ルチアルドside
「おはようございます」
そう微笑む僕の婚約者は、いつも僕を支えてくれる優秀な婚約者だ。風に靡くロングヘアは少しカールしているのにさらさらとしていて、才色兼備と名高い。次代の王として国を、民を支える必要のある僕にとって必要不可欠な人だ。もちろん、女性としても好ましく思っている。
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「ルチアルドさん!」
我々の民の一人が光の魔術を発現した。そう聞いた時、素直にめでたいことだと思った。しかし、学園で気軽に僕の名前を呼ぶ少女は、その無作法さに思わず顔を顰めたくなったほどだった。
自分の顔の良さを理解して、媚を売るその姿は大変浅ましく、醜悪で賎陋だ。筆舌に尽くし難いほど嫌悪感を感じる。そもそも、顔がいいと言っても、我々の民の中ではというレベルなだけで、僕の婚約者シシィと比べたら霞んでしまう。好みの問題もあるだろうが、シシィの方が美しい。異論は認めない。
平民の世界では普通、そう少女が語る所作は我々の民の中でも異質だ。それこそ花を売る者と同様だ。シシィがこんなことをしてくれたらいいのに、そう思うくらい気軽に僕に触れてくる。我々の民の所作を、王族は知らないと思っているのか、苦言を呈しても少女は僕を触ろうとしてきた。そもそも、少女には王族と同じ学園を通う名誉を与える代わりに、しっかりと身分教育は済ませてあるはずだ。ここで少女が僕に触れることがあったら、教育係や僕の護衛が罰せられる可能性を考えないのだろうか?
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「殿下。シシィ様? が、いない間、学園の案内をお願いできませんか? 私、まだどこになにがあるかわからなくて……」
そんなことを言いながら声をかけてくる少女に僕はため息を吐きたくなった。シシィは学園長に呼ばれていると行ってしまった。しかし、身分ある僕があまりに冷たく断ってしまうと、光の魔術を持つ少女は、学園で浮いてしまうだろう……仕方ない。身分について語って聞かせながら、少女を食堂に案内しよう。そう思った僕を、今の僕は殴りたいと思う。
「殿下、私ぃ」
媚を売りながら話しかけてくる少女に、イライラしているのが護衛たちにはバレているようで、心配そうに視線を向けられる。この程度でイライラしていては、良き王になれない。いい機会だ。練習台として使おう。ついでに、影に調査を依頼する。僕にこんなにあからさまに媚び諂ってくるなら、他国の間諜の可能性が高いだろう。ただの男好きだとしたら、頭がイカれていると父上に報告をあげよう。
「君。学園に入る時に、身分についての教育を受けたよね?」
「へ? あ、はい。でも、学園内では平等ですよね?」
「……勉学の機会は平等なだけで、もちろん身分に応じた対応は必要だよ? そこまで説明されているはずなんだけど……。だから、単なる民の一人である君が王族の僕に案内を頼んだ……それがどれだけ問題のある行動かわかる?」
「えー! でもぉ、私は光の魔術を使える聖女だし、シシィ様がぁ」
「それ、やめてくれない?」
思わず冷たい目で少女を睨みつけてしまった。その視線に驚いた少女が思わずよろけてしまう。なぜか僕の方に倒れ込んでくる彼女を、僕が振り払うよりも先に、護衛が少女を振り払った。こんな冷たいところをシシィに見られなくてよかった。今、シシィがこの場にいないことに初めて感謝した。驚いた様子で床に倒れた少女が、ぽかんと僕を見上げる。
にこりと笑った僕が、続ける。
「エリザベートのことをシシィと愛称で呼ぶのは、家族以外で僕だけが許された行為だ。彼女に挨拶すら済ませていない君は、シシィの名を呼ぶことすら許されないんだよ? そもそも、君は貴族ではない。本来言葉を交わすことすら許されないんだよ?」
僕がそう言い放って食堂に向かって歩き出すと、少女は慌てて立ち上がって付いてきた。食堂の場所だけ案内する予定だったからね。仕方ない。認定されていないのに聖女と名乗る……問題行動として父上に報告をあげておこう。
「うわぁ! 素敵な食堂ですね!」
あの気持ち悪い話し方をやめた少女は、食堂についてキョロキョロと見渡した。
「……僕は王族とその周辺の者専用の席に行くから、好きなところで食べたら? 一応貴族階級ごとに席が分かれているから、座っていいか周辺の者に確認するといい。僕は詳しくないからね」
「あの、一緒に」
「何? 自分が王族に近しい者だって言ってるの?」
僕のセリフに食堂がシーンとする。視線が集まったことに気がついた少女が、なぜかニマニマとしながら、口を開いた。
「だって、お友達じゃないですか」
「は?」
本気で驚いた僕に護衛たちも口をぽかんとしている。食堂にいた貴族の中で一人が吹き出したと思ったら、他の者が笑い始めた。
「ふーん、僕と友達だと思っているんだ?」
僕がそう言うと嬉しそうに頷いて笑った少女に、僕は目を細める。僕の空気が楽しそうじゃないと気がついた者たちが瞬時に黙り、また食堂は静かになった。先ほど調査を頼んだ影がサッと僕の後ろに現れて、調査結果を耳打ちしてくれた。信じられない。間諜ではなく、自分の魅力で王妃になると豪語している頭のおかしい人間だって? 神々も、良くもこんなのに光の魔術を与えたな……。
「お友達、ですよね?」
「教えられたはずなのにマナーも何も身につけていない君が、僕の友達になれるって? そもそも、君の名前も知らないのに」
「え? リリーって呼んでください!」
そう言った少女を無視して、僕は下級貴族に見える集団に声をかけた。
「君たち、ごめんね? この子の面倒を頼める? 本当はシシィに頼もうと思っていたんだけど、ここまで賤劣だと思ってなくて……。あぁ、花を売る者のように触ろうとしてくるから、家名を落としたくない男性諸君は気をつけて」
「え? え?」
押し付けることになった下級貴族の者たちには申し訳ないが、下手に上級貴族を近づけて国を混乱に陥れてはならない。僕がここまで言ったのだから、理解できる頭を持っている上級貴族の者たちや、下級貴族でも男性諸君は少女に近づくものはいないだろう。……ここまで言って近づくようなら、手間なく愚かな者を追放できると喜ぶしかないな。
☆☆☆
あそこまで言ったのに、僕がシシィに声をかけようとしたら僕の横にいた。光の魔術さえなければ、すぐに不敬罪を問うたのに……そんなことをしてシシィが嫌がると困るか。シシィはなぜかこの少女に遠慮して僕から離れようとしている。父上に奏上して早めに手を打たないと。正式な奏上だと時間がかかってしまうだろうから、父上には迅速に決断していただかないといけないな。
遠慮がちに距離を取ろうとするシシィをいつも通り邸宅まで送り届けてから、僕はそんなことを考えたのだった。
その後、少女に騙される貴族男子は誰もいなかったが、なぜか少女はシシィの悪口を僕に吹き込むようになった。
例え僕の真横にシシィがいてもさっきシシィに押されたなどいうその姿は、完全に頭のおかしい女だった。
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「光の魔術の使い手として尊重しながら、シシィのそばから追放するいい方法……か」
「へぇ。ルーは光の乙女を追放したいのか」
そう言って僕の執務室のドアから顔を出したのは、叔父上だ。父上よりも一回り年下で独身。貴族令嬢のファンも多く、遊んでばかりいるという噂が絶えないから、シシィには近づけたくない人だ。
「乙女というよりも花を売る者ですよ。すぐに身体に触ろうとするし、汚らわしい」
叔父上が入ってきて、ほとんどの使用人が追いだされたおかげで、僕は王子の仮面を外す。
「それでも娼婦やもっと汚い言葉で言わないあたり、お前は優しいよ」
「……一応、我々の大切な民の一人ですから」
「本当、施政者としてふさわしい。俺は絶対ごめんだから、こっちに王位が回ってこないように、たくさん子を作ってくれよ?」
にやにやとからかってくる叔父上を睨みつけると、叔父上は笑った。
「そうそう。光の魔術の使い手、尊重しながら他国に渡さない方法、知りたい?」
口を開いた叔父上の案に乗ることにして、父上に奏上することとなった。