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芝居の運命

竹村真一の血刀が邪悪なる穢れの幽霊に向かって振り下ろされる刹那、空気に冷たい笑い声が響き渡った。


「ふふふ……焦ることはないさ、お客人。この芝居はまだ始まったばかりだ。」


耳元から響いてきた、不気味でどこか馴染みのある声に、竹村真一の動きはピタリと止まった。振り返ると、赤い着物を身に纏った女が、いつの間にかすぐ背後に立っている。肩越しに近づくその距離感は異様だった。


「お前……」竹村真一は眉をひそめ、血刀をその女に向けた。視線には警戒心が宿っている。「いつの間に近づいた?」


赤い着物の女は答える代わりに、森のような冷たい笑みを浮かべ、白い歯をちらりと見せた。そして、彼女は静かに真一に顔を寄せると、首を傾け、長く細い舌を伸ばし、真一の耳元を軽く舐めた。


「まあ……なんて濃い陽気……」女の声は低く掠れており、満足げな色を帯びている。まるで珍味を味わうような囁きだった。


「クソッ!」竹村真一は背筋にぞくりと悪寒を感じるや否や、振り向きざま血刀を勢いよく振り下ろした。しかし、刃先が通ったのは空虚な虚無。女の姿は刃が触れる前に赤い霧と化し、宙を漂っていた。


「ふふふ……」霧の中から女の笑い声が四方に響く。その音調は低く上がったり下がったりしながら、竹村真一の怒りをあざ笑っているかのようだ。「これほどの陽気を放つとは……なるほど、この芝居、あんたでなきゃ始まらなかったわけだ。」


「ふざけるな!」竹村真一は怒りを込めて叫びながら赤い霧に斬りかかるが、霧は彼の攻撃を避けるように、滑らかに漂い続けていた。


その時、背後から村脳の低い声が聞こえてきた。「坊主、そっちは任せておけ。俺はこの娘っ子を連れて行く。」


竹村真一は一瞬動きを止めて振り返ると、煙管を口にくわえた村脳老人が、幼い阿喜の腕を掴んで、ゆっくりとどこかへ歩き出そうとしていた。


「おい!あのクソジジイ、何をするつもりだ!」竹村真一は血刀を村脳に向け直し、怒りの声を張り上げた。


ゆいは必死に腕を振り解こうとしながら叫んだ。「お兄ちゃん!助けて!この人……この人が私をどこかに連れて行こうとしてる!」


村脳は振り返り、黄ばんだ歯をむき出しにして笑った。その歯は青い灯火の下でいっそう不気味に映る。「坊主、そんなに騒ぐんじゃない。俺のような老いぼれには、こういう童子が一番の退屈しのぎってもんだ。」


竹村の目には怒りの炎が燃え上がる。血刀を握りしめ、村脳に向かおうとするが、その瞬間、赤い着物の女が再び霧の中から現れ、楽しそうに笑った。「駄目駄目……お客人、あんたが主役なんだから、舞台を勝手に降りちゃだめだろ?」


その声と同時に、四方八方から赤い霧が押し寄せ、まるで網のように竹村真一の体を絡め取った。彼は力いっぱい刀を振るったが、その霧は刀をものともせず、強靭な檻のように彼を縛りつけていった。


「小僧、芝居が終わるまで大人しくしていろ。」村脳老人は振り返り、氷のように冷たい笑みを浮かべた。「次に会う時、この娘っ子がどうなっているか……楽しみにしておけ。」


「てめえ……!」竹村真一は咆哮し、全身の力で霧の檻を振り解こうともがく。「生きて帰れると思うな!俺がこの手でお前を斬り裂いてやる!」


村脳老人は竹村真一の言葉を無視して、泣き叫ぶ阿喜を引きずるようにして霧の中へ消えていった。阿喜の泣き声は次第に遠ざかり、ついには完全に聞こえなくなった。



竹村真一は赤い霧に捕らえられたまま、身動きが取れない。目には怒りが渦巻いている。「おい、クソ女!お前は一体何を企んでいるんだ!」


赤い着物の女が霧の中からゆっくりと姿を現し、相変わらず不気味な笑みを浮かべている。「ふふ、そんなに怒らないで。この芝居はまだ序盤の演出に過ぎない。これからが、あんたが主役の本番よ。」


「主役だと?クソが……!」竹村真一は歯を食いしばり、女を睨みつける。「あのジジイが阿喜を連れ去ったのもお前の仕業か?お前ら全員まとめて叩き斬ってやる!」


「斬る?」赤い着物の女は可笑しそうに笑う。「ここは九幽の地よ。斬るも殺すも、あんたの思い通りになると思ってるの?」


竹村真一は言葉を失うが、怒りはますます募るばかりだった。しかし、女は飄々とした調子で言った。「ま、あんたには主役としての役割があるんだから。ちゃんと最後まで見届けてもらわなきゃね。」


そう言い終えると、彼女の姿は再び赤い霧と化して消え去った。




竹村真一が必死に霧の中でもがいていると、突如として舞台の青い灯火が大きく揺れ始めた。


霧の中の観客たちはゆっくりと立ち上がり、低く不気味な呟きを発し始めた。それは古代の言葉のような響きを持ち、周囲の空気をさらに冷たく染めていく。舞台の前に立つ穢れの幽霊は、手にした提灯を揺らしながら、灯火の青い炎をより一層輝かせた。その仮面には陰鬱な符号が浮かび上がり、禍々しさが増していく。


「命の供物の幕は上がった……」穢れの幽霊の声は低く冷たく、抗うことのできない威圧感を放っていた。「主役よ……運命を受け入れる準備はできたか?」


竹村真一は歯を食いしばり、霧の中で体をねじりながら叫んだ。「運命だと?そんなもん信じるか!いいからさっさと俺を放せ!ここで決着をつけてやる!」


穢れの幽霊は提灯を静かに揺らし、青い炎を明滅させた。「運命は否応なく訪れるもの……お前に逃げ道はない。」


青い炎が突然激しく輝き出し、その光は竹村真一の意識を打ち砕くように目の前の世界を歪ませていった……。

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