第9話 拠点の町と、それぞれの武器
禍鬼との戦闘から一夜明けて。
夜明けとともに、四人はレンの案内で拠点の町――ミナトへ向けて歩き出した。
四人は、森を抜けた先の緩やかな丘の上に立っていた。
朝靄の向こう、小さな町が横たわっている。
石塀に囲まれた集落。木と石で組まれた二階建ての家々が並び、屋根のあちこちから薄い煙が立ち上っていた。
街道へ続く正門の前では、荷車を引く商人たちと旅人が列をつくり、車輪のきしむ音と人の声が風に乗って届いてくる。
「おお……」
イツキが、子どものように目を輝かせた。
「すげぇ、本物の“町”だ……。うちの村より家がいっぱいある……」
「それ、基準がおかしいんだけど」
ユナが、呆れ半分、楽しそうに笑う。
ユウマは、胸の奥に奇妙な感覚を覚えていた。
(ビルもコンビニもないのに……“街だ”って分かるな)
石畳の道。干された洗濯物。行き交う人の声と、煮炊きの匂い。
前の世界で当たり前だった生活の気配が、違う形でそこにある。
(王都へ向かう途中の、ただの通過点――のはずだったけど)
横に立つ男の横顔をちらりと見る。
アシハラ四英雄隊・紅焔隊の隊長、焔守レン。
いつも通り無表情に近い顔だが、その目だけは町の輪郭を一つひとつ確かめるように眺めていた。
「行くぞ」
レンが振り返り、三人を促す。
「ここがミナトだ。しばらくの拠点になる」
◆ ◆ ◆
門の前では、荷車と旅人がのんびりと列を作っていた。
荷台には穀物の袋や樽、布の束。旅人らしき男が門番に身元と行き先を告げている。
「けっこう並んでんな」
イツキが、列の長さを見て小さく溜め息をつく。
「村の祭りの日より人多くない?」
「それ、また基準おかしいから」
ユナが肘でつつきながらも、きょろきょろと周囲を見回している。肩から下げた小さな鞄を、指先がきゅっと握りしめた。
「財布、ちゃんと奥に入れたか?」
ユウマが念のため確認すると、ユナはむっと頬をふくらませる。
「入れてるってば。あたしだってそのくらい分かるから」
「いや、俺がスられたら真っ先にユナに借りる未来が見えるからさ」
「なんでそこであたし限定なの」
二人のやり取りを、少し離れたところからイツキが眺めていた。
冗談を飛ばしながらも、ユウマの視線は周囲の人影を警戒するように動いている。
ユナも、文句を言いつつ鞄の位置を服の内側にずらしていた。
(……息、合ってんな)
胸の奥で、小さな棘のような違和感がちくりと刺さる。
(何考えてんだ俺。たまたまだろ。たまたま)
イツキは自分の頬を軽く叩き、変な考えを追い出すように前を向いた。
列が進み、四人の番が来る。
「ようこそミナトへ。目的は?」
槍を肩に担いだ門番の男が、事務的な口調で問いかけてきた。
レンは一歩前に出て、肩にかけた外套の端を少しだけめくる。
赤い刺繍で縁取られた外套――アシハラ四英雄隊、紅焔隊の証だ。
「アシハラ四英雄隊・紅焔隊の隊長、焔守レンだ」
静かな声で名乗る。
「禍鬼関連の調査と、辺境警備の補助のため、この町を一時的な拠点として使わせてもらう。
それと――こいつら三人の鍛錬だ」
そう言って、ユウマたちの背中を順に軽く叩いた。
「お、おぉ……」
門番の表情が一瞬で変わる。
さっきまでわずかに退屈そうだった目に、尊敬と安堵が混ざった。
「英雄隊の隊長様が、こんな辺境まで……。
そりゃまた心強い。もちろん歓迎しますとも。通ってくだせぇ。ただ、町の中で大きな騒ぎだけは勘弁してくださいよ」
「善処する」
レンは短く答え、四人は門をくぐった。
◆ ◆ ◆
ミナトの町は、想像していたよりも賑やかだった。
石畳の通りの両側に、布で覆った露店と小さな店がぎゅっと詰まっている。
干した魚、焼きたてのパン、薬草、簡素な防具。
行商人が声を張り上げ、客引きの合間に隣の店主と世間話をしていた。
「すご……」
ユナは、目を丸くして辺りを見渡す。
「なんか、全部が新しい……。同じアシハラでも、村とぜんぜん違うんだね」
「財布をやる前に目を盗まれないようにな」
レンが軽く釘を刺す。
「旅人と金が集まる場所には、いい奴も悪い奴も混ざる。
初めての土地では、“楽しい”より先に“疑え”を覚えておけ」
「はーい……」
返事をしながらも、ユナの視線は露店の品物に吸い寄せられていた。
「ユナ。口より先に目が動いてるぞ」
「うるさい」
横で見ていて、ユウマは小さく笑った。
村を出てからずっと強張っていたユナの表情が、少しだけ柔らかくなっている。
(こういう顔、させられてるうちは――まだ、大丈夫だ)
そんなことを考えていると、レンが足を止めた。
「ここだ」
石塀に囲まれた二階建ての宿屋。
木の看板に、樽と麦の束を描いた絵がぶら下がっている。
建物の横には裏庭へ続く小さな門も見えた。
「まずは宿を取る。話はそれからだ」
◆ ◆ ◆
宿の食堂は、昼にしては落ち着いていた。
数組の客が簡単な食事を取っているだけで、喧騒はない。
テーブルの上には、四人分の皿と湯気の立つ茶だけが残されていた。
「英雄様が三ヶ月も腰を据えてくれるんなら、大歓迎だよ」
太い腕をした宿主が、豪快に笑う。
「裏庭は好きに使ってくれていい。ただし、壁はぶっ壊さないでくれよ? 直すの高ぇんだ」
「気をつける。できるだけ」
レンが答え、銀貨の袋を渡す。
宿主が上機嫌で厨房へ戻っていくのを見届けてから、レンは湯飲みを置いた。
「さて」
静かな声が、三人をテーブルの中央へ引き戻す。
「ここから先の話をする。
――今日から三ヶ月、この町ミナトを拠点に、お前たちを徹底的に鍛え直す」
「さん……」
「三ヶ月!?」
イツキとユナの声が揃う。
「そんなにかかるの?」
「そんなにかかる」
レンは即答した。
「禍鬼と戦う前提で考えれば、本来は一年でも足りない。
だが、村をいつまでも空けておくわけにはいかないし、王都からの猶予も長くはない。
三ヶ月でやれるだけやって、結果を見せるしかない」
言外に、「ここで使い物にならなければ、王都の判断も変わる」という圧が含まれている。
ユウマは無意識に背筋を伸ばした。
「この三ヶ月でやることは、大きく三つだ」
レンは指を三本立てる。
「一つ、三人の基礎体力と戦闘技術の底上げ。
二つ、ユウマの禍人としての変質を、可能な限り制御下に置くこと。
三つ――」
そこで一度言葉を切り、三人を順に見た。
「自分に合った武器を見つけることだ」
「武器……?」
ユナが自分の手を見つめる。
「今のお前たちは、状況に合わせて拾った武器でなんとかしているだけだ。
それでは、いざというときに身体が勝手に動かない」
レンはユウマの右肩へ視線を向けた。
「ユウマは素手でも禍鬼を殴り飛ばせるが、いつまでもそれに頼るわけにはいかない。
禍人の力にだけ頼る戦い方は、いざ制御を失ったときに、自分も仲間も守れなくなる」
右肩の痣が、服の下でじくりと熱を帯びた気がした。
「イツキも、短剣一本で突っ込むには癖が強すぎる」
「ぐさっと来る言い方やめない?」
「事実だ。身体のバネはあるが、射程と間合いの取り方が追いついていない。
ユナは札と薬草だけに頼るには前に出すぎる」
「耳が痛いんだけど」
ユナが肩をすくめ、イツキは気まずそうに頭をかいた。
「だから、お前たち三人がそれぞれ『自分の武器』を決める。
剣でも槍でも、杖でも札でも構わない。
握ったときに『これなら命を預けられる』と思えるものを、三ヶ月かけて育てろ」
そう言うと、レンは腰の袋から小さな布袋を三つ取り出し、テーブルに置いた。
銀貨と銅貨が触れ合う音が、ささやかに響く。
「というわけでだ。金を渡すから、この町で自分に合った武器を探してこい」
「マジで!?」
イツキが勢いよく身を乗り出す。
「英雄隊スポンサーの“武器お買い物ツアー”ってやつ!? やった!」
「お前の言い方だと、途端に安っぽく聞こえるな」
レンは少しだけ目を細めてから、真顔に戻った。
「いいか、条件が二つある。
一つ、その金で買った武器は、自分の命そのものだと思え。
壊れたからといって、安易に『次』を当てにするな。直せるなら直して使え」
「……はい」
「二つ。
見栄や格好だけで選ぶな。
誰かに自慢するための武器じゃない。お前が、お前自身と隣に立つ誰かを守るための武器だ」
静かな言葉だったが、三人の胸に重く落ちた。
◆ ◆ ◆
午後、四人は宿を出て、それぞれの方向へ散った。
「じゃ、俺は武器屋通りの方見てくる!」
イツキは袋を握りしめ、はしゃいだ足取りで駆け出していく。
「二刀流とか、でっかいハンマーとか――」
「まず一本まともに扱えるようになってからにしろ」
レンの声が背中に飛んできて、イツキは「ですよねー!」と笑いながら角を曲がった。
「俺は警備兵の詰所に顔を出してくる。
この町の地図と、外周の状況も確認しておきたい」
レンはそう言い残し、別の通りへ歩いていく。
残されたのは、ユウマとユナの二人だけになった。
「……行こっか」
ユナが、少しだけ緊張を滲ませた笑みを浮かべる。
「薬草と札の店も見てみたいし、武器屋も覗いてみたい」
「そうだな。人の少なそうな通りから回ろう。いきなりスられても困るし」
「それさっきからずっと言ってない?」
呆れたように言いながらも、ユナはユウマの半歩後ろを歩く形でついてきた。
前の世界で“人混み”に慣れているユウマに対して、村育ちのユナには十分すぎる刺激なのだろう。
少し広い通りに出たところで、ユウマは立ち止まる。
「疲れたら言えよ。無理して倒れられても困る」
「そんなにひ弱じゃないってば。
……でも、ありがと」
小さく付け足された一言に、ユウマの心臓が一瞬だけ跳ねた。
(――ダメだ)
イツキの横顔が、ふと脳裏に浮かぶ。
村を出る前夜、塔の上で交わした言葉。
ユナを見るときの、あいつの目。
「ユウマ?」
「ん。なんでもない」
ユウマはわざと一歩、前に出た。
ユナとの距離を、半歩だけ広げる。
(距離を取りすぎても不自然だし、近づきすぎても……)
自分で自分の思考に苦笑したとき、路地の向こうから聞き覚えのある声が飛んできた。
「おーい、お前ら!」
イツキだ。
手には、貸し出し用の木製の双短剣が二振り握られている。
「見て見て! 試し振りさせてもらったんだけどさ、これ、けっこう良くない?」
「早いよ。もう一周してきたの?」
「そりゃもう。剣も見たし槍も見たし、変な鎖ついた球とかもあった!」
「それ、絶対に最初から選んじゃダメな武器の代表だからね?」
ユナが額に手を当てる。
イツキはそんな視線も気にせず、左右の木剣を軽く入れ替えるように振ってみせた。
「でもさ、意外としっくりきたんだよな。
一本より、左右でリズム変えられるし、近い間合いなら手数で押せる。
――なあユウマ、お前から見てどう?」
「……悪くないと思う」
ユウマは素直に答えた。
「お前、身体のバネはあるし、突っ込む癖もあるからな。
だったら、一本に固執するより“動きで勝てる形”を育てた方が合ってる」
「だよな!」
嬉しそうに笑うイツキの横で、ユナが小声で囁く。
「ね、ユウマの武器はどうするの?」
「……そうだな」
ユウマは、自分の手のひらをじっと見つめた。
禍人としての異様な力が、まだ身体の奥に沈んでいる。
(素手で殴るだけなら、多分、このままでも戦える。
でも、それじゃ“禍人の怪物”と変わらない)
右肩の痣が、内側からじわりと熱を帯びる。
(武器を選ぶ。訓練をする。感情の制御を覚える。
三ヶ月――ここで、ちゃんと“生きるための準備”をするんだ)
背後から、ユナとイツキのやり取りが聞こえてくる。
「ユナは? やっぱ札?」
「札と……ちゃんと握れる剣も一本欲しいかな。
あたしだって、ユウマやイツキの隣で戦いたいし」
「おー、心強いお言葉」
「だから変な武器選んで足引っ張らないでよね?」
「お前今、俺の武器馬鹿にしたな!?」
ざわめく町の喧騒の中、その会話はささやかな島みたいに響いていた。
ユウマは二人の背中を見つめ、ゆっくりと息を吐く。
禍人としての力と、ただの人間としての弱さ。
その両方を抱えたまま――生き延びる。
そう心の中で言い聞かせてから、ユウマは二人の後を追って歩き出した。
ミナトの町で過ごす三ヶ月が、この先の運命をどれだけ変えてしまうのか。
ユウマは息を吐き、二人の背中を追った。――生き延びる。そのために、今はただ、選ぶ。
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