王子、肉食恐竜を復活させるのをやめてください!
「ハクア!お前はもう役立たずだっ。だからお前など必要ない。どこへでもいけっ」
パーティ会場に響き渡る怒鳴り声。
草食動物達に与える食べ物や健康について頭でいっぱいな彼女は、あまり話を聞いてなかった。
なぜ突然役立たずなどと言われなくてはならないのか。
(役立たずなんて、一番役立たずな無駄飯ぐらいに言われたくない)
王子という名のプライドだけ肥大化している男はハクアの婚約者だ。
しかし、自分を確保したいが為に結ばれたので相手の男にはこれっぽっちだって興味もない、好意もない。
相手の男は昔から自分を下に見て、文字通り見下す顔で、人を指差す。
へし折りたくなるから、辞めて欲しい。
「そっですか」
(家に帰ったら資料を作らないと)
おざなりな返事に我慢出来なくなったのかズカズカと、こちらへ足音荒くやってくる元婚約者。
ハクアの生まれたジュラ家は最適なものが生まれてくるように出来ている。
空に集う女神が専門の存在を招く。
自分が転生者なのは全ての人が知っている。
最適な魂。
(どうせくだらない理由でしょ)
「私はどちらでも構いません。お好きに。〇〇の卵は後程契約に基づき返却してもらいますね」
王家との契約。
この世界に居る生物。
現代の世界では太古の生物と有名な恐竜。
その雄大な姿は女神らの使徒。
(隣に女……謎は解けた)
「その必要はない!」
王子が大きく声を張り上げる。
(そんなわけないでしょ)
「これはジュラ家と王家の古くからのお約束ごとです。否やは存在しません。お引き渡しを」
咎めるように睨みつけると、王子は勝ち誇った顔をして隣の令嬢を前に少し出して目立つように演出する。
首を傾げると、浮気相手かなと確認。
正直、ただのパートナー契約に婚約を使ったのはお飾りだ。
昔から暗黙の話として、そういうノリでのやりとり。
あくまで円滑に仕事をするために城に来やすいように、顔パスが出来るのが本来の目的。
それなのに何もしてないのに、婚約を解消するのは道理も通らない。
彼はなにをもってして、解消に行き着いたのだろう。
「彼女は女神により選定された恐竜の専門家だ」
どうやら専門家が愛人らしい。
専門家は一人だけではなく、さらに細かい枝分かれした細部のところまで考えて、負担にならぬようにされている。
2人目が出てこようと100人出てこようと、特に思うところはない。
思うところがあるのは向こうの方なのだろう。
こちらを挑むように見ている。
何か言いたいことでもあるのなら、さっさといって欲しいわと息を吐く。
めちゃくちゃ忙しい。
契約を見直すことも視野に王族との話し合いは長引きそう。
「発表がそれだけならば去らせていただきますね」
マナーとして声をかける。
「待て。まだ終わっていない。まだ婚約者気取りか?もう違う。黙ってそこに突っ立っていろ」
どこへなりともいけと言った舌の根が乾かない間に、行くなという。
元々プライドがマンモス並だったのに、さらに大きくなっている気がする。
鼻の穴を大きくしたりして、よっぽど自慢したい事があるらしい。
ハクアよりもあっちの女の方が胸が大きい等と言い出したら、鼻フックを箸でお見舞いしてやろう。
子供用なので脳までは到達しないだろうよ。
「聞け!ジュラ家の独占は今日より消滅する!」
大仰に述べる割には先ほどとチリも変わらぬ内容。
もったいぶらずに早く教えればいいのに。
「この専門家は羽化という能力を持つ者だ。ジュラ家の浅ましい女のスキルと比べると、強力な能力であることは聞いていて分かるな?」
羽化。
卵から孵す時間が短縮できるのならハクアも喜んで横取りした女を迎えても良い。
なんなら養女に推薦しても構わない。
早く仕事を終わらせて現実世界に帰りたい。
あくまでこの体は仮のもの。
早く終わればご褒美もある。
「すごいなそれは」
「ぜひ恐竜様に与えて欲しい」
貴族の人達の反応に王子は満足そうに頷く。
(パフォーマンスは良いから早くして欲しいわ)
あくびが出そうになる。
眠くなってきたではないか。
のろい王子だ。
「ここに化石がある。いつもならハクア・ジュラに頼むところだが……おい、復活させろ」
元になったのにまだ上だと勘違いしているプライドだけ一人前なやつ。
やるわけないだろう。
腹が立って、気持ちのままに言い返す。
「なんの化石かもわからないのに、無闇に復活させるわけがありません。どの種を戻すかは緻密に打ち合わせしていて、突発的な復活はさせることなんて、危険ですから」
ハクアのスキルは復活。
恐竜の化石の復元だ。
戻すと卵として登場する。
そして、ゆっくり育てる。
恐竜は人間と違い長生きするのだ。
慌ててもすぐに大きくなるわけじゃない。
「ふん。お前がサボってやらなかった英断を私が代わりにやってやる。感謝すると良い」
「ハクア様。どうか王子のお言葉に耳を傾けてください。あとは私が引き継ぎますので」
「ですからっ。なんの種類かわからないというのに──」
言い終える前に王子が勝ち角だとニヤッと笑う。
王族のする顔ではないぞ。
良いのかそれで、王家の教育は。
「かの有名な恐竜の中の恐竜!その名を聞けっ!」
はいはい、どうせブラキオザウルスでしょ。
王子がここまで興奮するのなら、自分の世代より三つ前まで生きていた名前を思い浮かべる。
ブラキオザウルスは草食系の中で巨体をを誇る種の一つ。
他にも居るには居るが有名どころはやはり。
「ティラノサウルスだっ!!」
「な!」
「……ひっく」
王子の発表に貴族らはなんだそれはと囁き合うが、知らないのだろう。
恐竜愛好家もその名に聞き覚えはない。
まさか、この男。
(王家の禁書がある部屋に入った!?)
あの部屋には専門家が特大に危険な事項を記した書物がある。
ハクアの時代よりも昔の人間が記したものなので翻訳にかなり時間がかかっていた。
達筆な上に言い回しが今と違う。
たしか、作業はまだ途中のはず。
翻訳スキルを持つ専門家が膨大な資料を訳している最中だった。
まさか、途中までしか訳していないからこそ、王子は人類史上最低最悪の引き金を引こうとしている?
先ほど、王子が継いだ言葉に驚きすぎて碌に言葉を発せなかったのはハクアだけじゃなかった。
王子の隣にいる略奪悪女も、恐怖にしゃっくりを引き起こした。
彼女は王子によるとサンジョウというらしい。
この中世に似た雰囲気に合わないから皆改名を一時的にするのだが、王子はどうやら改名をおすすめしなかったようだ。
相変わらず気が利かない。
「王子、肉食恐竜を復活させるのはやめて下さい」
「僻みが今日は酷いぞ?」
嬉しそうに醜く歪む優越感の塊に、拳を握る。
「王子、肉食恐竜を復活させるのをやめてください!」
今の発言はこの唇からではなかった。
「は?おい、サンジョウヒトミ、今更何を言っている?」
「フルネームで呼ばれるとダサくなるのでやめてくださいって言いましたよね?」
顔がもう、キレていた。
「女神から私は、海は嫌だから、ここは地に足がついているから大丈夫だって聞いたのでこの仕事を受けたんです」
その必死の形相に王子は仰反る。
「どうしたんだ?お前は私に恐竜を羽化させるとあれだけアピールしてきたんだぞ」
「それとこれとは別だろうが!」
「ヒッ」
遂に王子が立っていた場所からころんと落ちる。
一段分だけだったから、たいして落ちてない。
「肉食恐竜の復活?何考えてるの?バカなの?消滅するんなら独りでしてよ!」
「しょ、消滅?なにをいってる?ティラノサウルスは王者なのだ。全ての恐竜達の上に君臨する。私の功績となれば今後この王国の発展と」
「発展どころか、滅びますよ」
仄暗い空気の中、さらに加えられる内容に集まる貴族達はざわりと冷や汗が落ちる。
それを気にすることなく、ハクアは固まり、成り行きを驚きで放置している王に対して発言した。
「王よ。今を持ってこの王子の継承権を剥奪し、速やかに間接、目、口、ありとあらゆる自由を封殺して下さい」
王族の禁書がこの場でばら撒かれたのだ。
知ってはいけないことだった。
「なんだと!貴様、たかだか女神に頼まれたただびとの癖をしてっ」
「だから、通訳の内容を軽んじたんですか?」
静かに聞くと、その怒りの濃さに王子は言葉を閉じる。
「もう知られてしまったので、憧れに昇天する前にその幻想は偽物だと知ってもらいます」
ハクアは専門家達の中で、再現度の高いスキルを持つものと合わせて作った恐竜がこの世界で暴れ回ったらというイフ作品を会場の超巨大スクリーンで放映した。
阿鼻叫喚になろうと、誰もこの城から出さない。
恨むのなら、ガセではない本物の情報を拡散させた王子と、簡単に入れてしまった王城のスカスカセキュリティにすれば良い。
前々から草食獣だけではなく肉食恐竜を集めようとする貴族社会に釘を刺したかったのだ。
天よりデカいデカいものを。
そうじゃないと第二の王子が生まれかねない。
ロードショウ後、王子が監禁されたのは言うまでもない。
騒動がひと段落したあと。
サンジョウと名乗っていた王子の浮気相手はひたすら謝り、己がこの世界を血に染める羽目になるところだったと土下座までした。
見晴らしの良い庭にあるガボゼは、専門家達の為に常に解放されている。
そこで飲む紅茶は最高級。
舌が肥えて後々困りそう。
「どうなるかと思った」
現代ですら、やつらを管理できずに後の世に知られる大事件として語られるのに、この世界で同じことが起こったら何も出来ず全滅するだろう。
女神が現代人を選ぶのはそういう意味も理由もある。
「私、サメ映画を小さい頃に見て以来、海に近付けなくなって。今も無理なんです。船は乗れますが」
サンジョウは告白する。
「分かる。私もホラー系とかパニック系を見たら怖くて暫く混同してしまうもん」
ゾンビ映画とか、家族の安否をほんの少し気にしてしまう。
リアリティのある舞台だと余計にね。
「まあ、それ系と決定的に違うのはその肉食恐竜が実在してるってところだけど」
あれは空想だが、この世界では目の前にあって、復活と羽化を使用すれば地獄の出来上がりとなる。
「そうなんですよね、本当、羽化を誰にも知られずにやれと言われなくて助かりました」
不穏の種は僅かでも残してはいけない。
王族1人とて。
もう少しで空に国を作りたくなるような世界になるところだった。
翼のある生物も肉食なので今の所存在してない。
知ったものが居たら騎乗したい者達がより集まり、復活などということが起こった時……。
ぶるりと震える。
「貴方の羽化のスキルは草食恐竜に使ってあげて」
「はい!」
ハクアやサンジョウ達はなにも言わずとも心を通じ合わせられる。
王子が恐竜の名を叫んだ時のように。
脳裏に場面は違えど、浮かんだのだ。
それ、映画で見た!と。