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最終話 エピローグ


 俺が人間になったあの日から、百日余りが経過した。

 俺の正体が公表されることはなく、じいじが孤児を引き取ったという(てい)で城で住んでいる。

 記憶を紐解く日々は終わったが、人間の生活は大変だ。 

 

 スプーンの持ち方やら服の着方やら、人間として必要なことをじいじと一緒に練習するのだが、これが非常に難しい。

 じいじが全部してくれたらいいだろう、と先日言ったのだが、レイニアが「私の仕事も全部やって」と泣き出して、それがあまりに見るに堪えないものだった為に意欲を持って取り組むことにした。

 練習が終わるとじいじがたくさん褒めてくれる。おんぶもしてくれるし、抱っこもしてくれるし、おやつもくれる。最近食べた「ちょこれーと」なるものはこれまた難解な味なのだが、頬が落ちそうになるのは「美味しい」ということなのだと、じいじは言っていた。ちょこれーとは美味しい。

 

 じいじは前と変わらず優しいが、よく泣くようになった。

 俺が一人で排尿できた時も泣いていたし、頭を撫でてあげても泣いていた。

 じいじが泣いていると俺も悲しくなって泣いてしまったが、嬉しい涙というものがあるらしい。

 感情というのは不思議だ。

 あとレイラが全裸で街に出ようとした時も泣いていたが、あれは怒りの涙らしい。


 結界や呪い、ボックスが守り続けていたいくつもの嘘は、今のところは公表しないことになった。

 結界はエンシャンティア王家の権威の象徴であったこともあり、民衆は不安を覚えている。

 その解消が目下の最優先で、その後に方針を改めて決定するとのこと。

 しかし、これまで王国を発展させてきたエンシャンティア家に対する民衆の信頼は厚く、公表しても大きな混乱は無いだろう、というのがフューツ商会現会長の意見だ。

 ボックスは毎日仕事に追われているが、幸せだと言っていた。

 じいじが幸せだと、俺も幸せだ。


 フューツ商会といえば、ヒメ――キャリーは今実家に戻り、両親と楽しく暮らしている。

 よくドムナー家にも遊びに行くようで、「パパとママが二人ずついるからお得なの!」と言っていた。

 城にも頻繁に遊びに来るのだが、「おまたを開いて座っちゃダメ!」とか「お口を閉じて食べなさい!」とか、俺に色々なことを指図してくる。

 幼体のクセに生意気だが、泣かれると困るので仕方なく従っている。

 だが、ヒメが家に帰る時は胸の辺りがキュッとして、少し涙が出てしまう。

 次はいつ来るのだろうか。


 色々考えている間に昼だ。

 今日はグレインと「はむふれっど」の約束がある為、そろそろ行かなくては。


 グレインは「はむふれっど」屋になる為、毎日忙しそうにしている。

 衛兵は今年中には辞めるらしいが、どこかのパン屋で修行をするらしく、来年は別の街に行くのだとか。

 

「あらニョロ!お出かけ?」 

 庭園に出ると、数人の侍女を連れたレイラと鉢合わせる。

 珍しく服を着ているのは、ガルダ公国に謝罪に行った帰りだからだ。

 

「そうだ。お前はじいじに言われた通りに全うできたのか?」

「あったりまえよ!」

 自信気に身体を反らせるレイラだが、侍女が魔物でも見るような眼差しを向けている。

「そうか」

 深入りせず、その場を離れようとしたのだが、

「そんな可愛い恰好して、髪も結んでもらっちゃって、一体どこに行くのかしらねぇ~?」

 言い方が癪に障り、足が止まる。


「これは侍女が選んだ服であって、俺の意図は反映されていない。それに行先を教える義務もない」

「ふふふ……っ! そんなこといってぇ……大好きなだーりんのトコロなんでしょう?」   

 

 最近レイラはこういうことを言ってくるから嫌いだ。

 別にグレインは大好きとか、そういうことでは決してない。

 即座に否定してやりたいのだが、何故か顔が熱くなって、上手く言葉が出ない。


「もぉ可愛いんだからぁ! いってらっしゃいニョロ!楽しんできなさいね?」 

 レイラは何やら含みをもたせた笑みを浮かべて俺の頭を撫でた後、城に向かって歩いて行った。

 

 胸の中がもぞもぞとするまま歩く。

 結界が無くなったから本当は飛びたいのだが、この身体になって以降飛べなくなってしまった。

 吸収の祝福が消滅したと同時に体内の魔力がほぼ無くなってしまい、以前ほど自在には尻尾を操れなくなったのだ。

 だから、アイツは城門まで迎えに来る。


「よっ!」

 門の足元でグレインが手を挙げていた。

 特に理由は無いが、少し走る。


「ほら?」

 近くまで寄ると、グレインはしゃがみこんで首元を広くとる。

 肩に跨ると立ち上がり、歩き出す。


「スプーンは使えるようになったか?」

「まさしく順調だ。じきに街一番になるだろう」

「はっ! そうかよ! そりゃあ楽しみだなぁ!」

「お前はどうだ。前回パンを一から作ると言っていただろう」

「それがよぉ? 結構上手くいったんだよ。今日のヤツは俺が焼いたパンで挟んでるから、楽しみにしとけよぉ?」

「ふん。ちょこれーとを知った俺にはもはや難解な味などない。ピクリとも尻尾を動かさずに食べてやろう」

「言ったなこの野郎? バシバシ尻尾振らせてやるよ!」


 いつもこんな風に言い合いをしながら、街を歩く。

 それだけでなんだか身体がふわふわして、ちょこれーとを食べた時と同じ気持ちになる。

 だから、ちょっと悲しくなる。

 

「グレイン」

「なんだ?」

「別の街に行ったら、お前は会いに来なくなるのか?」

 悲しいのを我慢して、言った。

 すると、グレインは笑った。

「んなワケねえだろ。毎週テメエに美味ぇパン食わせてやんねぇといけねえんだからよ?」             

 

 腹の奥がぐうっと熱くなって、

「そうかっ」 

 声が上ずる。


 グレインのことは大好きとかじゃない。

 でも、グレインと会えると嬉しくて、会えないと思うと悲しい。

 じいじに思う気持ちとは少し違う、難解な感情だ。

 

 まだこの感情のことは分からないけれど、身体が大きくなったら分かるのだと、じいじが言っていた。言いながら泣いていた。

 だから、今は分からないままでいい。

 分かるようになった時、考えればいい。

 

「グレイン」

「なんだ?」  

 

「早くしろ」

「……可愛くねえ!」       

  

 幸せだから、それでいい。

 

最後までお読みくださり、ありがとうございました。

お気づきのことがありましたら、ご教示頂けると幸いです。

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