第十話:女王エルザ・ノーザリア
翌朝、ユウマたちは訓練場に立っていた。
雪の上の稽古は、足裏から感覚を奪う。だが兵たちは平然と動き、笑いながら互いの肩を叩く。
「一人で強くなるってのは、ここじゃ幻想だ」
ツバサが息を吐く。
ニコラスが淡々と答えた。
「幻想じゃないけど。……ただ、長くは続かない。」
昼過ぎ、謁見が許された。
王宮と呼ぶには実用に寄りすぎている。装飾は少なく、壁は異様に厚い。守るための建物だ。
玉座の間へ通され、ユウマは“国王”の姿を想像していた。
年老いた男か、屈強な将軍か。
だが、そこにいたのは――女だった。
背筋が真っ直ぐで、軍装は隙がなく、視線が刃物みたいに鋭い。
氷の国の玉座に座るその姿は、王冠よりも「前線の空気」が似合っていた。
エルザ・ノーザリア。
ノーザリアの女王。
ツバサが思わず小さく息を漏らした。
「……女王……?」
エルザは、それを聞き逃さない。
口元だけで笑う。
「女で意外だったか?」
返しが速い。
冗談に見えるのに、試すような圧がある。
ユウマが正直に頷く前に、レンが一歩前へ出て礼を取った。
「失礼。噂でしか存じ上げなかった。女王陛下」
エルザは顎を少し上げた。
「私の夫が先代の国王だった。前線に立つ男でな。……戦死した。だから私が継いだ」
言い切る。
悲劇を飾らない。
ただ“事実”として置く。
「国王が死んだら国が崩れる? そんな国は寒波一つで終わる。
ノーザリアは一枚岩だ。私が女だから折れるようなら、最初から折れている」
兵たちの空気が動かない。
恐れではなく、信頼だ。
この女王は、民との距離が近い。命令するより先に、生活を知っている。
「アシハラの英雄隊か。寒かろう。まず飯を食え」
第一声がそれだった。
外交の型を踏まず、必要を先に押さえる。
レンが要件を切り出す。
「過去に、七カ国連合として禍源域へ向かう遠征が計画された。
その際、ノーザリアの英雄隊だけが合流地点に現れなかった。理由を知りたい」
エルザは肩をすくめた。
「遠征? 知らんな。私の耳には届いていない」
ソウマが一拍置いて言う。
「国政として異常だ。……外部の情報操作か、内部の秘匿。どちらにせよ」
エルザはソウマを見て笑う。短く。
「面倒な口をしてるな。嫌いじゃない」
レンが続ける。
「もう一つ。禍源域は南にある。だが、この国の防壁と兵力は、南より北を厚くしている。
山脈の向こうは、この大陸の果てではないのか?」
エルザの目が、ほんの少し細くなった。
「質問が多い。答えが欲しいなら、こちらにも得が要る」
外交だ。だが脅しではない。生存の計算。
「お前たちがノーザリアに何をもたらす?」
沈黙。
ユウマはユナの手の温度を感じ、覚悟を決めて一歩出た。
「俺は……異世界から来た。禍鬼に噛まれても、禍鬼化しない。戦い方も、普通とは違う」
場の空気が変わる。
しかし兵たちがざわめくより先に、エルザが笑った。
「なるほど。噛まれても平気で更に強くなれるのか。欲しいな」
女王は椅子から半身を乗り出し、目を細める。
「ユウマ。私に仕える気はないか? 前線は楽しいぞ」
ユウマが首を振る。
「……仲間がいる。縛られるわけにはいかない」
エルザは即座に切り替えた。
「そうか。行く場所が無かったらいつでも来い。歓迎するぞ」
その瞬間、外から怒号が入った。
「女王陛下! 北壁付近、交戦! 英雄隊が――!」
エルザは立ち上がる。
「よし。面倒は嫌いだ。行く」
レンが言う。
「我々も出る」
「好きにしろ。死ぬなよ」
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