65話 勇者
「グレイン、ニョロ、ボックス」
センドは三人の名を一人ずつ、目を見て呼ぶ。
髪や眸はほぼ赤色になり、二度目の最期が刻一刻と迫っていた。
「改めて、よくやった。お前達は世界を守り救った、真の勇者だ。これからお前達の人生は幸福で豊かなものになる。人詠の祝福者であるこの俺が保証する」
多くの感情が彩る三人の眼差しを受けながら、いつもより抑揚がある口調で語る。
「ボックス、お前は自由だ。お前を罪悪感に縛り付けた呪いも、結界を維持する役目もない。やりたいことをやれ。まあそう言っても、お前はこれまで通り孫娘らの世話に明け暮れるのだろうが、たまには外に出て、平和になった世界を見て回れ。今の王や姫を放っておくのが不安なのは分かるが、意外となんとかなるものだ。お前の人生はまだ長いが、存分に楽しみ、ニョロ達を愛してやってくれ」
「……分かりました」
ボックスは噛みしめるように言った後、ニョロを抱いたまま立ち上がる。
「センド殿。本当にありがとうございました。この御恩、決して忘れません……!」
「俺に恩など感じる必要はない」
「いえ。そうはいきません。貴方が何と言おうと、この安寧は貴方のお導き無くして成し得ませんでした。これまでの貴方の献身に、敬意を」
跪き、頭を下げるボックス。
そこには力強さがあった。
嘘を剥がされた弱々しい老人ではなく、エンシャンティアを代表する者としての、生命力に溢れた敬礼。
「……そうか。なら、それでいい」
センドは僅かに表情を緩ませ、頭に浮かぶ否定の言葉を飲み込んだ。
「なら安寧の為に一つだけ助言をしてやろう」
「助言、ですか……?」
「あぁ。近々にガルダ公国との会談が予定されているだろう? その日に向け、レイラが良からぬことを計画している。事前に拘束し、会談に参加させるな。さもなければ国交に修復できない傷が入る」
「……なっ、なにかしら?」
センドとボックスの冷たい視線を受け、レイラが誤魔化した笑いを浮かべる。
「……あとでお話があります」
「えっ……なっ、なんにもしてないわよ!? ほんとほんと!ホントよ!?」
あからさまに狼狽えるレイラにこの国の行末を案じ、ボックスは大きなため息をついた。
「グレイン。お前もよくぞ勇者の責務を果たしてくれた。勇者を譲った者として、改めて礼を言う」
「……おう」
センドはグレインを見上げて言うが、グレインの表情は暗い。
「どうした? 腹でも壊したか?」
「……ちげえよ」
からかっても反応が悪く、センドはため息を漏らす。
「グレイン。お前はこれから夢を叶えていかなければならないというのに、そんな顔をしている暇はないぞ?」
「……あぁ」
「俺は三百年前に死んだ人間だ。キャリーの身体を借りて話しているだけに過ぎない」
「分かってる……! 分かってるけど……寂しいモンは仕方ねえだろ……?」
先細るグレインの声。
センドはしばし思案した後、
「お前は本当にバカな男だ」
「……うっせえ」
「幸せになれ。グレイン。俺とゲントルは、いつまでもお前を応援している」
「くそっ……そういうコト……言うんじゃねえよぉ……!」
グレインは涙を溢れさせながら、膝をつく。
「またな。グレイン」
無表情に言うセンドを、グレインが抱きしめる。
「……あぁ! またな……!」
濡れた表情に笑顔を繕って、言った。
互いの健闘を称え合うように背中を叩きながら、しばしの間抱擁し続けた。
「せんど・ふゅーつ」
ボックスの腰に尻尾を巻きつけながらも、自分の足で歩み寄るニョロ。
泣き腫らした顔をもにょもにょとさせながら、ワンピースの裾を握りしめていた。
グレインから腕をほどいたセンドが、平静とした眼差しで迎え入れる。
「ニョロ。お前もよく頑張った」
「ん」
小さく頷くニョロ。眸は潤いを湛えていて、今にも零れてしまいそうだ。
「お前はこれから心も身体も育っていく」
「ん」
「寿命も人間と同じだ」
「ん」
「ボックスやグレイン、キャリーと共に、楽しく健やかに生きてくれ」
「ん……!」
「アイリスになろうとしなくていい。お前を縛るものは何も無い。自由に、ただの人間の女として人生を過ごせ。それが、お前が大事に想う者達の一番の幸福だ」
「……わかったっ」
ニョロの力強い返事に頷くセンド。
もう一度三人の顔を見渡して、
「キャリーに代わる」
僅かな時間を残し、キャリーに身体を返そうとした時。
「センド・フューツ」
ニョロがぐっと表情を固めて言う。
無表情を装った泣き顔。
抑揚をあえて取り払った、感情のこもった声。
センドの詠んだ未来には無い展開だった。
「どうした」
やや間を空けて応える。
「俺は……この口調をつづけるっ……!」
もはやセンドの口調とはかけ離れた、抑揚の乱れた口調。
だが、センドは意図を汲み取った。
これは、アイリスを見送った際のやりとりの続きなのだと。
「何故?」
センドが問う。
すると、ニョロはぽろぽろと涙を零しながら答える。
「これは……お前ががんばった……証だからだっ……!」
「……そうか」
感情の凪いだ無表情。
「俺が……頑張った証か……」
冷淡な眼差し。
「そうか……そうか……」
抑揚の無い話し方。
真の勇者をアイリスに見て以来、センドは決意を忘れぬ為にと続けてきた。
ニョロの言葉を聞き、やり切ったのだと、実感する。
その実感はたちまち全身を駆け巡り、
「僕は……頑張ったんだな……!」
固めた表情を涙でほぐした。
それが、センドの最期の言葉だった。
身体が返ってきたキャリーはニョロと抱擁し、二人の少女は号泣する。
喜びと安堵と、寂しさと。
少女達の泣き声と、すすり泣く友の僅かな呻きを手向けとし。
勇者:センド・フューツの旅が、終わった。




