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61話 追憶――〇〇〇②


 アイリスに愛される男:グレインとは、十二歳の時に参加した討伐隊で知り合った。

 俺より三つ年上だが、知能も戦闘技術も腕力も精神力も全てが平凡。

 その上やけに態度が大きい上に言葉遣いが粗暴だった。

 自分を大きく見せようとしているのが明らかで、正直痛々しかった。


「俺はぜってえ勇者になる!」

「勇者になって、魔物共をぶちのめす!」

「そんでぜってえアイリスを救うンだよ!」 

 胸に秘めたる野望だけは、誰よりも大きな男だった。

 口を開けばそればかり。


「グレイン君はやる気満々だねぇ」 

 図体に似合わぬ柔らかな口調の巨人族:ゲントルは毎度の如く同じ話をされてうんざりする俺を面白がっていて、面倒なヤツらを仲間にしたものだと未来の俺に文句を言いたい。

 討伐隊の中で区分けされた第二小隊の俺達は、いつも一緒にいた。


 俺は出会った初日にグレインに触れ、その生涯を知った。

 グレインもまた俺に導かれ、長い苦しみの中に身を投じることになる。

 

 グレインは戦いの中、再生の祝福を得た。

 身体がどれだけ傷つこうと、劣化しようと、瞬時に再生するという不死の力。

 それは平凡な男でも大陸中の魔物を根絶やしに出来うる力であったが、同時に絶え間ない苦痛から逃れることを許さない呪いでもあった。

 平凡な精神力のグレインが耐えられるものでは無かったはずだ。

 

 だが、グレインはやり切った。

 三百年という気の遠くなるような年月をかけて、四百万に及ぶ魔物を皆殺しにした。

 アイリスを救いたいという一心で、想像を絶する苦難を乗り越えてみせたのだ。

 

 そして三百年後、グレインは奇跡とも言える形で夢を果たす。

 触手の中にある僅かなアイリスの残滓を、五歳程度の人型にまで再生させたのだ。

 

 その奇跡を成した背景には、グレインの再生の祝福、アイリスの吸収の祝福の他、魔王から吸収した寄生の力が大きく関わっている。

 本来、再生の祝福は本人のみを対象とした権能であり、吸収の祝福には他者の祝福を吸い出す力は無い。

 しかし、両者の間を寄生――つまり()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことに成功した。

 

 結果、アイリスは自身がかつてアイリスであったことを知る、ただの少女となった。

 グレインが約束し、アイリスが望んだ「ただの女にする」という夢を、叶えて見せたのだ。


 グレインは平凡でありながら大望を抱く愚かな男だ。

 気高さもなく、粗暴で、強くもない。

 勇者とは程遠い男だ。

 だが、だからこそ未来の俺は、グレインに勇者を託した。

 

 世の理に縛られず、己の力量を顧みず、望みを捨てられない愚直さ。

 そして、どんな過程を経ようとも必ず望みを叶えてしまう、類まれなる運命的性質。

 魔王を討つアイリスに愛され、自身もアイリスを救わんと大陸中の魔物を滅ぼし、世界に平和をもたらした。

 

 グレインもまた間違いなく――勇者だった。

 

 

 俺は彼らを導く役目を負う。

 勇者になった時の為に、黒いフードを深く被った。

 赤い髪と眸を誰にも見せない為だ。

 

 祝福の効果を偽ったのも、グレインやアイリスの行動原理であるお互いへの想いに影響が出ると考えたからだ。

 うっかりグレインが死なないよう、未来からズレた行動をしようとした時に修正できるよう、少しだけ未来が見えるということにした。

 詠んだ未来をなぞり、平和になった世界で彼らが再会するという結果から外れないよう気を配り続ける。

 驚きのない冒険は、ひどく単調なものだった。

 

 しかしそれはそれとして、グレインとセンドと過ごす日々は楽しかった。

 グレインは愚かでうるさくて態度が悪いが、いつも明るくてからかい甲斐があった。

 センドと俺は毎日のようにグレインをからかい、怒らせていたが、根は優しい奴だからいつも許してくれる。

 俺達は友達であり、仲間だった。

 決して言葉にも表情にもしなかったが、本当は二人ともっと旅をしたかった。

 

 だから、二人には申し訳なかった。

 センドは死に、グレインは生き地獄を味わう。

 他ならぬ俺の導きによって。

 

 刻一刻と近づく別れの日が、少し怖くなった。

 

 そして、俺は十八歳――最期の一年が始まる。

 胸に勇者の呪いが刻まれ、髪と眸の色が変わる。

 勇者アーサーと同じ、金髪と空色の眸。

 魂に情報が刻まれ、俺は勇者――世界に定められた生贄となった。

 

 最も大きな変化があったのは内面。

 別れの日が怖くなくなった。

 それどころか、如何にして魔王に殺されるべき、という将来の設計図が頭に浮かぶ。

 民を救い、気高く過ごし、名声を上げ、賞賛を得た上で魔王に立ち向かい惜しくも命を落とす。

 そんな生き方をしなさいと、まるで産まれた時から言い聞かせられてきたような気持ちになる。

 

 これこそが、勇気の祝福、と呼ばれる呪いの正体だと理解した。

 しかし、俺はその設計図を破り捨てることが出来た。


 何故なら、俺はとっくの昔に知っていたからだ。

 アイリスとグレイン、二人の真の勇者によって世界に平和がもたらされることを。

 魔王が勇者に殺され続けるという世界の理は、俺の代をもって終了するのだと。

 

 ――二人がお互いを想うことで世界を救うのなら、俺が二人の夢を叶える。

 

 その為に俺は最期の一年を費やして、三百年後に託す。 

 そう、心に決めた。


 最初に取り掛かったのは、グレインを勇者にすることだった。

 なりたくて仕方が無かった癖に口答えするグレインを説得し、胸に勇気の紋章を模した刺青を入れた。

 実際ボックスにそんな小細工は通用しない故、グレインを勇者として扱うよう根回しをするのだが、万一の為。

 

 勇者のトレードマークである金髪、空色の眸を模倣しなかったのは、アイリスにこれまでの勇者じゃない、と思わせる為。

 俺と同じく絵本の勇者に憧れるアイリスは理想との違いに幻滅し、自棄を起こす。

 そして、勇者としてではなく、一人の男として、グレインという男の想いを知る。


 気が強く我儘な姫と、からかい甲斐のある優しい勇者。

 仲が深まらないワケが無かった。

 二人の間には初め以外ほぼ介入しなかったが、順調そのものだった。


 一方、最大の障害であるボックスへの対応には慎重を期した。


 ボックスの生涯は千年以上前、一匹の魔物として始まる。

 彼はずっと、世界に振り回されてきた。

 

 当時、人間は魔物を怖れ、魔物も争う必要性を持たなかった為に両者の生活が交わることは無かった。

 しかし、「知恵と言葉を持つ者同士、もっと交流すべきである」と世界の創造主が魔物の味覚を操作する。

 人間は美味い。人間を食うと幸せになれる。人間は殺すべき。

 魔物はやがて人間を殺戮する生物に変わっていった。

 

 一方、ボックスは人間の女に出会ったことで、本来の運命から袂を分かつ。

 エイシャ・エンシャンティア。

 「願いの祝福」という神の如き権能と強靭な精神、底抜けの明るさを持っていた。

 感情の乏しい魔物にとってあまりにも眩しく映る彼女にボックスは憧れ、人になりたいと願った。


 腐敗した貴族との政治的闘争、魔物の侵攻、民の暴動。

 人となったボックスはエイシャと共に相次ぐ困難を乗り越え、やがて結ばれる。

 それが世界の創造主たる神の興味を引いてしまった。

 

 神が求めたのは、人間と魔物が愛し合い、交じり合い、殺し合う世界。

 魔物と人、両方の血を持つ少女を魔物から()()()()ようにし、闘争を激化させることにした。

 人間の仲間として生まれた魔物――()()と呼ばれる種族が産まれたのも、人と魔物の垣根を曖昧にし、更なる混沌を作り出す為。

 まるで昔からいたように世界に加わった亜人達は自分の正体も知らないまま、人間として人を愛し、本来の同胞を殺し、()()()()()()()()()()

 愛憎入り乱れた最悪の時代が始まる寸前だった。

 

 だが、エイシャの願いの祝福により世界は最悪を免れる。

 魔物の生命力を持つボックスが結界の祝福を手にしたことで、限られた領域でのみ平和が約束された。

 神の希望を違えることとなったものの、神は思いがけぬ展開を喜び、そこに新たな価値を見出した。

 

 結界の祝福者に試練を与えよう。

 愛する娘や孫娘を守る為に、娘達の幸福を奪い続けなければならない。

 罪悪感に苛まれながら、結界から出ることも出来ず、結界を維持する為に自ら命を絶つことも出来ず、自らの行いが人を不幸にし続ける。

  

 ボックスは神の玩具に選ばれた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()をボックスは受け続けた。

 

 魔物が殲滅されるという結果が出て、神の欲望が満足したことにより彼は玩具の役目から解放されるが、彼は自分を許さない。

 ボックスの心臓はいつ止まってもおかしくないほどに追い詰められていく。

 不老の心臓を止めうるほどの罪悪感から彼の命を繋ぎ止めるのは、孫娘達への愛。ただそれだけ。


 だから俺は、未来に影響が出ない範囲でボックスに真実を話した。

 ボックスに自分の行いはアイリスの為になるのだと信じ込ませるよう誘導した。

 普段は嘘で自己を固めることで平静を保つボックスは、秘密を知る俺の前では不安定になる。

 アイリスがどのような目に遭うのか。

 それだけは決して言ってはいけない。

 ひび割れたグラスに水を注ぐように、慎重に言葉を選んだ。


 

 アイリスとグレインの逢瀬が始まってからは、昼間はグレインの鍛錬に付き合い、夜はフューツ家に戻り兄と協議を重ねた。

 俺の正体、これから俺が導く未来を教えた上で、フューツ家が三百年に渡って受け継いでいく役目を伝える。

 一つ目は、やがて産まれる赤髪赤眼の赤子:キャリーの取扱について。

 キャリーの出産はボックスが感知できない結界の外で行い、祝福が発現するまでの間についても結界の外で育児をする。

 アイリスが魔物となったことを知ったボックスの妨害を遅らせ、二人が触れ合う時間を捻出する為に、キャリーを正体不明の少女とする必要があったからだ。

 そして、魂呼の祝福が発現した際、速やかに俺――センド・フューツの魂を呼ぶ。

 

 二つ目は、魔物となったアイリスが真相に近づく為の工作。

 グレインとの思い出の場所であるパン屋跡地を買い取り、公園として維持する。

 グレインの心を繋ぐ為にもいい働きすることになる。

 その上、将来はあの二人の……。

 いわば俺から未来の二人へ送るプレゼントだ。

 ピエロ派遣業についてもアイリスからかなり不評だったが、いずれアイリスを導くことになるレイラの奔放な性格を養うのに一役買うことになる為、細々と続けさせた。

 

 兄は俺が死ぬことを悲しんだが、父に似て商魂逞しい男だったから世界の平和と商会の発展を喜び、必ず三百年後に繋いで見せると力強い言葉をくれた。 

 


 そして、アイリスが世界の真実に気付く日。

 祝福の力を偽って結界の傍まで誘導し、アイリスが結界の外に出すぎないよう「少し先の未来」に酷く動揺して見せた。

 世界の理を打ち破るきっかけの日であり、アイリスにとってもグレインにとっても互いへの想いを一層強くする重要な出来事。

 俺は数万の魔物を前にして勇者の呪いの効果を実感しながらも、飛び出そうとする身体を二人の未来の為にと抑え込む。


 俺が死ぬのはここではない。

 全てを未来へ繋いだ後。

 死にたがりの勇者に、そう言い聞かせた。

  


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