表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終末世界で頑張ります  作者: 深蒼 理斗


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/44

第四話:書塔の奥で嗤うもの

夜のアルキュオンは、静かすぎた。

 静かすぎて、足音ひとつが「ここにいる」と告白してしまう。


 先に動いたのはソウマだった。

 全員の視線を集めず、指先だけで合図を投げる。短く、無駄がない。レンと似た気配を纏っているのに、さらに冷えている。


 ――声は出すな。

 ――交代の隙、一分で入る。

 ――異常が出たら、即撤退。


 レンが頷く。

 ツバサは笑いかけてやめた。

 ユイは白紗の奥で鈴に触れ、祈りの糸を整える。

 ユナはユウマの横で呼吸を合わせた。


 鍵の開く音はしなかった。

 扉は、最初から開くことを想定されていたように、ぬるりと開く。


 中は暗い。

 けれど闇ではない。壁の線に沿って、冷たい光が走っている。灯りがあまりに整いすぎていて、人の手触りがない。


「奥ほど、人がいない」


 ソウマが低く言った。


「普通は逆だ。奥に行くほど守りが濃くなる。……ここは、空けてる」


 レンが刃を抜かずに前へ出る。

 ツバサが拳を握り直す。

 ユウマは掌の違和感を押し殺した。


 ――熱。

 夢の残り火みたいな熱が、じわじわと強くなる。


 廊下を曲がった、その瞬間だった。


 空気が裂けた。


 紙を破くような音。焦げた墨の匂い。

 視界の端で、ユナの影が引かれる。


「――ユナ!」


 ユウマが踏み込むより早く、ユナの腕を掴んだ者がいた。

 鎧姿。英雄級の装備。

 だが――目の焦点が合っていない。


 操られた英雄。


 ユナは抵抗するが、力が違う。

 腕が引きちぎられそうなほどの握力。


 ユイが即座に祈りを落とす。


「――浄化!」


 白い膜が走り、鎧の男の動きが一瞬だけ鈍る。

 その迷いの隙を、ソウマが切り取った。


「レン、腕。ツバサ、足。ユウマはユナを引け」


 レンが鞘で肘を落とし、ツバサが膝裏を払う。

 鎧の男が片膝をつく。

 ユウマがユナの腕を引き寄せ、背に庇った。


 次の瞬間――廊下の奥が、笑った。


「ふふ……ふふふふ……!」


 笑い声が近い。

 なのに、姿が見えない。

 気配だけが、ぴたりと背中に貼り付く。


「来た! 来た来た来た来た来たぁ……!」


 声は高く弾む。

 歓喜が壊れていて、理性の形だけが残っている。


「君が! 自分から! 来てくれたぁ!!

 あぁ、知りたい……知りたい、知りたい、知りたい……!!」


 闇がほどけるように、男が現れた。


 背が高い。体躯が人より大きい。

 そして頭に――角。


 禍鬼とは違う。獣臭さがない。

 それなのに、理性の言葉だけは滑らかに流れる。


 レンが息を呑んだ。


「……禍鬼じゃない」


 ツバサが喉を鳴らす。


「見たことねぇ……何だ、あれ……」


 ソウマは表情を変えないまま、ほんの僅かに目だけを細めた。

 未知を未知のままにしない目。


 ユウマは、喉の奥で乾いた息を吐き――ぽつりと言った。


「……幻魔人」


 誰にも教えられていないはずの言葉。

 なのに、口から落ちた。掌の熱が、夢の残響が、答えを押し出した。


 角の男――エルデが、嬉しそうに首を傾ける。


「幻魔人? へぇ……へぇぇぇ……!

 君、知ってるんだ? ますます欲しい……!」


 笑みが歪む。

 歪むのに、目だけが冷たい。


「君さぁ、ユウマ。ずっと見てたんだよ。ずぅっと。

 君が噛まれて、どこまで耐えて、いつ止まるのか――」

 

「あぁ、自己紹介がまだだったねぇ。

 僕はエルデ、アシハラの連中が何やら企んでそうな動きを

 していて、調べていたら君に行きついたんだよねぇ。ユウマ」


 言葉の端に粘る執着が滲む。

 知りたいという欲が、愛情の形を借りている。


 エルデはユナをちらりと見た。


「だからね。君を手に入れるには――

 隣の子を攫って、泣かせればいい」


 ユウマの視界が狭くなる。

 ユナがユウマの腕を掴む。止めるために。


「ユウマ、冷静に」


 ユウマは頷けない。

 頷けないまま、前に出た。


 エルデが両手を広げる。


「さぁ! 来てよ!

 君の“中身”を見せて! 壊れて、止まって、動けなくなる瞬間を……!」


 魔術の波が、空気を潰してくる。


 レンがユウマの横へ滑り込む。


「受けるな。散れ!」


 ツバサが床を蹴り、ユイが白紗を翻す。

 ソウマは後退ではなく角度を変え、視界と退路を確保する。


 エルデの魔術は殺すためじゃない。

 捕まえるためだ。


 足元の石畳が沈む。

 見えない鎖がユウマの足首に絡む感覚。


(ここで倒れたら終わる)

(禍人化は切り札だ)

(使えば――一分前後、動けなくなる)


 それが、ユウマの身体に刻まれた条件だった。


 ――だから、ユウマは使うつもりがなかった。


 だがエルデの圧が、常識を許さない。


 ユウマは踏み込んだ。


「……っ!」


 禍人化。


 視界が鋭くなる。血が熱い。

 身体が軽い。軽すぎて、骨が置いていかれそうだ。


 レンが驚愕の目をする。


「また……それを……!」


 ユナが息を呑む。


「ユウマ……! あとが……!」


 ユウマも分かっていた。

 だからこそ短時間で決めるつもりだった。


 拳がエルデの腹へ突き刺さる。

 鈍い衝撃。だが硬い。肉ではない。体内に別の芯がある。


 エルデが笑う。


「いいねぇ! 最高!

 その速度、その反応、その“違和感”……!

 でもねぇ、知ってるよ。君は――すぐ止まる!」


 エルデは、時間を測っていた。

 以前からずっと観察していた。

 ユウマがいつ動けなくなるか、秒で把握している目。


「ほらほら。もうすぐだ。もうすぐ止まる。

 止まったら――君は僕のもの。ユナちゃんは人質。完璧ぃっ!」


 狂気じみた喋り方なのに、計算が冷たい。

 頭のおかしい狡猾さ。最悪の組み合わせ。


 ユウマは殴り続ける。

 レンとツバサが間合いに入ろうとするが、エルデの魔術が弾く。

 ユイの浄化が薄い膜を張り、致命を避ける。


 ソウマが低く言った。


「エルデは停止を待ってる。……合わせるな」


 レンが呻く。


「だが、止まれば――」


「止まらせない。止まる前に削る」


 ソウマの声は冷たい。

 冷たいが、戦場では正しい。


 ――そして。


 時間が来た。


 ユウマ自身が身構える。

 反動が来る。動けなくなる。終わる。

 


 そのはずだった。


 次の瞬間、ユウマの拳がエルデの頬を打ち抜いた。

 骨が軋む音。

 角の男の身体が壁に叩きつけられる。

 

 身体が止まらない。

 息が切れない。膝が落ちない。

 禍人化が終わらない。


 ユウマの目が見開かれる。

 ユナも固まった。


「……え?」


 エルデの笑みが、初めて崩れた。


「……は?」


「な、なんで!? なんで止まらない!?

 君は止まる! 止まるはずだ!!

 僕の観察が! 僕の計算が!!」


 狂気が焦りへ変わる。


 ――ユウマの禍人化は、進化していた。


 イツキが死んだあの日、ユウマは暴走した。

 ユナがキスで暴走を止めた。

 その時、ユウマの内側で何かが書き換わっていた。


 リスクなく禍人化できる状態へ。


 ユウマ自身も、ユナ自身も、今まで気づけなかった。

 危険すぎて、確かめる理由がなかったからだ。


 だがエルデは知らない。

 彼は“以前のユウマ”しか観察していない。


 読み違えた。

 たった一つの読み違えが、戦場をひっくり返す。


「レン!」


 ユウマが叫ぶ。

 叫ぶ必要がないほど、レンは動いていた。


 レンが間合いを詰め、鞘で顎を跳ね上げる。

 ツバサが腹へ打ち込み、体勢を崩す。

 ユイの浄化が魔術の流れを削り、ソウマが退路の角度を潰す。


 エルデが歯を剥く。


「いい……いい、いい!

 想定外! 最高!」


 言いかけて止まる。

 目が冷たく細くなる。


 ――撤退を決めた目だ。

 狂気を演じながら、損切りだけは早い。


「今日はここまで! 今日はね!

 君は壊れない。壊れないなら、もっと調べる必要がある!」


 指を鳴らす。

 空気が沈み、空間が紙のように折り畳まれる。


 ユイが叫ぶ。


「逃げる気よ!」


 レンが踏み込むが、床が“抜ける”。

 落とし穴ではない。空間の断層。


 ソウマが即座にレンの腕を掴み、戻す。


「追うな。罠だ」


 レンが歯噛みする。


「……逃がすのか」


「逃がしたんじゃない。逃げられた。違いを間違えるな」


 ソウマの声は最後まで温度が低い。

 だからこそ、全員が持ち直せた。


 エルデは笑いながら闇に溶けた。


「また会おうねぇ、ユウマ!

 君の“中身”、全部いただくから!」


 残ったのは、墨の焦げた匂いだけ――のはずだった。


 次の瞬間。


 塔を満たしていた冷たい光が、一斉に脈打った。

 壁を走る線が乱れ、灯りが途切れ、途切れ、最後にふっと消える。


 空気が、軽くなる。


 胸の奥に貼りついていた薄い膜が、破れる感覚。

 それはこの建物だけじゃない。

 ――街全体から、何かが剥がれ落ちていく。


 操られていた鎧の男が、がくりと崩れた。

 呼吸が乱れ、喉が震え、目の焦点が戻っていく。


「……ぁ……っ、う……」


 彼は自分の手を見て、震える声で言った。


「……私は、何を……」


 ユイが膝をつき、額へ手を当てて祈りを落とす。


「戻ったのね。大丈夫。あなたは悪くない」


 男は唇を噛み、涙をこぼした。

 そして、喉の奥から絞り出すように呟く。


「……評議会が……違う……塔の奥に……“古いもの”が……

 俺たちは……命令されて……」


 ソウマが扉の隙間を覗き、短く言った。


「アシハラでの一件は、奴で間違いないだろう」


 ユイが頷く。


「禍鬼よりも警戒すべき存在ね…」


 ユウマは黙って拳を握り、掌の熱を押し込めた。

 夢の女の言葉が、冷たく現実になる。


 戦闘が終わった瞬間、ユウマは息を吐いた。

 禍人化がゆっくり引いていく。


 ――それでも、倒れない。


 ユウマは膝をつかなかった。

 動けなくなるはずの一分が、来ない。


 ユナがユウマの胸元を掴み、確かめるように見上げる。


「……ユウマ、平気……?」


「……分からない。……でも、動ける」


 声が震える。

 喜びじゃない。恐怖と、理解できない現実。


 ユイが静かに言った。


「進化したのね。……条件が変わった」


 ツバサが息を吐きながら笑う。


「……冗談みたいだな」


 レンがユウマを見る。

 責めない目で、しかし戦士の目で。


「次からは、その“動ける”を前提に考える。」


 ソウマが付け足す。


「エルデは逃げた。でも次は準備して来る。

 今夜の情報は、向こうの方が多く持ち帰った」


 そして――塔を出た瞬間、街が“鳴いた”。


 家々の中から、抑え込まれていた息が漏れる。

 戸が開き、人々が顔を出し、互いを見て固まる。

 誰かが泣き、誰かが怒鳴り、誰かが膝をついた。


「……わたし……何してたの……」


「……覚えてる……のに……止められなかった……!」


 声が、ばらばらに溢れた。

 今までの均一な静けさが、嘘みたいに崩れていく。


 遠くで鐘が鳴った。

 規則正しくない、震えた音。

 祈りの街が、初めて“人間の音”を取り戻していく。


 ユイが小さく息を吐く。


「……糸が切れた。支配は……あの男の手から来ていたのね」


 ユウマは街を見下ろした。

 正気を取り戻した人々の顔は、恐怖と羞恥と怒りで歪んでいた。

 それでも――そこに“生”がある。


 レンが低く言う。


「この国は、ここからが地獄だ。自分たちが何をしたか、思い出す」


 ソウマが淡々と続ける。


「だからこそ、恨みが飛ぶ前に動け。……この国は、助けを求める」


 朝になれば、評議会も軍も、言い訳できないほど現実を見る。

 操られていた者たちは、ただ泣くだろう。

 操っていた者は、もういない。


 ――逃げた。


 ユウマは歯を食いしばり、拳を握った。


 この国の正気は戻った。

 だが、あの角の笑い声は消えていない。


 そして、ユウマの掌の奥には、まだ熱が残っている。


 これは偶然の敵じゃない。

 最初から、自分を狙っていた。


 ユナがユウマの指を握る。

 恋人の握り方。けれど甘さはない。止めるための力。


「一人で背負わないで。……次も一緒に戦う」


 ユウマは短く頷いた。


「……うん」


 その返事は静かで、重い。


 夜明けの風が、街を撫でた。

 静かすぎたアルキュオンが、ようやく“息”をし始める。


 だが、その息の隙間に――

 角の男の笑いが、まだ残っている気がした。

次話は【毎日21時30分】更新です。続きが気になったらフォロー/★で応援してもらえると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ