エリザベートside
「おはよう、シシィ」
「おはようございます。殿下。本日も良いお天気ですわね」
キラキラと輝く笑顔を浮かべた殿下に、わたくしも笑みを浮かべて挨拶を返します。優しくて優秀で、どんな時も麗しい、こんなにも素敵な殿下の婚約者になれたことが、とてもとても幸せですわ。
「そうだ。先日、父上から話があったんだ。我々の民の一人に、光の魔術が発現したらしい」
「まぁ、それは珍しいですわね」
殿下の言葉に驚き、驚きをのせた相槌を打ちます。殿下も大きく頷いて続きを聞かせてくださいました。
「前に光の魔術を発現した人間は、貴族階級だったから問題なかったのだが、今回は我々の民だ。人前に立つことも多くなるだろうから、学園で学ぶ機会をということで、本日付けで入学することになるらしい」
「まぁ、それは……慣れるまで大変ですわ。微力ながら、わたくしもサポートいたしますわ」
「うん。そうしてほしい。今回の光の魔術の使い手は、女性だからね。僕ではサポートしきれないことが多いと思うんだ。だから、」
殿下のお言葉が続いているというのに、女性と聞いた瞬間衝撃が走ります。女性……王家に取り込むために年頃のちょうどいい殿下の婚約者に……あら、わたくし、何でこんなことを……。ずきんずきんと頭が痛み、その痛みと戦いながらそんなことを考えます。まるで、乙女ゲームのよう……なんですの、乙女ゲームってわたくし、あれ、……。
「シシィ、シシィ。大丈夫? 体調が悪いのかい?」
いつの間にか足を止めていたわたくしの顔を覗き込んで心配して下さる殿下。そんな殿下の顔を見ていて、わたくしは正気を取り戻しました。こんな場所で体調が悪い様子を見せたら、すぐに殿下の婚約者から差し替えられてしまいます。政略で定められた婚約者同士といえども、わたくしは殿下をお慕いしておりますし、殿下からも情のようなものは感じます。婚約者の座はヒロインにも誰にも譲りたくありません。すぐに笑みを浮かべて殿下に返事をしました。
「ごめんなさい。どんなことをしたら、その方が馴染みやすいか、考え込んでしまいましたわ」
「そう? 無理はしなくていいからね」
表ではわたくしの言葉を額面通り受け取ってくださった殿下の顔からは、まだ心配の色が消えていません。わたくしも笑みを浮かべ直して、教室へと向かいます。
⭐︎⭐︎⭐︎
「はじめまして! リリーです! リリーって呼んでください!」
人懐っこそうな笑顔を浮かべた少女の髪は優しいピンク色で、ヒロインらしい笑顔でした。今考えると制服のリボンがピンク色なところも、ボタンの色が彼女の瞳と同じ水色なところも、ヒロインだからと言われてしまうと納得できてしまいますわ。
「よろしくお願いします! えーと、」
「ルチアルドだ」
「ルチアルドさん!」
「不敬だわ!」
「そこにおられる方をどなただと思っているんだ」
なぜか殿下の隣が彼女の席になったことも。
「殿下。わたくし、学園長に呼ばれておりますので食堂には遅れて参りますわ」
「わかった。待っているからね、シシィ」
そうわたくしに微笑む殿下の横から、彼女が顔を出します。
「殿下。シシィ様? が、いない間、学園の案内をお願いできませんか? 私、まだどこになにがあるかわからなくて……」
殿下に話しかける彼女に、対応する殿下のお姿が見たくなくて、わたくしは教室からすぐに学園長室へと向かいました。
⭐︎⭐︎⭐︎
「失礼しました」
わたくしが学園長室からでて、食堂へと視線を向けると、彼女が殿下の横を歩いていました。位置的に殿下のお顔が見えなくてよかった。わたくし以外にあの自然な笑顔を浮かべていると思うと、わたくし……。そう思って見ていると、彼女がふらりと殿下の方に転びました。殿下が彼女を抱き止める、そう思ったわたくしは、思わず視線を逸らします。
「フーファ」
「はい、お嬢様」
わたくしにいつもついていてくれる専属メイドのフーファに声をかけます。
「わたくし、昼食は一人でとるわ。だから、殿下には学園長の話が長引いているとお伝えしてきてちょうだい」
「しかし、お嬢様、」
「お願い」
「……かしこまりました」
そう頭を下げたフーファが護衛に声をかけて、走り去っていきます。
その姿を見送ったわたくしは、特別に利用を許可されている貴賓室に向かいます。
ヒロインが攻略を進めたら、ここでこうやって昼食をとることも難しくなるかもしれませんわ。フーファがついでに買ってきてくれた購買のランチボックスをいただきながら、そんなことを思っていると、フーファが毒見を終えた飲み物も差し出してくれます。
「エリザベートお嬢様、こちらを」
「ありがとう、フーファ。ごめんなさいね、みんなの食事の時間を奪ってしまって」
わたくしが突然こちらで食事することになったせいで、使用人たちのシフトが変わってしまったでしょう。特に常にわたくしのそばに控えているフーファにとって、その変更は大きいものだと思います。
「いえ、エリザベートお嬢様のお幸せが何よりも大切ですから」
嬉しそうにそう胸を張るフーファに笑いながら、思い悩みます。わたくしのせいでみんなに迷惑をかけたくないですわ……。悪役令嬢として罰されたら、フーファだけでなくお父様やお母様にもご迷惑が……。でも、殿下のおそばから離れたくないですわ。
王家の影がついているから冤罪はかけられないと思いたいです……いえ、王家の影だけじゃ足りないわ。魔術具も持って、むしろヒロインから認識されない魔術具も持ったらどうでしょうか?
そう思ったわたくしは、魔術具を取り寄せることにしました。
⭐︎⭐︎⭐︎
「シシィ! お昼は食べれたのかい?」
わたくしが席に戻ると、傍らにヒロインを連れた殿下が心配そうに駆け寄ってきました。
「……えぇ。思ったより長引いてしまって、申し訳ございません」
わたくしがそう言って謝ると、殿下は心配そうに席につかれました。それと同時に迷惑そうにヒロインに席に戻るように言いました。まだ、婚約者への情をお持ちでいてくださるのですね。ならば、わたくしはまだ頑張れますわ。
異世界ミステリー(自称)も執筆しておりますので、よろしければご覧いただけると嬉しいです!
「外では決められたセリフしか言えません!」~残念令嬢の心の声 【短編題】「麗しくて愛らしい。婚約してくれ」と言われました。間違えてますよ?
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