鬼灯の灯籠師
竹村真一は血刀を手に、結衣を伴って霧深い山中を進んでいた。周囲の木々はますますねじれ、枝は骸骨のように細長く伸びており、風に揺れるたびに「ギィ……ギィ……」と不気味な音を立てていた。
「くそっ、この辺り、ますます嫌な空気になってきやがったな。」竹村は血刀を見下ろしながら低く呟く。「こいつもおかしな刀だ。あのジジイをぶった斬った後から、ずっと熱を帯びてやがる。」
刀はまるで生きているかのように薄い振動を放ち、その刃からは時折微かな血色の光が漏れ出していた。
結衣は竹村の後ろにぴったりとくっつき、怯えたように呟いた。「お兄さん……あの老人が言ってたこと……血刀を持つと深淵に堕ちるって、本当なの?」
「深淵?」竹村は鼻で笑った。「あのジジイのたわごとだ。どんな禍々しい刀でも、俺の手に入った以上、俺の言うことを聞かせるだけだ。」
そう言いながらも、竹村の胸には一抹の不安がよぎっていた。この刀は確かに強力だが、ただの武器とは思えない異質な気配を放っていた。それに先ほど、老人を斬ったときのあの奇妙な殺意——あれが本当に自分自身のものだったのか、確信が持てなかった。
灯籠師の出現
竹村が考え込んでいると、突然、山中の霧の中から低く鈍い音が聞こえてきた。
「ドン……ドン……ドン……」
それは重々しい足音だった。一歩踏み出すごとに、地面が小さく揺れるような音が響き渡る。
「なんだ?」竹村は足を止め、刀を握る手に力を込めながら霧の奥を睨みつけた。
やがて、霧の中から人影がゆっくりと浮かび上がった。それは異様な風貌をした男だった。
その男はぼろぼろの青布の着物をまとい、肩に一本の長い天秤棒を担いでいた。天秤棒の両端には、二つの巨大な灯籠がぶら下がっている。その灯籠は普通のものではなかった——暗赤色の革のような素材で作られ、その表面には血管のような模様が絡み合っている。灯籠の中には蝋燭はなく、代わりに緑色の炎がゆらゆらと燃えていた。
男は静かに歩み寄り、竹村たちの前で立ち止まった。顔は深く垂れた破れた笠に隠れ、表情は見えない。だが、その体から放たれる不気味な気配が空気を重たくしていた。
結衣は竹村の後ろに隠れ、恐る恐る囁いた。「お兄さん……あの人、なんだか怖い……」
「まぁ見りゃ分かる。」竹村は目を細め、刀を軽く構えながら男を見据えた。「まともな奴じゃねぇな。」
男はゆっくりと顔を上げた。その顔は——常軌を逸していた。
顔には鼻も口もなく、代わりに二つの巨大な眼球が占めていた。黒く大きな瞳の中には緑色の炎が燃え、無表情ながらも凄まじい威圧感を放っていた。
「命気……」男が低く呟く。その声は錆びた刃物が岩を削るような音だった。「お前の命気は……私の灯籠に相応しい……」
竹村は呆れたように笑った。「また命気かよ!こいつら揃いも揃って、命気しか言えねぇのか?」
男は答えず、肩の灯籠が揺れ始めた。その揺れとともに、灯籠の中の緑の炎が激しく燃え上がり、血管模様が生き物のように蠢き始めた。
突然、灯籠の中から黒く細長い触手が飛び出してきた。その先端は鋭い鉤爪に分かれ、竹村に向かって高速で飛びかかる。
「また触手かよ!こいつら何でみんな同じ手口なんだ!」竹村は悪態をつきながら咄嗟に横へ跳び、触手の攻撃をかわした。
「シュッ!シュッ!」
触手は地面に突き刺さり、そこから黒い煙が立ち上る。
竹村は血刀を構え直し、緊張した面持ちで男を睨みつけた。「なるほどな、お前も俺の命気を狙ってんだな。だったら……その灯籠ごとぶっ壊してやる!」
男は静かに灯籠を揺らし続け、さらに多くの触手を解き放った。触手は蛇のように空中で蠢き、竹村を完全に包囲するように動き回る。
「面倒くせぇな……!」竹村は歯を食いしばり、右手の逆命咒を燃え上がらせた。その赤い光が血刀に流れ込み、刀身は一層強く輝きを増した。
「斬ってやるよ!」竹村は叫び、血刀を振り下ろした。
赤い光をまとった刃は触手を次々と斬り裂き、その破片は地面に落ちると黒い液体に溶けて消えていった。
男の巨大な眼が一瞬だけ揺らぎ、肩の灯籠から緑の炎がちらついた。「お前……抗うのか……」
竹村は間髪入れずに突進し、血刀を男の胸に向かって振り抜いた。「黙れ!」
「ズバァッ——!」
血刀が男の体を一刀両断にし、肩の灯籠が地面に転がった。男の緑色の瞳は徐々に光を失い、その体は黒い血を流しながら崩れ落ちた。
竹村は刀を肩に担ぎ、息を整えながら男の遺体を見下ろした。「ふん、命気だの灯籠だの……くだらねぇ。」
転がった灯籠からは、不気味な黒い球体が顔を覗かせた。その表面には複雑な模様が浮かび上がり、薄い緑色の光を放っていた。
結衣が怯えた声で尋ねる。「お兄さん……それ、何?」
「知らねぇよ。」竹村は球体を拾い上げ、じっと見つめた。「でも、どうせまた厄介な代物だろうよ。」
球体を懐にしまい、竹村は遠くの霧を睨みつけた。




