**第3章:怪異仙の契約**
竹村真一の頭は真っ白になり、耳鳴りが止まらない。
「だ、誰だ!?誰が話してるんだよ!?」
彼は辺りを見回した。ボロボロのお堂の中はひっそりとしていて、崩れた神像の他にはネズミ一匹すら見当たらない。
「……私だ……」
その低く重い声は再び響いた。それは四方八方から聞こえるようでもあり、同時に直接頭の中に語りかけてくるようだった。
竹村真一は呆然と、そのボロボロの「お面さま」の神像を見つめた。膝が震え、今にも崩れ落ちそうになる。
「おま、おま、お前がしゃべってんのか!?やめろよ!ビビりだからそういうのダメなんだって!」
神像は動かなかったが、竹村真一はその空洞の“顔”が自分をじっと見つめているような錯覚を覚えた。それはまるで、魂まで覗き込むような視線だった。
「お前は……選ばれた。」声はさらに冷たく低く響く。「私の契約者となるか、それとも……死か。」
「はぁっ!?選ばれたって何だよ!人違いだろ!?俺はただの不良だぞ!ケンカも弱いし、足も遅い、成績も最下位だ!マジで役に立たないんだって!」
竹村真一は慌てて否定するが、その声は彼の抵抗を無視して冷然と続けた。
「お面さまの契約は、ただ一度のみ。拒めば、“奴ら”に喰われる運命だ。」
「‘奴ら’って……誰だよ?」真一の背筋に嫌な汗が流れる。さっき見たあの顔のない黒い影が脳裏に蘇り、体が震えた。「まさか、あの化け物みたいなやつらか?」
「お前は‘門’の外から来た者。この地の者ではない。その身に“気”が満ちている。それを狙われぬためには、契約するしかない。」
声は淡々としていたが、その冷たさが真一を一層追い詰めた。
竹村真一はさっきの黒い影が背後に迫る感覚を思い出し、身体中の毛が逆立つような恐怖に襲われる。
「……契約したら……俺、生きられるのか?」彼は震える声で聞いた。
「生きられる。」
「……生きるだけ?」
「契約者は、私の力を受け継ぐ。お前は、凡人を超える存在となる。」
声には微かに誘惑の響きが混じっていた。
竹村真一の目が輝いた。「凡人を超える?ってことは、俺、強くなれるってことか!?もしかして空飛んだり、不死身になったり、そんな感じ?」
声は一瞬沈黙した後、冷たく答えた。
「力には代償が伴う。」
「代償?」真一は我に返り、警戒の色を強めた。「どんな代償だよ?」
「お前の生死は、もはやお前のものではない。契約者は、私のために使役され、私に養われる。」
「ちょ、ちょっと待て!使役って何だよ!?俺、お前の下僕かよ?‘養われる’ってどういう意味だ!?俺、飯までお前に頼るのか?」
竹村真一は抗議するが、神像は沈黙し、周囲の空気が重苦しい圧力を帯びた。
彼は髪をかきむしりながら悩んだ。自分の命は惜しいし、今ここで契約を拒めば確実に“奴ら”に殺されるのは明白だ。しかし、一生この神像に縛られるというのも嫌だった。
「おい、他に方法ねえのか?契約じゃなくて、バイトとかパートタイムでやるのはどうだ?」
竹村真一は恐る恐る提案するが、神像の声は冷たく響いた。
「契約は変更不可能だ。今すぐ選べ――生か、死か。」
その言葉に、竹村真一は慌てふためいた。時間を引き延ばしても意味がない。外には“奴ら”が待ち構えており、どうせこの場を離れるわけにはいかないのだ。
「分かった!契約するよ!やりゃいいんだろ!?俺、生き延びるためならやるって!」
竹村真一は目をつぶり、一気に返事をした。
その瞬間、神像が低い音を発した。まるで彼の返答に応えるかのように、お堂の中に冷たい風が吹き込み、蝋燭の火が一斉に消えた。竹村真一の体は見えない鎖で縛られたように動けなくなり、呼吸も苦しくなった。
「契約……成立。」
その声が彼の頭に直接響いた次の瞬間、背中に冷たい感覚が走った。それは氷の蛇のように、彼の血管を這い回り、全身を侵食していく。
「うわあああああ!」
竹村真一は悲鳴を上げ、体を痙攣させながら冷や汗を滴らせた。やがて、その冷たい力が左手に集中し、腕全体に焼き付くような感覚が広がった。
彼が左手を見下ろすと、手の甲から手首にかけて黒い模様が現れ、それは不気味な紋様を描いていた。
「これより、お前はお面さまの契約者となる。お前の命は、私のものだ。」
神像の声は消え、再びお堂には静寂が戻った。
竹村真一は力なくその場に倒れ込み、大きく息をついた。左手を見つめながら、呆然と呟いた。
「これ……マジで大丈夫なのかよ……?」