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64話 あなたの人生が幸せでありますように


 結界による断絶が解け、少しずつ日常へと戻りゆく王都の夜。

 帰りが遅くなってしまった人々は、家で待つ家族の顔を見て笑顔を浮かべる。

 今夜はいつもより少し暖かい。


 王都の中心――エンシャンティア城城門前にも同じ暖かさがあった。

 涙が徐々に落ち着いて、ニョロは地面に降ろしてもらう。

 ぐずぐずと鼻をすすりながら、へたり込むボックスに歩み寄る。

 

「じいじ……」

 おずおずと、窺うような眸でボックスを見つめる。

 ボックスはまた溢れそうになる涙を押し込んで、

「ニョロ、とお呼びしてもいいですかな?」

 招き入れるように手を広げる。

 

「……うんっ」  

 ゆっくりと胸に飛び込んできたニョロを抱きしめ、

「おかえりなさいませ……!」

「ん……!」

 互いの体温を慈しむように、互いの想いを噛みしめるように、泣いた。  

 

 グレインが二人に優しい眼差しを送っていると、

「よくやったぞ。それでこそ勇者だ」

 センドが歩み寄る。

「……全部テメエのおかげだろうが」

 グレインは吐き捨てるが、

「ありがとよ、センド」

 気恥ずかしそうに呟く。    

「俺は未来を詠み、それが誤らないよう補助しただけだ。アイリスを救ったのも、世界を平和にしたのも、お前の功績だ」

「そうかよ……。死んでもテメエは変わらねえな」

「変わるワケがないだろう。だって死んでいるのだから」

「そりゃそうか」

「そうだ」

  

「ゲントルにも見せてやりたかったなぁ……」

 空を仰ぎ見て、グレインが呟く。

「そうだな」   

「そういやゲントルの親ンとこでキャリーが住んでたってコトは……」

「あぁ。ドムナー夫妻は協力者だ」

「……マジかよ。全然気づかなかった」

「お前がバカなことも織り込んだ計画だからな。楽で助かった礼を言うぞバカ」

「テメエ……いつかぶん殴ってやるよ」

「それは楽しみだ。当たればいいが」   

 

 懐かしさに軽口が弾む。

 センドは相変わらずの無表情だが、グレインには笑っているように見えた。

 

「一つ言わねばならないことがあった」

 センドが唐突に話を変え、

「お前の行きつけだったパン屋の跡地だが、フューツ商会の現会長には話を通してある。買え」

「買……っ? なんでまた急な……」

「察しが悪いな。パン屋をやりたいと言っていただろう?」

「え……その為に空き地にしてくれてたのかよ?」

「そうだが? 何か問題があるか?」

「いや……ねえけど……」

「なら買え。明日の午前にフューツ商会に顔を出せ。金はお前がクローゼットの奥に隠している給料袋をそのまま持っていけばいい。衛兵の仕事も今言えば来年までに辞められる。営業方針などについては商会から専任の担当者が……」


 憮然とした表情で素っ気なく語り続けるセンド。

 グレインは思わず吹き出して、

「テメエ不器用すぎんだろ!あんがとよ!」

 センドの頭を荒っぽく撫でる。

「お前よりは器用だ」

「うっせえ口答えすんな! 年下のクセによぉ!」

「なら少しは大人になれ」                 

 

 二人の脳内の中心には、別れを控える寂しさがある。

 それを紛らわすように軽口を言っているのだとお互いが理解していて、その上で気付かないように振る舞った。


 ニョロとボックスが泣き止んだタイミングを見計らい、センドが歩み寄る。 

      

「よく頑張ったな、ニョロ」

「せんど・ふゅーつ……」

 泣き腫らした顔。少し怯えが滲む眼差しをセンドに向ける。


「今のお前はキャリーと同じくらいの年頃だ。これから仲良くしてやってくれ」

「ん……」

「あと、ヒメと呼んでほしいそうだ」

「……わかった」


 ニョロはボックスの服をぎゅっと掴んでから立ち上がり、

「……ありがとう、ございました」

 空色の眸に呟く。

 すると、

「……あぁ。こちらこそ、ありがとう」          

 センドの顔が綻んだように見えて、「ん!」と笑顔で頷いてから、ボックスの胸に顔を埋めた。  

 

「ボックス。お前も七百年結界の中をよくぞ守り抜いてくれた。この瞬間はお前が耐え続けたからこそ生まれた幸福。改めて感謝する」 

「いえ……。私は皆を苦しめつづけた張本人です。感謝など……」

 ボックスはニョロを抱きしめながらも、その表情は憂いを帯びていく。

 

「三百年前にも言っただろう。『自分を責めすぎるな』と。だからお前に伝えておかねばと思ってな」

 バツの悪そうに逸らされたボックスの視線を追うように移動しながら、センドがそう前置きする。

  

「おかしいと思わないか?」

「おかしい……ですか?」  

「あぁ。吸収と再生……この二つは数ある祝福の中でも特別強力――理を覆しうるほどの祝福だ。それが同時期に、かつ理を覆さんとする男女にそれぞれの祝福がもたらされた。もしどちらか一方でも発現しなければ、当事者以外の者が発現していたら、発現する時期が少しでもズレていたら、魔物共を打ち滅ぼすことなど不可能だったはずだ。その上二人は三百年という長い年月の末、再会することが出来た。魂呼の祝福者に呼ばれた人詠の祝福者によって導かれて、だ。好奇心旺盛な透明の祝福者の協力もあったか?」

 少し離れて見ていたレイラが身体を弾ませる。


「ボックス。お前をしがらみから解放したのは、お前が今感じている幸福は、多くの祝福が奇跡的に絡み合った末の産物。()()()()()()()()()()()()()と思わないか? まるで()()()()()()()()()()()()()()ような不自然さを感じないか?」


「それは……貴方が未来を詠み導いてくださったからなのでは……?」

 ボックスは怪訝そうに眉を顰めて言った。

 

「俺はあくまで詠むだけ、その未来を逃さぬように行動するだけだ。未来を変える力など持ち併せてはいない」

 センドの言葉に、ボックスは語気を強める。

「では……! 何故私は……罪深きこの私が……! これほどの幸福を受けられたと言うのですか……?」


「俺は前々から『祝福』という力の出所について考え、一つの結論に辿り着いた。祝福とは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。そして――」


 センドはグレインの胸にある紋章を指し示す。


「消え始めてる……!」

 徐々に薄れゆく紋章に気付き、グレインが声を上げる。


「うそっ……!いつの間に……!」

 レイラもまた、自身の手のひらを見つめ驚愕する。

 そこには何の紋様も刻まれていなかった。


「全ての祝福は今日をもって()()を負える」

 キャリーのうなじに刻まれた『人詠の祝福紋』が薄れ、髪や眸が徐々に赤く染まりゆく。

         

「役目……とは……?」

 ボックスは僅かに口元を震わせながら尋ねる。

 すると、センドはボックスの顔を指さして、答えた。

  

「だから言っただろう? お前が今感じている幸福は()()()()()だ、と」


「まさか……!」

 ボックスの脳裏に七百年前の情景が浮かぶ。

 

 朗らかな陽気が漂う昼下がり。

 草花が彩る庭園を背景に、妻と娘が笑っている。

 

『な~いしょっ!』

 イタズラ娘のような笑顔で、彼女はそう言っていた。


「……エイシャが、願ってくれていたのか……?」

「あくまで推測だが、おそらく」 

「ですが……、多くの人が絡むものは……規模の大きいものは……ダメと……」

「七百年もかかったことを考えれば、本来不可能だったのだろう。しかし、彼女の願いはごく単純なものだったはずだ。神によって大きく歪められ、これほど複雑で長期に渡る結果となったが、星が一つ減っていた事実からして、その願いは聞き届けられていた」   

 

 エイシャを亡くしてから、自分には罪だけがあると思っていた。

 故に彼女からもらった人生という名の箱は、ヘドロで溢れかえっていた。

 だが、箱の最奥にある一番大事な宝石が、ずっと明るく照らしてくれていたのだ。

 最愛の妻がくれた人生は、ずっと彼女の愛が寄り添った、暖かなものだった。

 

「エイシャぁ……!エイシャああ……!」

 ボックスの顔が歪む。

 愛する妻を想い、幸福を抱きながら、暖かな涙がやつれた頬を伝う。

 

「この幸福はお前が愛し、愛された結果だ。この果報者」

 センドの言葉に、ボックスの心が決壊する。

 

「ぅう……!うわあああ……!」

 

 妻の愛が、これまでずっとボックスを苦しめ続けていた罪悪感を灌いでゆく。

 帰ってきてくれた孫娘を抱きしめて、そこに妻の存在を確かめる。  


『あなたの人生が幸せでありますように』   

 妻の願いが聞こえたような気がした。

 

  

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