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60話 追憶――〇〇〇①


 商人の家系:フューツ家の次男として産まれた僕は、家業なんてそっちのけで勇者に憧れていた。

 絵本に描かれた勇者アーサーは、常に気高く、誰にでも優しく、誰よりも強い。

 大勢の魔物に臆せず立ち向かい、絶望の中から姫を救い出す姿は、あまりにも眩いものに写った。

 

 幸いにして、現実にも勇者と呼ばれる男がいるらしい。

 その男も魔の王を討ち倒す為に世界に選ばれるそうだ。


 それはきっと自分だと思った。

 父とも母とも違う赤い髪と赤い眸を持つ僕は、きっと特別なんだと思っていた。

 僕が次の勇者になって、世界を救う。

 子供らしい夢を抱いていた。

 

 だが、六歳の頃、僕は自分が送る人生を最期まで知った。


 ――人詠の祝福。

 触れた者の生涯を全て見通す力。 


 自分には魔法の才があることも、勇者に選ばれることも、先ゆく未来は全て把握した。

 僕は勇者になれるんだ。

 夢を叶えた将来の自分に心を躍らせたが、それはほんの束の間だった。


 僕は世界の真実も知った。

 勇者に選ばれた者が魂に刻まれる情報を、前もって手に入れたのだ。

 民を守る結界の姫は、初代勇者と真の結界の祝福者が造り上げた偶像であり、その正体は魔物を引き寄せる呪いを受け継ぐ者。

 勇者は結界から出てこない姫に代わり、生贄として魔王に殺される役目を背負う者のことだった。

 

 自分の最期は、十二年後。

 眼下に蔓延る魔物へ魔法を放った直後、砲台の魔物の攻撃が直撃し、首から下が消失することによる死。

 魔法の才に溢れ、勇者に選ばれることになるほどの優秀な男にしては、驚くほどに呆気ない最期。

 絵本の勇者とはまるで違う。

 魔王どころか魔物に簡単に殺されて、何も成せない自分にうんざりした。

 

 だが、何故か死後に続きがあった。三百年以上も先に、子孫の祝福によって一時的に生を取り戻すのだ。

 子孫の身体で巨人の夫婦に会い、一年程度過ごした後に屍の森で仮死状態となり、触手に寄生させる。

 脳内に同居する子孫に触手を誘導させつつ、最終的に寄生を解除させる。

 その後、触手は上裸の男との抱擁の後に触手を残した状態の人間となり、男二人と感動を分かち合う。

 彼らを見守り、いくつか言葉を交わし、僕の人生は完全に終幕する。


 三百年後の世界は平和だった。

 そしてその平和をもたらしたのが、後に僕が勇者を譲る男:グレインと、後に触手の少女となる姫:アイリスだと、未来の僕は考えていた。

 僕は勇者に選ばれていながらもそれをほとんど明かすことなく、彼らがもたらす平和の為に、華々しさの欠片もない働きをコソコソとするだけ。

 僕の残り十二年の人生は、彼ら二人を導く為に費やされるのだ。

 

 正直なところ、ひどく落胆した。

 夢見がちな子供にとって、期待外れもいいところだ。

 

 僕は主役でありたかった。

 世界の命運を一手に背負い、魔物をバッタバッタと斬り伏せて、困難の果てに世界を救う。

 全ての人から羨望と感謝の視線を受けながら凱旋し、僕の偉業は未来永劫語り継がれる。

 そんな華々しい人生を送りたかったのだ。 

 

 自分への興味が失せた。

 将来関わることになる人々のことも、世界の平和も、世の理とやらも、一切関心が無くなった。

 僕は六歳にして何もかも嫌になって、投げやりで無気力な日々を過ごした。

 

 七歳のある日、僕は親に連れられてエンシャンティア城に行った。

 未来に出てきた耳の欠けた男:執事長ボックスとの商談。

 ――姫と年が近いから機を見て紹介する。仲良くなっておけ。

 それが、父が僕を連れ立った目的。 

 

「……ということで執事長殿! こういう時代だからこそ娯楽は必要なのです!」

「う~む。王家専属のピエロですかぁ……。不要だと思いますがねぇ……」

「子供ウケ抜群ですから、きっとアイリス様はお喜びになられますよ?」

「……そうですかね?」   

「ええ!そうですとも! 『ピエロを呼んでくれたじいじ大好き!』とアイリス様の抱擁を受ける執事長殿の姿が目に浮かびます!」

「……まずは一度見てからですな」

「ありがとうございますっ~!」  

  

 将来に向けた交流など、どうでもよかった。

 どうせ自分は家業を継がない上、あと十一年で死ぬのだから。

 僕は父とボックスが城の応接室で話し込む横で、ただ時間が過ぎゆくのを待っていた。


「じいじ~!!」

 部屋の外から、快活な声と共に軽妙な足音が聞こえてくる。

 このあと五歳になったアイリスが入っていることは知っていたから、ドアが勢いよく開かれても、僕はその方を見なかった。


「じいじっ! 今日は私とお買い物をするやくそくでしょ!? 一体何をしているのかしらっ!」 

「アイリス様。それは明日の約束ですぞ? それに今は大事な商談中でございますので……」

「あらそうだったかしら! じゃあここで待ってるわ!」


 アイリスはボックスの膝に座り、早く終われと言わんばかりに身体を揺らし始めた。


「おや大きくなられましたねぇ!アイリス様! 母君によく似てらっしゃる!」

 父は商人らしく表情をとりなして、ここぞとばかりに僕を見る。


「私の息子、次男のセンドなのですが、今年で七歳でしてね? アイリス様が良ろしければ、一緒に遊んでやってはいただけませんか?」

「私はかまわないけれど、じいじがなんて言うかしらね!」

「ぜひお願いします」         

「じいじっ!?」


 散々ボックスと口論をした挙句に床に降ろされたアイリスは、不機嫌な顔をこちらに向けながら歩み寄り、

「しょうがないから少しだけ遊んであげる! でもじいじの用事が終わるまでだからね!」

 と、誰も僕の意向を聞きもしない。


「……分かりました」

 仕方なく着いていくことにしたが、僕はアイリスを見て落胆した。


 ただの我儘な小娘だったからだ。

 多少気が強そうに見えるし、数年後に吸収の祝福を得て類い稀まる力を持つことになる。

 しかし、彼女があの魔物の軍勢をどうにか出来るとは、到底信じがたい。   

  

 こんな奴の為に、僕は人生を棒に振るのか。

 何も知らずにのんきに生きているアイリスを見て、腹立たしさすら覚えた。


「じゃあ私が紅茶を飲んでいるところを見せてあげる!」

 そう言って、アイリスは僕の手を引く。


 その時、僕の頭の中に、アイリス・エンシャンティアという人間の生涯が流れ込む。

 あまりにも惨く、長く、そして悲しみに満ちた光景が僕の膝を折る。


 僕が平和の為にと導いたはずの彼女は、百年以上に渡って魔王から凌辱を受け、数万の魔物を産まされていた。

 痛みと恐怖に泣き喚き、次第に声すら出せなくなるほど弱り果て、しかし呪いが、妃が王より先に眠ることを許さない。 

 

 生き地獄という言葉では足りない。

 世界中の悪意が彼女へ向けられているような、凄惨な光景だった。

 

 いくら平和の為とは言え、彼女をこれほど酷い目に遭わせる必要があったのか?

 僕は、未来の僕自身が怖ろしくて堪らなかった。


 でも、そんな中でアイリスは、生きたいと思っていた。

 自分に魔王の興味が注がれている間はグレインが死なないと、愛する夫の為に魔王と向き合い続けたのだ。

 その想いが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()し、しかし魔王があまりに強大すぎたが故に彼女は僅かな残滓しか残らないほどに浸食され、魔王を葬る代償として、触手の魔物となり果てた。

 

 アイリスは本当に魔王を葬っていた。

 グレインを想うその優しさが、世界最大の悪意を打ち滅ぼしたのだ。

 

 僕はようやく理解した。

 未来の僕は、その身を捨ててまで世界に平和をもたらしてくれたアイリスを、グレインに会わせてあげたかったのだ。

 その為に、三百年後に子孫の祝福を使い、魔物になった彼女を導いたのだ。


 触手になってからの彼女は感情が希薄だったが、導く中で少しずつ感情を獲得していき、やがてボックスやグレインを大事に思うようになる。

 そして終盤、未来の僕は彼女に自身の想いが記憶に浸食された紛い物ではないと認識させる為に、人として生きるか魔物として生きるかを尋ねる。

 すると、アイリスは想いを認識した上で、その想いを二人の為に封じ、魔物として生きることを決める。


 僕はそんな彼女をカッコいいと思った。

 己を犠牲にしても、守りたいものを守る。

 心が揺れようとも、何度も泣いてしまおうとも、辛く苦しい道が目の前に続いていようとも、感情に蓋をして、想いの為に懸命に立ち向かう。

 なんて気高く、強いのだろう。

 僕のように華々しさとか、賞賛とか、見返りを欲しがる気持ちは一切ない。

 これこそが真の勇者なのだと、確信した。

 アイリスは、僕の憧れになった。

 

「えっ! 大丈夫!? お腹が痛いの!? じいじ!じいじ! 大変よ! この子をすぐに助けてあげなきゃ!」

 後に勇者となる少女は、大慌てでボックスを呼ぶ。

 

 世界を救った勇者への賞賛と、必ず彼女を未来通りの幸福に導く決意を込め、()は三百年後の彼女を真似することにした。

 感情の凪いだ無表情、冷淡な眼差し、抑揚の無い話し方。

 それでいて、強き想いを胸に秘めた気高い勇者。

 そんな男になろうと決めた。


「……痛くないが」

 表情を繕って、言った。

 

 すると、彼女は頬を大きく膨らませ、  

「あらなによせっかく心配してあげたのに! ぶすっとしててキライだわ!」 

 

 俺は早くも泣きそうになった。

 

 

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