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終末世界で頑張ります  作者: 深蒼 理斗


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第11話 英雄の条件

昼下がりの街路は、人と声と匂いで溢れていた。


 宿を発つ前、イツキは一人で通りを歩いていた。

 ユウマたちは荷物の最終確認と宿代の清算を任されている。レンはギルドとの顔つなぎでしばらく戻らない。


(……置き土産になるようなもんでも、ひとつくらいあってもいいだろ)


 三ヶ月の訓練で、防具も武器もだいぶ揃った。

 それでも、胸の真ん中の穴だけは埋まらないままだ。


 露店の並ぶ一角。

 古道具やら怪しげな瓶やらが積まれた屋台の前で、イツキは足を止めた。


 年齢不詳の男が、にやにやと笑っている。


「おや、お兄さん。剣士の顔だねぇ」


「まあ、一応な」


「だったら、いいものがある。ちょうど今日、入ったばかりでね」


 男は木箱の中から、一枚の札をつまみ上げた。

 薄い紙に、赤黒い文様が細かく刻まれている。


「起爆符ってやつさ。爆発の術式が込めてある。

 禍び、禍鬼の群れでも――まとめて吹き飛ばせる」


「……へぇ」


 イツキは札を見つめた。


「……ひとつ聞く。おっさん、今“禍人”って言いかけたな」


「え?」


 男の目が一瞬だけ細くなる。すぐに肩をすくめた。


「いやだなあ、噂話ですよ。最近はどこも物騒でしょう?

 村ひとつ禍に飲まれたとか、禍鬼の中に人の形が混じってたとか。言うだけタダですからねぇ」


(……噂、ね)


 胸の奥に、細い棘みたいな違和感が刺さる。


「で、お値段は?」


「一枚だけなら、お兄さんみたいな――」


「普通に言え」


 やり取りを軽くいなしつつ、イツキは札を一枚だけ買った。

 代金を払い、起爆符を懐の内ポケットに滑り込ませる。


(……ま、使わねぇで済むなら、その方がいい)


 口の中だけで呟き、イツキは仲間たちの待つ宿へと引き返した。


◇ ◇ ◇


 三人と一人は、街道を外れた山道を進んでいた。


 訓練を終えたばかりの町は、これから先しばらくの拠点にもできる場所だった。

 だが、いつまでも留まっていられるわけではない。レンの判断で、一行はアシハラの王都へ向かう途中にある中継の街を目指していた。


「ふぁあ……」


 ユナが大きく伸びをする。


「なんか、三ヶ月もいたのに、いざ出るとなるとあっさりだね」


「本命はあくまで王都だからな」


 レンは前を歩きながら、振り返らずに答えた。


「お前たちがどれだけ変わったか、王都の連中に見せつけてやればいい」


「プレッシャーかけないでくださいよ……」


 ユウマが苦笑する。

 その横顔を、ユナは横目でそっと見つめていた。


 イツキは一歩後ろから二人を眺め、そっと目を逸らす。


(……また、変な間あけて歩いてんな)


 ユウマはどこかぎこちなくなった。

 イツキの前では普通に話すくせに、ユナと二人になると距離を取ろうとする。その不自然さが、逆にユナを不安にさせているのを、イツキは知っていた。


「おーい」


 わざとらしく声をかける。


「そんなに離れて歩いてっと、禍鬼出たときに真っ先に食われんぞ、ユウマ」


「……それは勘弁してほしいな」


 ユウマが振り返る。

 その顔を見て、イツキは一瞬口を開きかけて――やめた。


(謝るなら、ちゃんとタイミング見てからだろ)


 そう自分に言い聞かせた、その時だった。


◇ ◇ ◇


 道が、唐突に開けた。


 森の中にぽっかりと空いた、円形の石畳の広場。

 中央には古びた石柱が一本立ち、そこから蜘蛛の巣みたいに細い亀裂が広がっている。


「……なんか、やな感じ」


 ユナが小さくつぶやく。


「ここだけ、“盛り上がったあとで押しつぶされた”みたいな……」


「通るしかないな」


 レンが先に足を踏み入れた。

 それに続いて、ユウマ、ユナ、イツキが広場へ足を踏み入れる。


 瞬間。


 レンの足元と、三人の足元で、まったく別の音が鳴った。


 レンのいる側では、石が軋むような低い音。

 三人のいる側では、乾いた「パキン」という破裂音。


「……っ! 止まれ!!」


 レンが振り返るより早く、地面が崩れた。


「え――」


 ユナの足元が一気に抜ける。

 ユウマの身体がふわりと浮き、イツキがとっさにユナの腕を引き寄せる。


 視界が反転した。

 レンの姿が、上へ上へと遠ざかっていく。


「ユウマ! イツキ! ユナ!!」


 怒鳴り声が耳に届いた。

 その叫びがどんどん遠ざかって――重力が、一気に背中を叩きつけた。


◇ ◇ ◇


 鈍い衝撃が、身体を突き抜けた。


 幸い、落下地点は厚く積もった砂と崩れた石で、即死は免れたらしい。

 イツキは肺の空気を吐き出しながら、無理やり上体を起こした。


「……っ、いってぇ……!」


 隣で、ユナも咳き込みながら起き上がる。

 少し離れたところで、ユウマが壁にもたれて息を整えていた。


「だ、大丈夫か、二人とも……」


「なんとか……」


 ユナが顔をしかめながら首を回す。


「ここ……どこ?」


 見上げると、かなり高い位置に、さっきまでいた石畳の裏側が見えた。

 穴の縁には、ぼんやりと光る膜――結界のようなものが張り巡らされている。


「何がどうなってんだ?」


 イツキが顔をしかめる。

 地面には、古い術式の線がいくつも刻まれていた。踏み抜いた瞬間に発動するような罠の陣。


(上と下で、別々に発動するようになってたってわけかよ……)


 その時。

 穴の奥、暗闇の向こうから低い唸り声が響いた。


「……何だ?」


 禍鬼の気配が、一つ、二つ――いや、そんな数じゃない。

 こちらにじわじわと近づいてきていた。


「構えろ!」


 イツキが叫ぶ。

 暗闇の奥から、無数の目の光がぽつぽつと灯った。


◇ ◇ ◇


 最初の一体を斬り伏せたのは、イツキだった。


 突進してきた禍鬼の膝を蹴り砕き、倒れ込んだ首を一閃で落とす。

 黒い血が砂を染め、鉄錆に似た匂いが一気に広がった。


「多くない?」

「多いってレベルじゃねえ!」


 ユナが弓で一体の腹を射抜き、ユウマがその隙に横から斬りつける。

 三ヶ月の訓練は無駄ではない。身体はよく動く。連携も取れている。


 だが、それでも――追いつかない。


 穴の奥から、次から次へと禍鬼が這い出してくる。

 斬っても斬っても、数の圧がじりじりと迫ってきた。


「下がるぞ!」


 イツキが短く指示を飛ばす。


「結界の端まで下がりながら捌け!」


 三人はじりじりと後退した。

 背中側には、うっすらと光る膜――出口を塞ぐ結界の壁が迫っている。


「このままだと、本当に挟まれる……!」


 ユナの声が震えた。


 ユウマの胸の奥で、何かがざわめく。


(この感じ……)


 禍鬼の気配が、肌を刺すように濃くなる。

 数が、いる方向が、輪郭が、嫌でも分かる。


(このままだと――)


 村で見た光景が頭をよぎる。

 血塗れの地面。崩れ落ちる背中。届かなかった手。


(もう……目の前で誰かが死ぬのは、嫌だ)


 喉が焼けるように熱くなった瞬間、胸の奥で何かが決壊した。


 次の瞬間。

 全身を、焼けるような激痛が貫いた。


◇ ◇ ◇


「ユウマ……!」


 ユナの叫び声が遠くなる。


 視界の端で、世界が赤く滲んだ。

 禍鬼の輪郭が異様なほど鮮明に浮かび上がる。


 自分の身体が自分のものではないみたいに軽い。

 剣が空気を裂き、禍鬼の首を次々と刈り取っていく。


「おいユウマ! 目が――」

「今それ言ってる場合じゃねえ!」


 イツキの怒鳴り声すら遠い。

 ただ、斬る。斬る。斬る。

 目の前の“数”だけが、世界の全てになっていく。


 禍人化したユウマの凄まじい猛攻で

 一気に禍鬼の気配が薄くなった。

 最後の一体を斬り倒したあたりで、ユウマの足元がぐらりと揺らぐ。


(やべ――)


 次の瞬間、膝から力が抜けた。

 剣を支えているはずの腕が、まるで他人のものみたいに重い。


「ユウマ!」


 誰かが叫んだ。


 視界が暗くなる。

 砂の冷たさを頬に感じながら、ユウマの意識は沈みかけていた。


◇ ◇ ◇


「ダメだ、もう限界だよ!」


 ユナが叫ぶ。


 ユウマは結界の端まで引きずられ、壁にもたれかかっている。

 目は開いているのに、身体も声もまったく動かない。

 

 だが、まだ禍鬼は殲滅できていなかった。

 結界の内側、ぼんやりと浮かぶ影が二つ、三つ。

 今度はゆっくりと、こちらの様子をうかがうように近づいてくる。


「ここで踏ん張れなかったら、終わりだな」


 イツキは双剣を握り直した。

 掌にはいつのまにか細かい裂傷がいくつも走っている。


「イツキ……どうするの……?」


 ユナの声が掠れる。


 禍鬼たちは、さっきみたいに突っ込んでこない。

 距離を測るように、こちらの呼吸を見張るように――じりじりと包囲を狭めてくる。


 その“間”が、妙に恐ろしかった。


「決まってんだろ」


 イツキは笑った。

 

「お前らは、そこから動くな」


「イツキ?! なに言って――」


 ユナの声を、イツキが手で制した。


 そして――ユウマの前に、まっすぐ立つ。


「ユウマ」


 返事はない。けれど、ユウマの指がかすかに動いた。


「……殴って悪かった。あれは俺が、怖くなっただけだ」

「お前が変わるのが怖いんじゃない。お前が、また傷つくのが怖かった」


 ユウマが何か言おうとする前に、イツキが続ける。


「お前、前の世界で……めちゃくちゃやられてきたんだろ」


「だからさ、俺――お前を“強い”ってだけで放っとけない」

「強い奴ほど、最後に全部ひとりで抱えて折れるから」


 イツキは、息を吐いた。

 笑うのをやめて、真面目な声で言う。


「友達ってのはな、都合のいい時だけ一緒にいる奴じゃない。今みたいな時に隣に立つ奴だ」

「……だから俺は、ずっとお前の友達だし

 お互いがお互いのこと忘れない限り、友達は終わんねーから」


 ユウマの目尻から、一筋、涙がこぼれた。


 イツキはそれを見て、ほんの一瞬だけ眉を緩め――すぐに戻した。


「ユナ」


 イツキは一度だけ振り返り、ユナを見る。

 迷うみたいに、睫毛が揺れる。


「……俺さ、お前に言いたいこと山ほどある。たぶん、お前が思ってるよりずっとある」

「でも今それ言ったら、お前の足に鎖つけるだけだ」


 イツキは、そこで一回笑った。

 だけど、その笑いはすぐに消える。


「だから言わねぇ。――言わない代わりに、一個だけ頼む」


 ユナが震える声で答える。

「……なに」


「生きろ。絶対に」

「泣いてもいい。怒ってもいい。……でも、死ぬな」


 イツキは視線だけで、ユウマを指した。

 言葉にしないのに、伝わる形で。


「ユウマ。お前、ユナを守れ」

「守るってのは、背中に隠すことじゃない。隣に立たせることだ」

「ユナは強い。だからこそ、ちゃんと受け止めろ」


 ユナの目が潤む。

「イツキ……やだ……」


「やだ、じゃねぇ」


 イツキは、優しく言わない。

 優しく言ったら、揺らぐから。


「お前が生きて笑うのが、俺の一番の勝ちだ」


 それから――禍鬼たちの方へ、ゆっくり振り返る。


 双剣を握り直し、足を一歩、前に出す。

 刃が月を拾って、白く光った。


「俺は――アシハラ辺境の村の」

「朧木宗一の息子、イツキだ!」


 息を吐く。


「この二人に、指一本触れてみろ」

「一人残らず、たたき切ってやる!」


 禍鬼たちが、じり、と足を動かす。


 それから、誰にも聞かせないくらいの小さな声で。

 鼻で、ふっと笑った。


「……今の俺、英雄みてぇだな」


◇ ◇ ◇


 イツキは駆け出した。


 禍鬼の群れの中に、ただ一人の人影が飛び込む。


 一体を斬り伏せる。

 返す刀で二体目の腕を落とし、足払いで三体目を倒す。


 砂と黒い血が舞い、視界がぐちゃぐちゃになる。

 肩を掠められ、脇腹が熱を持つ。痛みが遅れて押し寄せる。


 双剣が閃く。

 刃が肉を裂き、黒い体液が弾けた。


 ――次の瞬間。

 禍鬼の爪が脇腹を抉り、熱い痛みが走る。

 息が喉で詰まって、視界が一瞬だけ白くなる。


(……痛ぇ)


 踏み込む。斬る。

 もう一体。斬る。

 足元がぬるりと滑って、膝が沈む。


 その“ぬるり”が、別の感触を連れてくる。


 ――春の畑。

 泥に足を取られて転んだユウマ。

 無言で起き上がって、袖で泥を払って、何もなかった顔をする。

 それが可笑しくて、ユナが笑って、イツキも笑った。

 ユウマはむっとして、でも目だけは、少しだけ柔らかくなっていた。


 禍鬼の牙が肩に食い込みかけ、イツキは刃でこじ開けるように弾き飛ばす。

 肩が裂けて、血が温かい。


 ――冬の結界柱。

 凍える指で縄を締め直す夜。

 ユウマは黙って手を貸した。

 黙り方が、どこか遠い。

 痛みを隠す癖が、手つきに出ていた。

 イツキは冗談を言って、ユウマは「くだらねぇ」と返して、でも作業は止めなかった。


 爪が腕を裂く。

 痺れが走り、双剣の片方が一瞬だけ落ちかける。

 握り直す。指が滑る。血で滑る。


 ――夜の川。

 石を投げて、跳ねた回数で勝負して。

 ユナがずるいと怒って、イツキが「勝負は勝負!」と笑って。

 ユウマは呆れながらも、最後に一回だけ勝って、ほんの少しだけ笑った。

 その笑いが、やけに貴重に見えた。


 背中に衝撃。

 禍鬼の体当たりが肋を打ち、息が漏れる。

 視界の端でユナの影が揺れる。守らなきゃ、と身体が先に動く。


 ――祭りの灯り。

 屋台の甘い匂い。

 ユナが飴を頬張って「二人とも子どもみたい」と笑った声。

 ユウマが目を逸らしながら、口元だけ少し緩めた横顔。

 イツキは、その横顔を見て、なぜか胸が落ち着いた。


 斬る。斬る。

 腕が重い。足が重い。

 それでも前に出る。


 ――訓練の朝。

 木剣がぶつかる乾いた音。

 レンの一言で空気が凍り、次の一言で全員が動く。

 ユウマは悔しそうに歯を食いしばって、何度でも立ち上がった。

 イツキは調子に乗って、レンに蹴られて、ユナに呆れられて。

 それでも、三人で並んで飯を食う時だけは、妙に安心できた。


 喉が熱い。

 血が上がって、咳が出そうになるのを噛み殺す。

 視界が滲む。


(……ああ、もっとあいつらと一緒にいたいな)

(死にたくねぇ……)


 弱音を飲み込む。

 飲み込んで、踏み込む。

 刃が鳴る。骨が鳴る。

 三年分の温度だけは、ここで消させない。

 だからイツキは、もう一歩、前に出る。


 穴の奥から、再び禍鬼たちが姿を現す。

 さっきよりも、わずかに数が多い。いや、“揃えてきた”ような出方だった。


(……見てやがるな)


 誰かが、この底を“場”として用意している。

 そう思った瞬間、背筋が冷えた。


 いつのまにか、群れの中心にまで踏み込んでいた。

 背中側からも禍鬼の気配が迫る。


(……ここだ)


 イツキは、ほんのわずかに息を整えた。


 懐に忍ばせた札――起爆符に指をかける。

 紙の向こうに、微かな魔力の揺らぎが伝わった。

◇ ◇ ◇


 その頃、穴の上。


 レンは結界に刃を叩き込んでいた。


「……っ、硬いな」


 刀身がびりびりと震える。

 いかに英雄とはいえ、王都クラスの術師が築いた結界を一人で突破するのは骨が折れた。


「レン」


 背後から低い声。


 振り向けば、黒装束の男が木陰から姿を現す。


「何故、おまえがここにいる?……ソウマ」


「“あいつら”の気配が一気に消えた。穴の中から禍鬼の匂いもする」


 ソウマは淡々と言う。


「放っとけと言うなら帰るが?」


「黙って見てるタイプでもないだろ」


 レンは刃先を結界に向けたまま言い捨てる。


「敵側なら今ここで背中を斬れ。そうじゃないなら、手を貸せ」


 ソウマは印を結んだ。

 忍びの術式が結界の一角を細く削るように走る。


 レンは何も言わず、その綻びに刃を叩き込む。


 硬かった膜が、ぱきんと音を立てて割れ始めた。


◇ ◇ ◇


 結界が砕けた瞬間、熱い空気が穴の口から吹き上がった。

 砂煙が視界を奪う。


 レンとソウマが身を投げるように飛び込む。


「ユウマ! ユナ!」


 レンが叫ぶ。

 霞む視界の中、結界の端――出口だった場所の近くで、二つの影が倒れているのが見えた。


 ユナがユウマに覆いかぶさるようにして、必死に何か叫んでいる。


 そして、その少し先。


 黒煙の奥で――一人の影が、まだ立っていた。


「イツキ!」


 レンとソウマが同時に走り出す。


「……来るな……!」

 掠れた声。

 イツキだった。


「……守れ……っ」

「そいつら……守って、やれ……!」


 全身が血と煤にまみれ、息が荒い。

 それでも剣だけは、まだ落ちていない。


 レンが足を止める。


「イツキ……?」


 イツキはゆっくり片腕の袖を破った。

 露わになった皮膚には黒い筋が浮かび上がっていた。禍の模様だ。


「……俺、もう無理だ」


 笑いにしようとして、息が引っかかる。


「連れてっても……邪魔になる」


 イツキはレンとソウマを順に見た。


「ユウマは……生かせ。ユナ、離すな」


 ユナのすすり泣く声が遠くで震える。

 ユウマは目だけで、ただ必死にイツキの背中を追っていた。


 イツキは、その視線を受け止めるみたいに、一瞬だけ口元を歪めた。


「……生きろよ」


 それだけ言って、イツキは前を向く。


◇ ◇ ◇


「じゃあな」


 イツキは振り返らない。


 最後にもう一度だけ、手を挙げる。

 それが“いつもの軽さ”に見えるように、必死で。


 レンが、ユウマとユナの前に立つ。

 剣を構えたまま、低く言った。


「……見ておけ。英雄は勝者じゃない。守るために立ち続けた奴のことを言う」

「――目を逸らすな」


 ほんの僅か、声が落ちる。

「イツキ。俺はお前のことを一生忘れない」


 そして、いつもの冷たさで締める。

「生き残れ。――あいつの望みは、それだけだ」


 それから、黒煙の中へ歩いていく。


 膝が一瞬だけ折れかける。

 踏みとどまり、懐の札を握り締めた。


(――守る)


 誰に言うでもなく、胸の奥で言い切る。


 そして。


 穴の底を揺らす轟音が、世界を白く塗り潰した。

次話は【毎日21時30分】更新です。続きが気になったらフォロー/★で応援してもらえると嬉しいです。

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