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6話 潜入作戦

(ゴトゴトゴト……!)

 「………」

 日が傾き始めた頃、ニョロは暗闇の小空間で縮こまっていた。

 手足は全く動かせず、ただでさえ狭い空間を長い尻尾が窮屈にする。

 ガタガタと振動が左半身に響く中、無機物の如くただその時を待つ。


 (パカラパカラ……!)

 (ゴットンゴットン……!)

 「…………」

 尻尾の少女が潜んでいたのは、荷馬車の積荷である。

 荷台にかけられた厚手の布をどけ、酒が入った樽や食材を入れた木箱などが敷き詰められた中、二重に積まれた木箱のうち一つが、ニョロの現在の居場所。

 梱包されたニョロを乗せた荷馬車の行く先は王城で、荷を引く馬は時折いななきながら順調な旅の最中だ。

 つまり、潜入作戦の真っ只中である。


 この作戦を考えたのは仲間外れの嫌な男こと、性悪衛兵クリンカー。

 悪意を煮詰めて固めたような顔の男は、寂しいのか暇なのか、ニョロの城潜入に対し意欲的だった。


 クリンカーの考えた計画はこうだ。

 まず、城壁と結界に囲まれた王城に入る唯一の手段は、たった一つの入口である大門を抜けること。

 大門には武装した二人の守衛がおり、クランカー曰く「融通が利かない」。

 予め聞かされた予定以外での来客は全て門前払いとなるらしく、正面からの入城は困難を極める。

 そこで編み出したのが、毎日この時間に城へ食材を運ぶ荷馬車に紛れる作戦だった。

 クリンカーの衛兵という立場を利用して集荷中の馬車を止め、点検と称してその間にニョロが入った木箱を紛れ込ませる。

 荷馬車はそのまま荷物を増やしつつ王城の大門まで行くが、毎日届く食材に関しては固い守衛さえ積荷の確認はせず、荷馬車の運転手と挨拶を交わしたあとに門を開く。

 当然そのあと食物庫の前で担当による確認が行われるものの、大抵は布をめくって上段の品を点検する程度。

 荷降ろしたあとは周囲に人がいないことを確認して、木箱から脱出。

 これにてニョロの王城潜入は成功。あとは手がかりを見つけるだけ、というわけだ。

 

 やけに小慣れた手際のクランカーにより積荷に紛れることに成功したニョロは、第二関門である守衛の元へ進む。

 しばらく揺られてヒメが(眠たい)と文句を言い始めた頃、ついに荷馬車が停止すると、

 

 「……ろうさま…す。ほ…じつの……す」

 「…し。……れ」

 守衛と御者らしき者のやりとりが辛うじて聞こえた。

 それから少しして耳障りの悪い大きな音が聞こえた後、荷馬車が再び走り出す。

 (第二関門くりあ~!)

 おそらく城門を抜けた。

 ヒメの歓声からほどなくして、再び荷馬車が停止すると、二三のやり取りの後にバサッ、と布をめくったらしき音。

 (どきどき!)

 なぜか楽しそうなヒメを疑問に思いつつも、ニョロは耳を澄ましてその時を待つ。

 真上で何か作業の音がした後、さきほどよりやや鮮明に声が聞こえてくる。

 「……い。それでは荷下ろしを……がいします」

 「わ…りました」

 

 (第三関門くりあ~!)

 どうやら点検も終えたらしく、ほどなくして荷下ろしをしているとみられる物音が聞こえてくる。

 

 もうすぐこの窮屈な空間から出られる。

 

 ニョロがそう考えた直後、突如物音がピタリと止み、

 「執事長!お疲れ様です!」

 「あぁこれはボックスさん!久しゅうございます!」

 明らかにこれまでよりもはっきりと声が聞こえる。

 

 それは荷に被せていた布や重ねられた木箱をどけたからでもあるだろうが、彼らの声が大きいのが主たる要因だろう。

 第三者に対し各々の呼び名を口にした二人の声はやや上ずっており、そこに緊張が見て取れる。

 つまり、その第三者は地位の高い人間。


 そして、作戦会議の際クランカーが注意事項として言っていたことをふと思い出す。

 確か王城には一人目聡い老人がいると言っていた。

 なんでも「結界の祝福者」の側付兼護衛であるとか。

 確か耳に特徴があると言っていたような。

 

 ニョロが暗闇の中でクランカーの言葉を思い返していたところ、

 「おやおや。お客さんがいるみたいですなぁ」

 真上からしわがれた声が落ちてくる。

 「え?」「どういうことですか?」

 困惑が乗った声が二つ。おそらく御者と王城側の担当者だ。

 二人の反応から察するに、しわがれ声の言う「お客さん」とは第三者――


 つまり木箱に隠れる人物を指す。


 「お顔を爺に見せてくださいませんか? お嬢さん」

 

 バレている。

 そう確信したニョロは即座に状況判断を行う。

 現状想定しうる最悪は、この箱に封をされ身動きが取れなくなること。

 よって今すぐここから飛び出して逃げるべきだ。

 だが、ここで逃げてしまうとこの城を調べる機会を喪失する。

 となれば、やることは一つ。


 ――このまま城内に侵入し、手がかりを掴む。


 蓋を尻尾で吹き飛ばし、木箱から飛び出す。

 すると、荷馬車の横に佇む男と目が合った。


 水の抜けたような肌、撫でつけた白髪。

 明らかに老人といった風体をした、黒いスーツを身に纏う男。

 しかし何故か死体になるのは当分先になりそうな、妙な生命力を感じさせる。

 そして何より特徴的なのが、大きく削がれた両の耳。


 ここでクランカーの言葉をようやく思い出す。

 『耳の欠けた老人――執事長ボックスには気をつけろ』


 まさか出鼻で要注意人物に出くわすとは。

 ニョロは攻撃さえも視野に入れ、耳の欠けた老人を警戒する。

 

 「ぁ――」  

 老人は言葉にならない声を漏らして手を差し伸べるが、皺だらけの顔に埋もれた双眸が大きく揺れており、わなわなと身体を震わせる様はとても要注意人物とは思えない。


 明らかに自失している。 

 耳の欠けた老人の隙をニョロは見逃さなかった。


 床に尻尾を叩きつけ、その反動で老人の頭上へ跳躍。

 空中で身体を翻しながら、周囲の環境を視認する。

 飛び出した先は城壁内部の庭園の最奥、王城に併設された食糧庫の前。

 呆然とした二人の男と、普段は目聡いらしい老人が一人。

 危険無しと判断するやいなや、視線の行く先は王城ただ一つである。

 尻尾を魔法で硬質化し、勢いよく伸長させて王城の外壁に突き刺すと、縮む勢いを利用して高速移動。

 王城二階付近の外壁に到達すると、そのまま近くの窓ガラスを叩き割り、内部に侵入する。

 

 (あー!いけないんだー!ガラスを割っちゃダメ!)

 「緊急事態だ。やむを得ない」

 城内二階のどこかの部屋に侵入すると、窘めるヒメをいなしながら緩慢な足取りで走り出す。

 (お尻尾で飛ばないの?)

 「そうしたいのは山々だが、狭いとぶつかって危ないのだ」

 

 廊下に出てしばらくぺったんぺったんと足音を鳴らしていると、突き当りに螺旋階段と左に曲がる道が現れる。

 「どっちだと思う?」

 (う~ん。階段が好き!)

 好みの話をしているわけではないが、寄る辺ないニョロは階段を駆け上がる。

 駆け上がる、と言っても言葉から想像する疾走感は一切無いのだが、幸いにして追手の足音は聞こえない。

 ようやく上の階に辿り着くと、次は正面と右側の廊下、そして更に上る階段があるのだが、

 (もう登れないよ~!)

 「そ、それも、そうだな」

 体力の限界を迎えた幼女の身体はふらつきながら、右の廊下をえっちらおっちらと進む。

 (休憩しようよ~!もう疲れちゃった!)

 やむを得ず、右側に並ぶ部屋のうち、手前の部屋にころがりこ……

「扉がビクともしない。まるで岩盤を手押ししているかのようだ」

(たぶん引くんじゃないかな?)

 手前の部屋に転がり込む。

 

(はぁ~。疲れたぁ~)

 人間の身体は消耗が激しすぎる。

 頭の中で悪態をつきながら、床に倒れ込んで息を整えるニョロ。

 すると埃臭さと古い油のようなツンとした匂いが鼻を抜け、嫌悪感を覚える。


 上下逆さまの視界を通して室内を観察すると、そこには多くの絵画や彫刻が保管されていた。

「あれは何だ?」

 その中で一際注意を引いたのが、左右の壁に並べられた古い肖像画。

(女の人?)

 身体を起こして近づいてみると、金の額縁で飾られたそれらは全て、華美な装いの若い女だった。

 金髪碧眼、宝石が施された純白のドレス、右手の甲に黒い紋様。

 椅子に座って膝に手を添え、笑みを蓄えた表情でこちらを見据えている。

 (お姫様だー!キレー!かわいいー!)

 どれも似たような顔、同じ姿勢で描かれており、全く見分けがつかない。

「全部同じ女の絵か?」

(ううん。たぶんこれ、これまでのお姫様の絵だ!みんなお顔違うもん!)

 ヒメはそう言うが、そんなものは書いた人間の技術の問題だろう、と否定的なニョロ。

 しばらく観察していると額縁の下に記載された文字を発見する。

 ニョロはそれを読むことが出来なかったが、

(えいしゃ・えんしゃんてぃあ?)

「読めるのか?」

(うん。たぶんあってると思う)

 

 何かの手がかりになれば幸いと、ニョロは壁伝いに歩きながら、ヒメに名前を読ませていく。

 右手前から順に読ませたが、全て異なる名前らしく、ただでさえ古い絵が奥に行くにつれて徐々に古びているように見えた。

 

 ヒメの言う通り、これはエンシャンティア王国歴代の姫を描いたもので、更には時代順に並べられていると考えられる。

 ニョロには同一人物を並べているだけにしか見えないが、人間の感性だから分かることもあるのだろう。


 そして、あと一枚で右側が終わる、という時だった。

 画廊右壁最奥――かなり劣化しているように見える絵に描かれているのは、他と同様に金髪碧眼の若い女。

 絵から受ける印象は他の者と同じで、見た目に大きな差異は見られない。

 しかし何か、言葉に出来ない妙な気配を感じる気がしてならない。

 それはヒメも同じようで、すらすら読み上げてきたこれまでと一転、その絵の前で言葉を失う。

 「どうした? 読んでくれ」

 ニョロに促され、ヒメはようやく読み上げ始めた。

 

 (あいりす……えんしゃん、てぃあ……)

 

 ――アイリス・エンシャンティア


 これからニョロ達が記憶を辿ることになるお姫様の名前。

 彼女の名を初めて聞いたこの瞬間、脳内に見知らぬ記憶が流れ込んだ。

 

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