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第7章:命秤の代償


竹村真一たけむら しんいちとユイは鬼市おにいちの奥深くへと進んでいった。周囲の灯りは次第に暗くなり、空気には腐敗したような臭いが漂い始める。まるで時間そのものがこの場所で停滞しているようで、冷たい湿気が肌にまとわりついてくる。


「ここ……どう見ても行き止まりっぽいな。」竹村真一は眉をひそめ、手にした「生死のせいしのみちびき」を握りしめた。彼はその竹札をじっと見つめる。竹札にはかすかに赤い光が漂い、二人をさらに奥へと導いているようだった。


ユイは彼の服の袖をぎゅっと掴み、不安そうに小声で尋ねた。「お兄さん……この‘命秤いのちのはかり’で、本当に私の命が助かるの……?」


竹村真一はため息をつきながら答えた。「なあ、小娘。ここまで来たんだ、試すしかないだろ。やらなきゃ本当に終わりだぞ。」

**「……つっても、俺だって怖くて仕方ねぇんだけどな。」**竹村真一は心の中でそう付け加えた。


二人が進むにつれ、周囲は静まり返り、通り沿いにある店はまばらになり、客も見えない。ぽつんと座る影たちはぼんやりとした黒い塊のようで、顔すら判別できない。そのうち、どこからともなく不気味な笑い声が聞こえてきた。


突然、竹札がさらに強く赤い光を放ち、その光が暗闇を突き破った。


二人の目の前には、一つの古びた石台が姿を現した。


その石台は人の背丈ほどの高さで、全体が灰色がかった石でできている。その中央には巨大な銅の天秤が置かれており、天秤は錆びついて緑青に覆われている。天秤の皿は風に揺れ、「ギィ……ギィ……」という鈍い音を立てていた。


そして、石台の後ろには異様な影が立っていた。そいつは細く長い身体を黒い布で覆い、顔は判別できない。だが、その空洞の目と思われる部分からは、赤い光がわずかに漏れていた。


「……これが‘命秤’ってやつか?」竹村真一は緊張した面持ちで呟き、唾を飲み込んだ。


ユイは怖さのあまり言葉を発せず、竹村真一の袖をさらに強く掴んでいた。


その時、黒い影はゆっくりと動き出し、赤い目をぎょろりと動かして二人を見た。そして、低く掠れた声で語りかけてきた。


「……生死の導、ここに辿り着かせたか……お前たち、何を望む。」


竹村真一は腹を決めたように一歩前に進み、少し震えながらも声を出した。「俺たちは……‘逆命のぎゃくめいのふ’が欲しいんだ。」


黒い影は動かず、ただその黒い衣が風もないのに揺れ、「サラサラ……」という不快な音を立てた。やがて静かに言葉を発した。


「逆命の符は、命を覆す力を持つ。しかし、その力には代償が伴う……お前たち、その代償に耐えられるのか。」


竹村真一は唇を噛みしめた。「代償だと?何が必要か、まず教えろよ。」


黒い影は痩せた指をゆっくりと動かし、天秤の片方の皿を指し示した。

「代償は‘命秤’が決める。お前が彼女を救いたければ、お前自身の‘命のめいのき’を皿に捧げ、天秤に問うがよい。」


「命の気……また命かよ。」竹村真一は舌打ちした。「お前らってのは人間の命が好きだな!」


黒い影は低い笑い声を漏らした。「人間の命は、この世で最も価値のあるもの。お前が運命を覆したいなら、その命を差し出すのは当然だ。」


竹村真一は後ろを振り返り、怯えるユイを見た。ユイの瞳は期待と恐怖で揺れているが、どうすることもできず震えるだけだった。


「……くそっ、やるしかねぇ!」竹村真一は吐き捨てるように言い、天秤の皿の前に立った。そして、自分の指を噛み切り、一滴の血を皿の上に落とした。


「これでどうだ?俺の命気で、あいつの命と交換できるか?」彼は影を睨みつけ、食いしばった歯の隙間から声を絞り出した。


皿に落ちた血は一瞬で薄紅色の光に変わり、天秤がゆっくりと揺れ始めた。赤い光が強まるにつれ、天秤のもう片方の皿に逆命の符の輪郭が浮かび上がる。それは古びた和紙のような符で、暗赤色の複雑な文様が描かれていた。


だが、天秤が平衡に近づいたその瞬間、逆側の皿が急に重くなり、「ガタン!」と音を立てて傾いた。


「……不十分だ。」


黒い影が冷たく言い放った。


「不十分だと?」竹村真一は思わず叫んだ。「俺の命気が足りない?俺は健康な人間だぞ!」


影は笑いながら答えた。「彼女の命格は薄く、天運に見放されている……お前一人の命では、その運命を覆すことはできぬ。」


「だったらもっとやるよ!」竹村真一は怒りに震えながら叫んだ。「寿命でも何でも追加すりゃいいんだろ!全部やってやる!」


黒い影は再び指を天秤に向けた。「お前の命、寿命、そして存在そのものを捧げる覚悟があるならば……皿に手を置け。」


竹村真一は目を閉じ、深く息を吸い込む。そして、天秤の皿に手を置いた。その瞬間、冷たい力が手から体中に入り込み、彼の魂を鎖で締め付けるような感覚が走った。


「やめて……!」ユイは竹村真一の腕にすがりつき、涙を流しながら叫んだ。「お兄さん、やめてよ……もう十分だよ……!」


竹村真一は苦笑しながら答えた。「……俺だってやりたくねぇよ。でも、ここで何もしなかったら、お前が死ぬだけだろ。」


天秤が再び揺れ始め、逆命の符が赤い光を放ちながら、ついに完全な姿を現した。


「……逆命の符、現れたり。」


影の低い声が響き、天秤が停止した。竹村真一は手を引き、逆命の符を掴むと深く息をついた。「やっと手に入れたぜ……これでお前の命は救えるんだろ?」


だが、その瞬間、黒い影が不気味に笑い始めた。


「逆命の符……それは、ただの始まりに過ぎぬ。」


竹村真一の笑みが消え、眉をひそめた。「……どういう意味だ?」


影の声は一層冷たく、恐怖を孕んでいた。

「運命を逆らうということは、天に刃向かうこと……凡人よ、一枚の符で命を覆せると思うな。」

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