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**第二章:町の怪異**



三川村みかわむらは大きな村ではないが、その雰囲気は異様に不気味だった。村に入った竹村真一たけむら しんいちは、通りにほとんど人影がないことに気づいた。どの家も戸締りをしており、隙間からかすかに見えるのは供え物が置かれた仏壇と、立ち上る三本の線香の煙だけだった。


「婆さん、この村、なんで誰もいねぇの?」

竹村真一が思わず尋ねると、老婆は答えず、低い声でただ一言だけ呟いた。

「日が暮れたら外に出るな。もう少しだ、黙っていろ。」


竹村真一は仕方なく口を閉じたが、心の中では恐怖が膨れ上がっていた。普段はこういう話を一笑に付すタイプだったが、この村の雰囲気には得体の知れない寒気があった。どうにも気になり、ふと後ろを振り返ると――小路の入口に黒い影が立っていた。それはまるで真一を見つめているように思えた。


「婆さん……なんか、誰かいる!」

「黙れ!見るな、早く来い!」


老婆は竹村真一の腕を掴み、信じられないほどの力で引きずるように家の中へ押し込んだ。彼女はすぐさま戸を閉め、がちゃりと鍵を掛けると、仏壇の前へ行き、線香を三本灯した。


「跪け!」

「はっ?」真一は目を丸くした。「なんで跪かなきゃなんねぇんだよ?」

「跪けと言ったら跪くんだ!跪かねば命を落とすぞ!」


老婆の声は震えていたが、その迫力に圧倒され、竹村真一は慌てて地面に膝をついた。そして仏壇の前に掛けられた一枚の絵巻を目にする。それは黄ばんだ古い絵で、顔のない人影が描かれており、その体には黒い蔓のような模様が絡みついていた。


「これ……なんだ?」

真一が小声で尋ねると、老婆は低い声で答えた。

「お面さま(おもんさま)。村を守る神だ。」

老婆は何か祈りの言葉を呟きながら、線香の煙に顔を向けていた。


しかし竹村真一はその絵巻をじっと見ているうちに、得体の知れない寒気を覚えた。絵から奇妙な力が放たれているようで、胸の奥が重くなる。すると突然、絵巻の一部に黒い染みが広がり始めた。それは墨が垂れたような跡となり、じわじわと絵全体に滲んでいく。


「おい、婆さん!これ……なんかヤバくねえか?!」

真一がそう叫ぶと、老婆の顔は真っ青になった。

「まずい……村の“奴ら”が来た!」


老婆のその一言に、竹村真一の背中に冷たい汗が伝う。

「‘奴ら’って誰だよ!?」声が震え、思わず老婆を問い詰めたが、老婆は答えず、小さな銅の鈴を取り出して竹村真一に押し付けた。

「これを持て!鈴の音が鳴ったら走れ。何があっても振り返るな!」

「走れって、どこにだよ?!」

「村の東にあるお堂だ!お面さまが守ってくださる……お前は外から来た者だ。この村の掟では、お前の“気”を抑えきれない。奴らは……お前を狙う!」


「奴らって誰なんだよ!婆さん、マジでやめてくれって!」竹村真一は泣きそうな顔になったが、その時、玄関の外から妙な音が聞こえてきた。


「ギィ……ギィ……」

まるで木の板を軋ませるような音が、一定のリズムで近づいてくる。それは一歩一歩重々しく、心臓を締め付けるような音だった。


竹村真一の全身が凍り付いた。音は家の周りをゆっくりと彷徨い、時折遠くへ、時折近くへと移動している。彼は無意識に戸の隙間を覗こうとしたが、老婆に強く押さえつけられた。

「見るんじゃない!声を出すな!奴らはお前を探している!」


竹村真一はその場に縮こまり、どうすればいいのか分からないまま震えていた。しかし次の瞬間、玄関の戸を軽く叩く音が聞こえた。


「コン……コン……コン……」

その音は規則的で冷たく、妙に不気味だった。


「開けるんじゃない。」老婆の顔は青ざめ、声も震えていた。


竹村真一の背筋は冷たい汗で濡れていく。何とも言えない恐怖が胸を支配し、扉の向こうにいるのは人ではないという直感があった。


やがて、戸の外から空洞のような老いた声が響いた。

「開けてくれ……落とし物があるだろう?早く開けなさい……」


竹村真一は震えながら、すぐさま反論した。

「俺、何も落としてねえよ!嘘つくんじゃねえ!」


老婆が彼を睨みつけ、黙れと手で合図する。しかしその瞬間、外の声が一瞬途切れ、次に聞こえた言葉は――


「落としたのは……お前の命だよ。」


「うわあああ!」竹村真一は悲鳴を上げそうになるが、必死で口を押さえた。


老婆は決心したように真一を後ろの勝手口へ連れていくと、扉を開けて言った。

「鈴を持って走れ!振り返るな、絶対にだ!お堂にたどり着けさえすれば……お前は助かる。」

「でも婆さんは……!」真一が躊躇うと、老婆は彼を強く押し出し、扉を閉めた。


暗闇に放り出された竹村真一は、震えながら鈴を握りしめ、東のお堂を目指して走り出した。


しかし数歩走ったところで、背中に冷たい視線を感じた。振り返ってはいけないと分かっていながら、その視線は徐々に近づいてくる。そして手の中の鈴が音を立て始めた――


「チリン……チリン……」


老婆の言葉が頭に響く。鈴の音が鳴ったら、決して止まるな!


真一は全力で走り出すが、耳元で低い笑い声が聞こえる。

「ククク……逃げられると思うか?」


耐え切れず振り返った真一の目に飛び込んできたのは、顔のない黒い影が、すぐ背後まで迫っている光景だった!

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