貴方の事を愛している。 わたくしの全てをかけても愛しているわ。
アルディスはとても美しくて、とても愛らしくて、とても強かで。
アルディスはわたくしが最も愛した、おとうと……
いえ、血は繋がっていないのだから、弟ではないわ。
でも、わたくしの弟として育ったの。
今でも、貴方の事を愛している。
わたくしの全てをかけても愛しているわ。
エフェル公爵は、再婚した。
シェリアーナ、12歳の時である。
母を病で亡くしてすぐに、エフェル公爵は、
「新しいお母様だよ。そして弟だ」
「フェリーヌと申します。そして、この子がアルディス」
「アルディスです。お姉様。よろしくお願いします」
父とフェリーヌは、学生時代、恋人同士だったが、泣く泣く家の都合で別の相手と結婚して、フェリーヌの夫が事故で死に、病でエフェル公爵の妻も亡くなって、思い合っていた二人が再び、結婚という流れになったのは当然の事であろう。
当時、口うるさく言って来た互いの両親も隠居して、口出しもしなくなり、何の障害もなく、再婚したのである。
シェリアーナにとってとてもショックだった。
母を亡くしたばかりなのに、いきなり新しい母と弟が出来たのだ。
しかし、一つ下の弟はとても可愛らしく、シェリアーナに懐いて、傍を離れなくなった。
「お姉様が出来て嬉しいです。ずっとずっと僕の傍にいて下さいね」
「ええ、可愛いアルディス。傍にいるわ」
シェリアーナも、黒髪で美しくて可愛い弟が大好きで、とても可愛がった。
新しい母であるフェリーヌも良い人で。
「一緒にお庭でお散歩しましょう。綺麗な薔薇を見ましょう」
とアルディスと共に誘ってくれて、お散歩したり、
庭にテーブルを出して、お茶したり、
シェリアーナに気を使ってくれて、シェリアーナはとても幸せだったのだ。
だが、だんだんとアルディスの様子がおかしくなった。
この公爵家を継ぐのはシェリアーナである。
血筋からいって、アルディスはエフェル公爵家の血を引いていないのだから、当然で。
だから、16歳になった頃、シェリアーナの婚約者をエフェル公爵は探し始めたのだが、
アルディスは、
「ずっと傍にいるっていったのに。私は姉上の事が大好きです。ですから、私は姉上と結婚したいっ」
エフェル公爵に頼み込んだが、エフェル公爵は、
「我が家と政略的に旨味がある家と婚約させるつもりだ。だから、アルディス、お前は諦めるがいい。お前はお前で、やはり政略的に旨味のある家に婿入りさせてやるから。私と血のつながりがないとはいえ、きちっとエフェル公爵家の人間として、私は責任を取ってやるから」
アルディスは泣きながら、
「姉上を愛しているんです。僕は姉上と結婚したいっ」
シェリアーナはそんなアルディスを宥めて、
「仕方ないじゃない。わたくし達は貴族なのですもの。それにわたくしは貴方の事を弟としか思っていないわ。だから、貴方も、ね?お父様の言う事を聞いて」
アルディスは渋々、
「姉上がそう言うのなら」
納得したようには見えたけれども、彼は納得していない事を嫌っていう程、シェリアーナは思い知らされることになった。
シェリアーナは、ドルト伯爵家の次男、リヘルと婚約を結ぶ事になった。
リヘルはとんでもない男だった。
「ふん。こんな地味な女が私の婚約者だなんて。仕方がないから婚約してやる。感謝するんだな」
両家顔合わせの時にそう言ったのだ。
ドルド伯爵は真っ青になって、息子の頭を下げさせて、
「申し訳ございません。よく言ってきかせますので」
アルディスがずっと付き添っていて、睨みつけていたのだけれども、まさかアルディスがリヘルを害するとはこの時、思わなかった。
リヘルが馬車の事故にあって三日後に亡くなった。
エフェル公爵家ではこの婚約をナシにする訳には政略的に出来ないので、シェリアーナは、リヘルと婚約するしかないと諦めていたのだ。
それが、リヘルが亡くなったと聞いた時、どこかで安堵する自分にシェリアーナは嫌気がさした。
アルディスがシェリアーナの傍に来て、ぎゅっと抱き締めて耳元で囁いた。
「リヘルを始末したよ。姉上。あんな奴、姉上に相応しくない。姉上には幸せになって欲しいからね」
「アルディスっ。貴方」
「本当は僕が姉上と結婚したかったんだ。でも父上が許してくれない。だったら、姉上には幸せになって貰いたいじゃないか。だから僕がリヘルを殺した。ねぇ、姉上。僕の愛を解ってくれるよね」
怖くなった。
にっこりと笑った弟アルディスが怖くて怖くて。
それでも、可愛い可愛い弟アルディス。
「アルディス。このことは誰にも言っては駄目よ」
「ああ、勿論。僕だって命が惜しいからね。まだまだ、姉上の幸せの為に、僕は手を汚さなくてはならないから」
「アルディスっ」
リヘルとの婚約が無くなったシェリアーナ。
そこへ、ベルド王太子殿下の側妃の話が持ち上がった。
ベルド王太子は、真実の愛とかで、男爵令嬢を強引に王太子妃にすると言って、公爵家の令嬢を婚約破棄をしたのだ。卒業パーティで。
婚約破棄をされた令嬢は、隣国へ留学してしまった。
ベルド王太子はたった一人の男子で王位継承者である。
そして国王夫妻はベルド王太子に甘かった。
彼が真実に愛する相手という男爵令嬢マリーナを、王太子妃にすることにしたのだが、マリーナだけでは心もとない。
だから、シェリアーナがマリーナを補佐する為に側妃にと選ばれたのである。
シェリアーナは嘆いた。
側妃と言っても、仕事をするだけの妃である。
使い潰されるに決まっているのだ。
王太子妃教育をマリーナの代わりに受けることになったシェリアーナ。
マリーナは頭が悪いし、まだ王立学園での授業が一年残っているので、王太子妃教育は無理だろうという事で、シェリアーナが受けることになったのである。
シェリアーナだってまだ王立学園を卒業していない。
王立学園に通いながら、王太子妃教育を受けることになった。
肝心のベルド王太子は王立学園を卒業している。
マリーナが王立学園で、威張り散らしていた。
「私が真実の愛の相手なの。私を敬いなさい」
そう、シェリアーナに言ってきたのだ。
シェリアーナはカーテシーをし、
「かしこまりましてございます。マリーナ様」
爵位が下の相手でも、未来の王太子妃、王妃である。
頭を下げるしかなかった。
マリーナはシェリアーナを連れ回した。
奴隷のようにこき使ったのだ。
「貴方は将来、私の傍でお仕事をするのだから、今から、私の言う事を聞くのが当たり前よねぇ」
足でシェリアーナを蹴とばした。
シェリアーナは耐えるしかなかった。
辛い。苦しい。でも家の為。王家の為に、マリーナの言う事を聞かなくてはならない。
なんで、わたくしがこんな目に遭うの?
とある日、シェリアーナがマリーナの後ろを他の令嬢と一緒に歩いている所をアルディスが声をかけてきた。
「姉上、馬車が迎えにきています。一緒に帰りましょう。ああ、これはマリーナ様。相変わらずお美しいですね。私はシェリアーナの弟のアルディスです。お会いできて光栄です」
跪いて、その手の甲にキスを落とす。
マリーナもまんざらでもないようで。
「まぁ、シェリアーナの弟がこんな美男だなんて知らなかったわ。私はベルド王太子殿下の真実の愛の相手のマリーナよ。よろしくね」
頬を染めて、マリーナはアルディスを見つめている。
シェリアーナは、そんなマリーナになんとも言えない危うさを感じた。
それはアルディスに対しても同じで。
馬車の中でアルディスに、
「マリーナに近づいては駄目よ。アルディス。あの方は王太子妃になられるお方なのだから」
アルディスはフンと横を向いて、
「あんな女、王太子妃にふさわしくない。王太子妃にふさわしいのは姉上だ。姉上を不幸にする女なんて許せない」
「駄目よ。アルディス」
この弟はまた何かやらかす気だ。
アルディスは、にっこり笑って、
「姉上の為なら、なんでもやるよ。僕の心は姉上だけにあるから」
「アルディス。本当に駄目。駄目だから。わたくしは覚悟は出来ているの。家の為に、王太子殿下の側妃になるわ」
「姉上程の優秀な女性が側妃だなんて、許せない。何が真実の愛だ。そんなの滅びてしまえばいい」
アルディスはそれから、事ある毎に、マリーナの前に姿を現した。
満更ではないマリーナ。
そして、とある日、事件は起こった。
裸でアルディスとマリーナが、学園の一室で抱き合っていたのだ。
それを他の生徒が目撃してしまった。
名門公爵家の息子アルディスと王太子妃になるはずだったマリーナとの醜聞。
当然、ベルド王太子はマリーナを呼びつけて怒りまくった。
「私とは真実の愛ではなかったのか?」
「だって、寂しかったんですもの。王太子殿下に会えなくてぇ」
「他の男の種を腹にいれた女なぞ、いらん。お前なんぞ婚約破棄だ」
「えええ???そんなぁ」
マリーナは婚約破棄されて、不義を犯したという事で、戒律が厳しい修道院へ送られた。
不義の相手のアルディスをエフェル公爵は切り捨てるしかなかった。
「アルディスは私の息子ではありません。妻の連れ子です。公爵家から籍を抜きます。平民として生きるように家を追い出しますので、どうか、お許しを」
国王に直訴すれば、国王は、
「シェリアーナ嬢を王太子妃に差し出せば、アルディスとやらは、廃籍することで許してやろう」
「勿論です。寛大な処置、感謝致します」
シェリアーナは先行き、王太子妃になる事になった。
ベルド王太子はシェリアーナの手を取って、
「私はどうかしていた。やはり下位貴族の娘は駄目だな。改めて、シェリアーナ。正式に私の婚約者になって欲しい。先行き、王太子妃なって欲しい」
「お受け致しますわ。王太子殿下」
その申し入れを受けるしかなかった。
今でも、貴方の事を愛している。
わたくしの全てをかけても愛しているわ。
そう、弟としてではなく、わたくしは異性として貴方を愛しているわ。
貴方の激しいわたくしへの想いを知ってから。
リヘルを殺してくれた貴方の激しい想いを知ってから。
― 姉上、お元気ですか。僕は今、辺境騎士団にいます。
騎士団の人達は優しくて、とても充実した日を送っています。
王家の人達の善意により、騎士団へ送られてしまいました。
でも、騎士団長の好意により、団長付きの仕事をしています。団長付きなら、狙われる心配はないしね。
僕は力が弱いから、魔物討伐も出来ないし。
姉上に会いたいな。でも、もう会えないな。
どうか、お元気で。良い王太子妃になって下さい。
アルディスより ―
シェリアーナは、この手紙を義母であるフェリーヌに見せた。
フェリーヌは、
「行きなさい。アルディスの元へ」
「でも、お母様」
「公爵家がどうなろうと、この愛を貫きなさい。わたくしはアルディスと貴方の幸せを願っているわ。貴方もわたくしの大事な娘なのだから」
そう言って抱き締めてくれた。
公爵家の為を思ったら、アルディスに会いに行ってはいけないのだろう。
会いに行ったらきっと、わたくし……
それでも、わたくしはアルディスの事が……
馬車に乗り込む。辺境騎士団行きの馬車だ。
後悔はない。
王太子妃になるよりも、この王国の王妃になるよりも、わたくしはアルディスと共に生きたいの。
王家に気づかれる前に。
邪魔が入る前に、わたくしは、アルディスの元へ行きたい。
フェリーヌだけが見送ってくれた。
急いで王国を出なくては……
馬車はひたすら、走る。
辺境騎士団を目指して、日が昇って来た。
もうすぐ国境だ。
シェリアーナは、アルディスの事を思いながら、朝日を見つめた。
貴方の事を愛している。
わたくしの全てをかけても愛しているわ。
だから待っていて。
貴方に会いに行くから。