……俺が負けるのか、みごとだ」


 ガルドの身体が、雪に溶けるように崩れた。

 最後に残ったのは、拳ほどの黒い結晶――幻魔石。


 ユウマが拾い上げた瞬間。


 掌の奥で、石が脈打った。


「……っ」


 熱でも痛みでもない。

 意識を“引っ張られる”感覚。

 吹雪の音が遠のき、白が滲んで、視界が切り替わった。


 乾いた風。

 砂の匂い。

 喉の奥にまとわりつく熱――ザラハドの空気だ。


 ガルドは、まだ人間だった。


 周囲には訓練場。

 整列した兵。号令。連携。隊列。

 ――そのどれにも、ガルドの居場所はない。


『遅い。甘い。……群れの強さなど、弱さの言い訳だ』


 ガルドは一人で踏み込み、一人で斬り、一人で終わらせる。

 誰とも呼吸を合わせない。

 合わせる気がない。


 隊列が崩れ、教官が怒鳴り、兵が距離を取る。

 最初は反発だった。次は諦め。最後は、空白。


 気づけば――

 彼の周りには、誰もいなくなった。


 孤独に慣れたのではない。

 孤独が“正しい”と、思い込むようになっただけだ。


『国が守るのは秩序だ。俺が欲しいのは強さだ』


 ガルドは国を捨てた。

 引き止める声はなかった。

 残ったのは、背中に貼り付くような静けさだけ。


 場面が跳ぶ。

 空気が変わる。

 冷たい霧と、腐った土と、遠い呻き声。


 禍源域の縁。


 ガルドは、禍鬼を斬っていた。

 数ではない。技でもない。

 ただ、強さのために、倒し続けている。


 噛まれない。迷わない。

 だが、足元だけは――敵よりも容赦がなかった。


 凍った岩の裂け目。

 ほんの僅かな踏み外し。


 ――落ちる。


 身体が宙に投げ出され、次の瞬間、骨が軋む音がした。

 鈍い衝撃。呼吸が止まる。

 視界が黒くなり、意識が戻った時には、崖の下だった。


 脚が動かない。

 肋が痛い。

 指先が冷えていく。


 風が笑っているみたいだった。

 禍鬼の呻きが、上から降ってくる。


 ガルドは歯を食いしばった。


『……こんな、くだらない終わり方があるか』


 強さだけを求めて、ここまで来た。

 誰とも組まず、誰にも頼らず、誰も必要とせず――


 それなのに最後が、転落。事故。

 取るに足らない“間抜けな死”。


 悔しさが喉を焼いた。

 怒りが血を沸かせた。

 そして、その奥に――飢えが残った。


『もっと……強く……なりたかった』


 その時だった。


 岩肌の影に、黒い光があった。

 雪でも砂でもない、澄んだ闇。


 幻魔石。


 ガルドは、それを見た瞬間に分かった。

 理由はない。理屈もない。

 ただ、“確信”だけが落ちてきた。


『これだ』


 あれを手にすれば、終わらない。

 このまま朽ちるはずだった自分が、まだ伸びる。


 ガルドは這った。

 血が岩に残り、指が裂けても止まらない。

 やっと触れた瞬間、石が脈打った。


 ――強さが欲しいか。


 声ではない。

 思念が、骨の奥に刺さる。


 ガルドは笑った。

 弱った喉で、乾いた笑いを落とす。


『当たり前だ』


 迷いは一切ない。

 恐怖もない。

 彼は“選んだ”。


『俺は……強くなる。俺の意思で』


 石が呼応する。

 痛みが、歓喜に変わる。

 骨格が軋み、血が熱くなり、皮膚の内側から別の器が押し上げてくる。


 角が生える。

 呼吸が変わる。

 世界が、違って見える。


 ガルドは立ち上がった。

 脚の痛みが、消えていた。


 禍鬼の呻き声が近づく。

 ガルドは、拳を握る。


『……来い。まだ足りない』


 そして彼は、禍源域の縁で、ただ強さだけを貪り始めた。


 白が戻る。

 吹雪の音が戻る。

 ユウマの掌に、幻魔石の冷たさが残っている。


 ユウマは息を吐いた。


「……ガルドは……自分の意思で堕ちた」


 ユナがユウマの腕を掴む。


「ユウマ、いま……何か見たの?」


 レンが低く言う。


「幻魔石が、“起点”を見せたのか」


 ソウマが目を細める。


「……強さへの執着。理屈じゃなく、選択だな」


 ユイが白紗の奥で小さく祈った。


「選んだものほど……厄介ね。止める理由が、本人の中に残らないから」


 ユウマは石を握りしめた。

 

 王宮に戻ると、医務室でコンラートが「話がある」と待っていた。

 傷は癒えない。目だけがまだ鋭い。


「数年前、七カ国へ出した“英雄隊選抜と遠征の促し”の書簡……

 差出人不明として流したのは、俺だ」


 レンが息を呑む。

 ソウマは無言で、事実を繋ぐ目をする。


「ノーザリアは北で戦っている。だがそれを他国は知らない。

 それでも禍源域は放置できない。……だから各国を動かす必要があった」


 エルザが腕を組んだまま言う。


「私の耳に届かなかった理由が、それか」


 コンラートは目を伏せる。


「女王陛下には……知らせられなかった。国を背負わせたくなかった。俺の独断だ」


 エルザは冷たく吐き捨てない。

 ただ事実を置く。


「愚かだが、理解はする。

 ……で? 北のことを、どこまで喋る気だ」


 コンラートはユウマを見た。


「この国の北には、山脈の向こうに“まだ土地”がある。

 そこには人ならざるものがいる。魔獣……魔族……そう呼ぶしかない」


 ユウマの背筋が冷える。

 ユイが小さく祈りを結ぶ。恐怖に呑まれないための祈りだ。


「我々はずっと戦ってきた。

 だが他国へ漏らせば刺激になる。下手に騒げば戦線は崩れる。

 ……だから前国王はその事実を隠した」


 ニコラスが父の手を握る。


「父さん……」


 コンラートは息子の頭に指を乗せようとして、途中で落ちた。

 ニコラスが支える。


「……よくやった。ニコラス。……お前は俺より強い」


 ニコラスの目から涙が落ちる。

 だが声は崩れなかった。


「……俺は、父さんの息子だ」


 数日後、コンラートは息を引き取った。


 葬送の日、ノーザリアの民は泣いた。

 泣きながら肩を寄せ合って立っていた。

 一人で立てないと、体が知っているからだ。


 ツバサは墓前で刀の柄を握った。

 胸の奥の穴が、少しだけ形を変えていく。


 ユウマが隣に立つ。


「……ツバサ」


「分かってる。言うな」


 ツバサは前を向いたまま言った。


「家族ってのは……作れる。

 あいつら見て、ムカついたけど……羨ましいだけじゃねぇって分かった」


 ユイが小さく頷く。


「あなたは、もう“欲しい”って言える。……それだけで強いわ」


 エルザが近づいてくる。鋭い目のまま、声は現実的で早い。


「ユウマ。約束は覚えてるな。行く場所が無かったら来い」


「……その時は頼る」


「よし」


 女王は迷いなく言い切った。


「行け。禍源域へ近づくほど、死に方は選べなくなる。

 だが生き方は選べる。お前たちは選べ」


 ユウマは幻魔石を握り直した。

 鼓動が、次の“場所”を指し示す日が来る。


 雪の国で手に入れたものは、石だけじゃない。

 ――家族の形と、守る強さだった。

 

 その直後、ヴァルツェインから援軍要請が届いた。

次話は【毎日21時30分】更新です。続きが気になったらフォロー/★で応援してもらえると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ