鍛冶屋
竹村真一は枯骨庵を後にし、胸の「枯骨印」がじんわりと熱を帯びるのを感じながら、重たい足取りで山中を進んでいた。その印はまるで彼の体に焼き付けられた火傷のようで、微かな痛みとともに「血淵天隙」への道を指し示していた。
「ちっ、裂け目ひとつ閉じるのにここまで騒がなきゃならないのかよ。何が禁地だ、やってらんねぇ……」竹村は低く毒づきながら拳を握りしめる。右手の逆命咒は静かになったが、その痛みが消えることはなかった。
後ろを歩く結衣は彼の様子を見ながら、心配そうに尋ねた。「お兄さん……その『天隙』って、そんなに危ないの?」
竹村は結衣を振り返り、半ば呆れたように肩をすくめた。「危ないか?当たり前だろ。俺の命劫がここまでヤバいなら、あの場所がテーマパークなわけねぇだろ!」
結衣はその言葉に口を閉ざし、ただ黙って彼の後をついていった。
彼らが山中を進むほどに、周囲の景色は不気味さを増していった。木々はねじれ、幹には血のような赤い蔦が絡まり、その蔦から垂れる暗赤色の花が生臭い液体を滴らせていた。
「ここ、絶対普通じゃねぇ……」竹村は警戒心を強めながら辺りを見渡した。その時、どこからか金属が打ち鳴るような音が聞こえてきた。
「カン……カン……カン……」
それは鉄槌が鋼を打つような音だった。規則的で澄んだ音が霧の中に響き渡り、聞く者の心を妙に揺さぶるようだった。
「なんだ、この音?」竹村は足を止め、霧の向こうを睨む。
結衣は彼の後ろから顔を覗かせ、小さな声で言った。「……鍛冶の音?誰かが刀でも打ってるのかな?」
「こんな場所で鍛冶?頭おかしいんじゃねぇのか?」竹村は舌打ちしながら霧の中へと足を進めた。
やがて視界が開け、ぼろぼろの小さな鍛冶屋が姿を現した。その屋根は苔に覆われ、入口には読み取れないほど風化した看板が吊るされていた。
鍛冶屋の前には、ひとりの老人が立っていた。
その老人はやせ細り、灰色の粗末な着物をまとい、腰をかがめて鉄塊を叩いていた。両手は枯れ木のようにひび割れ、無数のたこが刻まれている。黒ずんだ鉄槌を振るうたび、砧の上の刀が赤い光を放った。その光はまるで生き物のように脈打ちながら、刀身を走り抜けていく。
「……おい、じいさん!」竹村は声をかけた。「こんなところで何してんだ?」
老人は動きを止めず、低く掠れた声で答えた。「旅の者よ……刀が欲しいか?」
「刀だぁ?」竹村は鼻で笑った。「俺にそんなもん買う金があると思うか?」
老人はようやく手を止め、顔をゆっくりと上げた。その顔は皺だらけで、両目は白く濁りきっている。だが、その眼差しはどこか人を見透かすような鋭さがあった。
「金はいらぬ……命気を差し出せば、それでよい。」
「また命気かよ!」竹村は呆れたように頭を掻いた。「てめぇら何なんだ。命気命気って、それしか言えねぇのか?」
老人は何も答えず、砧の上に横たわる刀を持ち上げた。それは暗赤色の刀身を持つ異様な代物だった。表面には血管のような模様が浮かび、薄暗い光の中で奇妙に輝いている。
「これはお前のために鍛えた刀だ……これを持てば、全てを斬り裂ける。命劫もな。」
「随分と都合のいい話だな。」竹村はニヤリと笑った。「でもな、そんなうまい話があるわけねぇだろ。俺がこの刀を持った瞬間、命劫が爆発でもするんじゃねぇのか?」
老人は微かに笑い、その掠れた声で言った。「知る必要はない。ただ答えろ……欲しいか、欲しくないか。」
竹村は一瞬ためらったが、すぐに決断を下した。「……上等だ。もらってやるよ!」
彼は老人の手から血刀をひったくるように奪い取ると、刀身をじっと見つめた。刀は冷たい金属の感触のはずだが、まるで心臓の鼓動のように微かに震えていた。
「なんて不気味な刀だ……」竹村が呟くと、刀身は月光を浴びて猩紅の輝きを放った。
血刀の代償
地面に倒れ込んだ老人は竹村を見上げ、濁った目に奇妙な笑みを浮かべながら言った。「その刀を持つ者は、主であると同時に、刀の奴隷にもなる……」
「主だの奴隷だの、知ったこっちゃねぇよ。」竹村は冷たく言い放ち、刀を振りかざした。「まずはてめぇを試してやる!」
血刀が空を切り、赤い光が鋭く走った。
「ザシュッ——!」
老人の胸に深く刀が突き刺さり、その体は一瞬硬直した。そして、胸元から裂け目が広がり、体が真っ二つに割れて地面に崩れ落ちた。
「ドサリ——」
老人の内臓が地面に転がり出ると、辺り一面に血臭が漂った。
竹村は血刀を握りしめ、深く息を吐いた。「命気だの献祭だの……てめぇらの好きにはさせねぇ。」
刀身から滴る血が地面に染み込むたびに、刀は小さく震え、満足げな嗡鳴を上げていた。
結衣が恐る恐る彼に近づき、震える声で言った。「お兄さん……その刀……怖いよ……」
竹村は刀をじっと見つめ、冷笑を浮かべた。「そうだな。でも、この刀が俺の切り札だ。」
彼は刀を軽く振るい、赤い光をまとわせながら遠くの霧を睨みつけた。「血淵天隙、行くぞ。俺が決着をつけてやる。」




