第4章:初試練、命がけの一戦
竹村真一は、ボロボロの廃寺の床にへたり込んでいた。息が荒く、まるで瀕死の犬のようだ。彼は左手に浮かんだ奇妙な黒い紋様を見つめ、頭の中は混乱の嵐だった。
「なんだよこれ!なんで俺の命があんな像のもんになっちまうんだ!?ふざけんなよ!これじゃ売られたのと変わんねえじゃねえか!」
彼は憤りを込めて呟いたが、その苛立ちは一向に収まらなかった。
しかし、文句を言っている暇もなく、背後から「ギィ……ギィ……」という不気味な音が聞こえてきた。それは、乾いた木の板を踏みしめるような軋む音で、どこか重苦しいリズムだった。
竹村真一は反射的に振り返ると、気づけば廃寺の大きな扉がいつの間にか開いていた。そこからゆっくりと何かが這い出してくる。
それは、一体の腐敗した死体だった。
その顔は五官が崩れ、腐肉が骨から垂れ下がっている。全身から鼻を突く悪臭を放ち、動きは遅いが、一歩一歩真一へ近づいてきた。空洞の目がじっと彼を見据えているようだった。
「うわああっ!」
竹村真一は思わず声を上げ、後ろへ尻餅をついた。「なんだこれ!?本物のゾンビじゃねえかよ!」
彼はあたりを見回し、何とか逃げ出そうと考えたが、廃寺には出口が一つしかなく、そこを腐乱死体が塞いでいる。
「おい、近寄るな!俺はお面さまの契約者なんだぞ!」竹村真一は虚勢を張り、大声で叫んだ。「お前みたいな雑魚、呼び出して一瞬で片付けてやるからな!」
しかし、その腐乱死体は彼の叫びを意に介さず、ガサガサとした低い音を立てながらさらに近づいてくる。口元からは「シィー……シィー……」という獣のような唸り声が漏れていた。
「やべえ、話通じねえじゃねえか!」真一は冷や汗を流し、追い詰められる恐怖に震えていた。
壁際まで追い詰められたその時、不意に左手の紋様が淡く光り始めた。紋様から冷たい力が全身へと流れ込み、彼の頭にあの冷たい声が響き渡る。
「契約者、試練を開始する。」
「な、なんだよ試練って!?まだ何も準備できてねえぞ!普通こういうのは研修とか説明があるだろ!」
竹村真一はパニックに陥りながら叫んだ。
「お前が失敗すれば、即ち死だ。」
「ふざけんな!こんなブラック契約聞いたことねえぞ!絶対訴えてやる!」
真一が抗議する間にも、紋様からの力は徐々に強まり、彼の左手が熱を帯び始めた。やがてその熱が凝縮し、手の中に黒い霧が集まる。それは次第に形を成し、漆黒の短刀となった。
「なんだこれ……ゲームのチート武器か?」
彼は呆然と短刀を見つめる。
「これはお前が生き残る唯一の手段だ。この刀で戦い、生き延びろ。さもなくば……死ね。」
その声の冷たさに容赦はなかった。竹村真一が言葉を失っている間にも、腐乱死体がすぐ目の前まで迫り、その手が彼の喉元を狙って伸びてきた。
「うわっ!」
竹村真一は反射的に短刀を振るう。
「ザシュッ!」
その一閃で腐乱死体の腕が切り落とされ、床に転がった。それはしばらくピクピクと動いた後、黒い泥のように崩れ去った。
「すげえ……これ、超使えるじゃねえか!」
竹村真一は一瞬だけ得意げに笑った。「どうだ!俺に近づいたのが間違いだったな!さっさと消え――」
しかし、その瞬間、腐乱死体はもう一方の腕を振り上げ、再び襲いかかってきた。しかも、先ほどよりも動きが速くなっている。
「おいおい、どんどん進化してんじゃねえかよ!」
竹村真一は慌てて後ろに跳ぶが、腐乱死体の爪が彼の肩を掠め、服を引き裂いた。肩口には深い爪痕が刻まれ、鋭い痛みが走る。
「いってえええ!何なんだよこの世界!最悪だ!」
竹村真一は傷口を押さえながら、短刀を握り直した。彼の目に諦めはなく、むしろ怒りが燃え上がっていた。
「ふざけんな!この俺がやられるわけねえだろ!」
彼は短刀を構え直し、腐乱死体が再び突進してきた瞬間、体を低く沈めてかわすと、その胸に一気に短刀を突き刺した。
「ザクリ!」
短刀が腐乱死体の胸を貫いた瞬間、黒い液体が吹き出し、腐乱死体は耳障りな叫び声を上げて痙攣を始めた。その体は次第に崩れ、最終的には黒い泥へと還った。
竹村真一は床にへたり込み、大きく息を吐いた。全身が汗でびっしょりだった。
「くそっ……なんだよこの世界!こんなのおかしいだろ……!」
肩の痛みを堪えながら、彼は不満をぶちまけた。
すると、あの冷たい声が再び彼の頭に響いた。
「試練終了。」
「終わり!?これで終わりかよ!?こんな腐ったゾンビ相手に殺されかけたぞ!」
竹村真一は呆れたように叫んだが、声は淡々と続けた。
「試練を突破したお前には報酬が与えられる。お前の力は認められた。」
「報酬?マジか!」
真一は目を輝かせた。「やっぱり、こういうのは強力なスキルとか必殺技が――」
「‘夜行’を授ける。闇の中で移動速度を向上させ、気配を遮断する能力だ。」
「忍者みたいな能力じゃん!」
竹村真一は興奮して立ち上がり、左手の紋様が僅かに輝いているのを見て、感動すら覚えた。しかし、その光はすぐに消え、声が最後に冷たく告げた。
「さらに困難な試練が待っている。準備を怠るな――死ぬなよ。」
「また試練かよ!?マジで休ませろって!」
竹村真一は頭を抱えたが、彼の不満など関係なく、声は消えた。彼は肩の傷を押さえながら廃寺の外を見た。そこには相変わらず不気味な夜の闇が広がっていた。
「ったく、先にどっかで休まねえと……」
そう呟きながら一歩を踏み出した瞬間、遠くから「ドン……ドン……」という巨大な足音が聞こえてきた。
竹村真一はその方向を見て顔を青ざめた。
「くっそ……これ、マジで終わらせてくれねえのかよ……!」