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終末世界で頑張ります  作者: 深蒼 理斗


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第五話 砂の国の双子

アルキュオンを出る朝、街は静かだった。

 静かなのに、ところどころで人の声が漏れている。泣き声、怒鳴り声、言い訳みたいな声。


「……戻った、って感じだな」

 ツバサが小さく言った。


 壁にもたれて座り込む男がいた。目が真っ赤で、手が震えている。

 家の前で、誰かに頭を下げ続けてる女もいる。


 正気に戻ったぶん、やることが増える。

 謝ることも、受け止めることも、片付けることも。


 ユウマは足を止めたくなったが、レンが前を向いたまま言った。


「行く。追うのが先だ」


 ソウマが頷く。


「エルデはザラハド方面。ここで止まると、次の国も同じになるかもしれん」


 ユナがユウマの袖を軽く引いた。


「……行こう」


「うん」


 短く返して歩き出す。

 背中に、まだアルキュオンの重さが張り付いている気がした。


 森が途切れて、景色が変わる。

 砂が増え、地面が柔らかくなり、足が沈むようになる。


 風が吹く。乾いてる。口の中がすぐ乾く。喉が渇く。

 水を飲む回数が増えると、会話が減る。


 でも、沈黙が長いと、余計なことを考えてしまう。


「……砂漠ってさ、こんなに無口になるもんなの?」

 ツバサがぼそっと言った。


「しゃべると乾く」

 ソウマが淡々と返す。


「それだけかよ」


「それだけでも十分だ」


 ユウマは少し笑いそうになって、やめた。

 笑うと、喉がまた渇く。


 その時だった。


 砂面の波が、風の形じゃない。

 寄ってくる。揃ってる。嫌な感じに。


「……来る」

 ユウマが言うより早く、レンが言った。


「隊列を開ける。二歩、右」


 言葉は短い。

 でも全員が動く。足が沈むのに、迷いがない。


 砂が裂けた。禍鬼まがおにが出る。

 速い。砂の上を滑るみたいに走る。跳ねない。潜って回り込む。


「うわ、速っ」

 ツバサが受けた瞬間、足元からもう一体出た。


 ユウマが剣を振り下ろす。手応えはあるのに、沈む。

 砂が邪魔をする。視界も邪魔をする。


 ユナが一歩下がって、声を出した。


「左、来る!」


 ユウマが反射で向き直る。

 ――その半拍が、嫌な半拍だった。


 背後の気配が近い。首筋が冷える。


 そこで、乾いた音が鳴った。


 矢が一本。禍鬼の目を抜く。

 よろけた首が、次の瞬間に落ちた。切ったのは細身の男。踏み込みが軽い。


「ナディム、前に出すぎ!」

 女の声が飛ぶ。短いのに、刺さる。


「出すぎてないって! 今のは抜けたろ!」

 男が笑いながら返す。笑ってるのに、手は止まらない。


 さらに砂が爆ぜる。

 砂狼が横から突っ込んで群れを割った。騎乗の男が手綱を絞り、深追いせずに止める。


「ムスタファ、角度」

 もう一つ、低い声。


 それだけで砂狼の向きが変わる。

 禍鬼が逃げようとした先が、自然に塞がれる。


 あっという間に、砂の上が静かになった。

 最後の禍鬼が沈むまで、数分もかかっていない。


 低い声の主が前に出て、ユウマたちを見た。


「ハーリド・ラシード。ザラハドの英雄隊長だ」


 敵意はない。けど、目が鋭い。

 砂漠の目だ。


「この辺りは、群れが変わる。速度も癖も違う。……ここで倒れるな。砂漠は一人を先にさらう」


 言い方は強くない。

 当たり前の注意みたいに言う。


 ユウマは息を整えながら、さっきの三人を見た。

 男二人、女一人。


 突っ込む男。

 支える男。

 二人の間で止める女。


 ――見覚えがある。嫌になるほど。


 胸の奥が、じわっと冷える。

 イツキがいた頃の、自分たちの形。


 あの頃は、もっとくだらない話ができた。

 歩きながら、どうでもいいことで笑ってた。怖いのをごまかしてた。


 今は同じ形を見ても、懐かしさより先に、静かな痛みが来る。


 ユナが小さく息を吐いた。

 ユウマの横で、何も言わずに。


 それが余計に、分かってしまう。


 ザラハドの街は、壁がない。

 天幕、荷車、水袋。必要なものが必要なだけ並ぶ。


 人の距離が近い。肩がぶつかるくらい近いのに、誰も怒らない。

 視線は鋭い。けど、疑う目じゃない。測る目だ。


「……ここ、落ち着かねえ」

 ツバサが小声で言った。


「落ち着く必要がないんだろ」

 ソウマが言う。


 ハーリドが後ろを振り向く。


「よそ者はそう感じる。だが悪気はない。背中を預ける距離で生きてるだけだ」


 ハーリドが顎で三人を示した。


「ナディム・サフィール。ムスタファ・サフィール。ラーニャ・バシール」


「ナディム。双子の兄」

 細身の男が手を上げる。


「ムスタファ。双子の弟」

 砂狼の男は短く言うだけ。


「ラーニャ。止め役」

 弓の女が肩をすくめた。


「止め役って言い方やめて」

 ラーニャがすぐナディムを見た。


「だって止めてるだろ」


「止めないと死ぬから」


 ムスタファが淡々と口を挟む。


「兄――」


 言いかけて、ムスタファは一瞬止まった。

 口癖が出た、みたいな間。


「……ナディムは、考えてない顔して考えてる。勝手に突っ込んでるように見えるだけ」


「お、褒めてる?」

 ナディムが嬉しそうに言う。


「褒めてない」

 ムスタファは顔色を変えない。


「はいはい、今のは褒めてない」

 ラーニャが間に入って、ナディムの額を指で軽く押した。

「調子乗ると置いてくからね」


「置いてかないで」

 ナディムが即座に言う。


 そのやり取りが、自然すぎた。

 気を抜いてるのに、崩れない。


 ユウマは、胸の奥がまた少し痛くなるのを感じた。

 あの頃の三人も、きっとこんなだった。


 でも、今は違う。

 笑えるのに、どこかで手綱を握ってしまう。


 夜。焚き火。

 砂漠の夜は冷える。昼の暑さが嘘みたいに引いて、逆に体が落ち着かない。


 ユウマは水を一口飲んで、迷ってから口を開いた。


「……さっきの連携、どうやってんだ?」


 ナディムが笑った。


「どうやってって、そりゃ――」

 言いかけて、ラーニャが先に言う。


「最初はできなかった」


「できてなかったね」

 ナディムがあっさり頷く。


 ムスタファが淡々と続ける。


「砂嵐で迷う。水を落とす。勝手に突っ込む。勝手に追う。勝手に戻る」


「全部この人」

 ラーニャがナディムを指す。


「ひどいな!」

 ナディムが笑って抗議する。


「事実」

 ムスタファが言う。


 ラーニャは焚き火に小枝を足した。火がぱちっと鳴る。


「幼い頃から一緒だったの。遊びも喧嘩も、だいたい三人」

「だから、失敗もそのまま三人でやった」


 ユウマは聞きながら、勝手に想像してしまう。

 砂嵐の中でナディムが消えて、ムスタファが怒鳴って、ラーニャが探し回って。


 そういう積み上げが、今の軽さを作ってる。


 ユナがぽつりと言った。


「……怖くない? 失うの」


 ラーニャは少しだけ目を細めた。笑ってないけど、重くもしない。


「怖いよ」

「だから止める。だから怒る。だから戻す」

「怖いのが消える日なんて来ない。来ないから、やり方を作る」


 ムスタファが短く補う。


「役割を決める。合図を決める。迷いが出る前に動く」


 ユウマは頷いた。

 頷きながら、自分の中に刺さるものがある。


 怖い。

 だから確認する。

 だから目が外れる。

 だから遅れる。


 ナディムが、少しだけ声の調子を落とした。


「たぶんさ。お前ら、信用してないわけじゃないんだよな」


 ユウマが言葉を探していると、ハーリドが静かに言った。


「信用していないのではない。失うのが怖いだけだ」


 その一言が、ユウマの胸に落ちた。

 イツキが倒れた時の景色が、嫌なほど鮮明に浮かぶ。


 ユウマは息を吐いた。


「……俺、また同じことになるのが怖い」


 ユナがユウマを見た。

 すぐに何も言わない。

 でも、視線を逸らさない。


 そこで、ラーニャが少しだけ声を柔らかくした。


「ねえ」

「“もし”を考えるのはいい。でもね、“もし”ばっかり言ってるとさ」

「今、ここにいる人のこと、置いていくことになる」


 ユウマが目を上げる。


 ラーニャは言い切らない。

 押し付けない。でも、逃がさない。


「それと」

 ラーニャが続ける。

「死んだ人の選択を、後から否定しないで」


 ユウマの喉が渇いた。

 言い返せない。


 ナディムが空気を変えるみたいに言った。


「ま、説教はラーニャの担当。俺は実演担当」


「担当じゃない」

 ラーニャが即座に返す。


「担当だろ」

 ムスタファが淡々と言う。


 ハーリドが立ち上がった。


「模擬戦をするか。言葉だけでは直らない」


「今?」

 ツバサが笑う。


「今だ」

 ハーリドはそれだけ。


 模擬戦は短かった。

 勝敗がどうこうじゃない。違いが出る場所だけ、はっきり出る。


 ナディムが前に出る。迷いがない。

 ムスタファが半歩ずらして穴を塞ぐ。

 ラーニャは当てない矢で、通っていい場所だけ残す。


 ユウマは、戦いながらユナを見てしまった。

 半拍。ほんの半拍。


 刃が喉元に止まった。


 止めたのはハーリド。突きはしない。


「今、目が外れた」

 事実だけ言う。


 ユウマは歯を食いしばる。


 ユナが一歩、ユウマの横に並んだ。

 庇う位置じゃない。並ぶ位置。


「……私が言う。危ない時は言う」

 ユナは短く言った。

「だから、勝手に確認しないで」


「……わかった」

 ユウマも短く返す。


 レンが言った。


「合図と位置を決めるだけだ」


 ソウマが頷く。


「戦闘中の“確認”を減らす。代わりに“言葉”を増やす。平時に」


 言い方は淡々としてるのに、ちゃんと現実的だった。


 ナディムが笑う。


「そうそう。戦ってる最中に見るのは反射だ。反射は直らない。だから仕組みにする」


 ムスタファが言う。


「仕組みは、続ければ積める」


 ユウマは頷いた。

 頷きながら、胸の奥の痛みが、少しだけ形を変えるのを感じた。


 ただの後悔じゃない。

 “これから”に向けた痛みだ。


 夜が更けて、焚き火の火が落ち着いた頃。

 ハーリドとレンが、少し離れた場所で水を飲んでいた。


 レンが、雑談の中でぽつりと言う。


「それにしても、遠征に一番手でザラハドとリュミエードが動いたのは意外だった」


 ハーリドが眉を動かす。


「何を言っている? 一番に動いたのはアシハラとアルキュオンだろう?」

「こういったものに先陣を切るのは、ルミナリアとヴァルツェインだと思っていたぞ」


「へえ」

 レンは軽く息を吐いた。

「酒の席の噂話か」


「当てにするな」

 ハーリドはそれで話を切った。


 レンも「そうだな」とだけ返した。

 会話はそれで終わる。

 でも、レンの中にだけ、引っかかりが残る。


 翌朝。出発の準備。

 ハーリドが言った。


「次はリュミエードだな。武道大会の季節だろ。腕の良い鍛冶屋もいる」


 ユウマは腰の短双剣に触れた。刃が少し欠けている。


「……直す」


「直せ」

 ハーリドは短く言った。

「折れたままだと、また折れる」


 ナディムが笑う。


「大会の街はうるさいぞ。静かに落ち込みたい奴には向かない」


「やめてよ、そういう言い方」

 ラーニャがすぐ言う。


「でも事実」

 ムスタファが淡々と落とす。


 ユナがユウマの横で言った。


「合図、決めよう。今日から」


「うん」

 ユウマは頷いて、前を見た。

 さっきみたいに、目を逸らさない。


ナディムが笑う。


「じゃあ次会う時、もうちょいマシになってろよ」


「言い方」

 ラーニャが即座に返す。


「はいはい」


 ムスタファが淡々と言った。


「死ななければ伸びる」


 砂の国の朝は静かだった。

 静かなのに、胸の奥は騒がしい。


 思い出す。

 いなくなった一人を。


 それでも歩く。

 隣にいる大切な人とともに。

次話は【毎日21時30分】更新です。続きが気になったらフォロー/★で応援してもらえると嬉しいです。

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