表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終末世界で頑張ります  作者: 深蒼 理斗


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/44

第八話 世界は、静かにこちらを見る

潮風が、思ったより冷たかった。

 リュミエードの港を離れてから、まだそんなに時間は経っていないはずなのに。


 甲板の端で、ユナが手すりに肘をついて海を見ている。

 髪が風に引っぱられて、頬にかかるたびに指で払っていた。

 ツバサは反対側で、刀の柄を布で拭いている。何度も、何度も。落ち着かない時の癖だ。


 ユウマは、自分の掌を見た。

 昨日、あれが黒く染まった。目が赤くなって、呼吸が変わって――周りの目が一斉に変わった。


 怖がられて当然だ。

 それでも、頭のどこかで「仕方ない」の一言で片付けたくない自分がいる。


 船員がロープを引く音がして、誰かがこちらをちらりと見た。

 視線はすぐ逸れる。でも、なかったことにはならない。


「寒い?」ユナが振り返って言う。

「大丈夫」ユウマは答えて、喉の奥の乾きを誤魔化すみたいに唾を飲んだ。

 喉が渇く。潮の匂いのせいか、昨日のせいか、自分でも分からない。


 レンは船首の方にいた。風を真正面から受けて、目だけで遠くを追っている。

 ソウマは木箱に腰掛け、地図と紙を重ねて見ていた。字が小さすぎて何を書いているのか分からないが、目の動きだけは速い。


 ユウマがレンの背中を見ていると、レンが振り向かずに言った。


「思ったより静かだな」

「海だからな」ソウマが淡々と返す。

「静かすぎると、逆に嫌だ」ツバサがぼそっと言った。


 ツバサの声には、昨日のリングの砂がまだ混じっているみたいだった。

 あの瞬間、ガルドが笑った。あれが、腹の奥に刺さったまま抜けない。


 ユウマは少し迷ってから、レンに声をかける。


「……ノーザリア、なんだよな」

「そうだ」

「遠い?」

「距離じゃない。確認しに行く価値がある」


 レンは短く言って、そこで言葉を切った。

 必要以上に語らない。だけど、黙って飲み込むだけでもない。レンらしい。


 ユウマは頷いて、もう一度海を見た。

 波が揺れて、船の影が伸び縮みする。まるで、世界が呼吸しているみたいだった。


 ――世界側が、こちらを見ている。


 ふいにそんな考えが浮かんで、ユウマは眉間を押さえた。

 大げさだ。分かってる。

 でも、昨日の「共鳴」は、確かに自分の中で何かを押した。


     ◇


 船を降りた港町は、リュミエードほど明るくなかった。

 潮の匂いは同じなのに、空気が違う。風が鋭い。話し声も少ない。


 荷を背負って歩き出すと、すれ違う人たちの目が、やっぱり一瞬だけ止まった。

 怖がっているのか、警戒しているのか、好奇心なのか。

 分からないまま、全部が同じ重さでのしかかる。


 ユナが、さりげなくユウマの前に出た。

 守るってほど露骨じゃない。けど、立ち位置が少しだけ変わった。


「……ユナ」

「なに」

「いや、ありがと」


 ユナは顔を向けずに、「うん」とだけ言った。

 その短さが、逆に助かった。


 宿を探していると、通りの端で子どもが母親の袖を引っぱっていた。

 母親が子の頭を押して、こちらから目を逸らさせる。

 ユウマは苦笑しそうになって、やめた。


 自分が笑ったら、もっと変に見えるかもしれない。


 宿屋の主人は、無愛想だった。

 でも追い返しはしない。金を受け取り、鍵を投げるように渡してくる。


「騒ぎは起こすなよ」

「起こしたくて起こしてない」ツバサが言って、ユイに肘で小突かれた。

「……わかってるって」ツバサは苦笑した。


 部屋に入ると、やっと肩の力が落ちた。

 でも、落ちた分だけ、昨日の記憶が浮いてくる。


 イツキがいたころ。

 あいつなら、こういう空気の時、わざとくだらないことを言って笑わせただろう。


(今さらだろ)

 心の中で自分に言ってみる。

 でも、胸は少しだけ痛む。


     ◇


 夕方。

 小さな食堂で、湯気の立つスープを飲んでいると、隣の席の男たちが小声で話していた。


「リュミエードでさ、角の――」

「やめろって。聞かれてたらどうする」

「聞かれて困る話なら最初からすんな」


 言葉が途切れる。

 その沈黙が、ユウマの背中に張りつく。


 ソウマがスプーンを置き、何でもない声で言った。


「噂は勝手に広がる。止めようとするほど目立つ」

「分かってる」ユウマは答えた。分かってるからこそ、息が浅くなる。


 ユナが、スープの器を両手で包みながら言う。


「明日からもっと寒くなるんでしょ。だったら、体力落とす方がまずい」

「そうだな」レンが言う。

「だから、食べる。寝る。変なこと考えるのはあと」ユナは言い切った。


 ユウマは、少し笑いそうになった。

 ユナは優しい。優しいのに、言い方が強い。

 それが、今はありがたい。


「……昨日さ」ユウマは言った。

 ユナが箸を止める。

「俺、勝手に入った。あれに」


 ユナは少しだけ目を細めた。


「勝手にじゃない。必要だった」

「でも――」

「でも、次は言って」

 ユナはまっすぐ言った。

「一人で決めない。二人で決める。……それ、ここまでやってきたでしょ」


 ユウマは頷いた。

 言い返せない。というより、言い返したくない。


「わかった」

「よし」ユナはそれだけ言って、またスープを飲んだ。


 隣でツバサが黙っていた。

 黙っているくせに、指が刀の柄を握り直している。


「ツバサ」レンが呼ぶ。

「ん」

「焦るな」

「焦ってねぇし」

 ツバサはすぐ言い返して、でも続ける言葉が出ない。


 ユウマはツバサの横顔を見た。

 強くなりたい。追いつきたい。

 そう言っているように見えた。

 その気持ちは分かる。


 ツバサがぽつりと吐いた。


「……次、会ったら、絶対に置いてかれねぇ」

「置いてかれるとか、そういう話じゃない」ソウマが言う。

「わかってる。わかってるけど……ムカつくんだよ」

 ツバサは笑った。昨日より硬い笑いだ。


 ユウマの胸の奥が、少しだけ締まった。

 ――イツキも、こういう時、無理に笑ってた。


     ◇


 夜。

 宿を出て、町外れの小さな火を囲む。風よけの壁が低くて、火の熱がすぐ奪われる。


 レンは薪を足しながら、ソウマにだけ聞こえる声で言った。


「書簡の件、まだ引っかかる」

「引っかかるのは分かる。だが、急ぐと見落とす」

「急がない。……ただ、逃がす気もない」


 レンの声は低い。

 感情を出しているわけじゃないのに、芯が硬い。


 ユウマは火を見ながら、ふと思った。

 世界がこちらを見る、という感覚。

 それは怖いだけじゃない。


 期待みたいなものも、混ざっている気がした。

 最悪だ、とユウマは思った。自分が「選ばれてる」みたいな感覚に、少しでも慣れたくない。


 ユナが、ユウマの隣に座り直す。肩が触れるか触れないかの距離。


「ねえ」

「ん」

「眠れなかったら言って。……話すだけでもいいから」


 ユウマは、返事の代わりに頷いた。

 その一瞬、喉の渇きが少しだけ引いた気がした。


 火がぱち、と鳴る。

 風が強くなって、炎が揺れて、影が長く伸びた。


 遠くで、誰かが紙をめくる音がした――ような気がした。

 もちろん、ここにそんなものはない。

 それでもユウマは、背中が冷えた。


     ◇


「……ふふ、ふふふ……」


 暗い部屋で、男が笑っていた。

 紙の上に、細い線が増えていく。文字が増えるたび、笑いが弾む。


「いい……いい……。世界が、動く。動く……!

 君は……“ただの駒”じゃない。……変数。変数だ」


 ペン先が止まらない。

 楽しくて仕方がないみたいに。


「北、かぁ……。いいねぇ。寒い場所は、壊れる音がよく響く」

次話は【毎日21時30分】更新です。続きが気になったらフォロー/★で応援してもらえると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ