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53話 もう一人のおじいちゃん


 ボックスとグレインが邂逅した頃に遡り、エンシャンティア城 城門前。


「じいじ……グレイン……」 

 ニョロは結界に触れながら、中の様子に想いを馳せていた。


 (ニョロちゃん)

 やけに落ち着いたヒメの声。

 

「なんだ?」

 涙を拭い、平静を繕って応える。

 

 (これから()()()()()()()()があるの)


 正直なところ、ニョロはヒメに構っている場合では無かった。

 グレインとボックス――大事な二人が今どうなっているのかが、頭の中の大半を占めていた。

 

 しかし、ヒメの畏まった言い方に、妙な胸のざわつきを覚える。

 何か、言葉の奥に得体の知れない何かを感じ、

「……あぁ」

 返事が詰まる。  

 

 (ちょっと変わるね)

「……変わる?」 

 

 ヒメが言った直後、

(ニョロ、落ち着いて聞け)

 男の声が、脳内に響いた。

 

「誰だ?お前は」

 聞き覚えがある声だった。

 何度か聞いたことがある。

 アイリスの記憶の中と、あとどこかで。

 

 とてつもなく嫌な予感が、ニョロの身体を強張らせた。

 

 

(俺の名前はセンド・フューツ。お前が寄生するキャリー・()()()()の先祖だ)


 センド・フューツ。

 グレインの冒険仲間であり、グレインに勇者を譲った者であり、人詠の祝福者。

 グレインに「アイリスを待て」と言葉を残し、砲台の魔物の砲撃により命を落とした男。


 その男が、何故ヒメの、キャリーの脳内にいる?

 キャリー・フューツ?


 言葉も出せずに思考の海に溺れる中、

(聞きたいことが多いだろうが、あまり時間が無い。要件から話す)


(これからお前に最後の記憶を見せる。だがその前に、確認しておくことがある)


(お前は記憶を見るか?)


 抑揚が無い上に矢継ぎ早なセンドの言葉。

 脳内が煩雑として、ニョロは上手く理解が出来ない。


「よく……分からない」


(ではもう少し分かりやすく言ってやろう。記憶を見て魔物に戻るか、それとも記憶を見ずにキャリーの身体で人間として過ごすか、選べ、と言っている)   


「……どういう意味だ?」


(ここまで言って分からないか? 人間か魔物か、お前の生き方を自分で選べ、と言っている)


「なぜ……俺が選ぶのだ?」


(それはお前がアイリスだからだ)     


 

 

「……うぅ……うえええん……!」


 よく分からなくて、いっぱいいっぱいになって、ニョロは泣いた。

 

(もー!おじいちゃん! そんな言い方じゃダメにきまってるでしょー!?)

(そうか)

(ホントにおはなしするのニガテなんだから! おじいちゃん一人ならぜったいここまで来れなかったよ!?)

(当たり前だ。お前の祝福の力で俺はここにいるのだから)

(そういうことじゃな~い! おじいちゃんキライ!)

(……そもそも俺はお前の祖父ではない)

(そういうコトばっかり言うのダメー! キライって言われたらごめんなさいって言わなきゃダメ!)

(それは誰が決めたんだ?)

(キライ!!!)


 分からないことだらけな上に脳内では口喧嘩。

 ニョロの涙は勢いを増すばかり。


 結果的に時間を要してしまい、口論の末にヒメが説明をすることになった。


(ニョロちゃん)

「……うぅ」

 結界にもたれながら、鼻をすするニョロ。


(ずうっとウソついててごめんね?)

 

(私のホントの名前は、キャリー・フューツっていって、センドおじいちゃんのお兄ちゃんの孫の孫の孫の孫の孫の孫?だったかな? とにかくセンドおじいちゃんは私のご先祖様なの)


(それでね? 私は魂呼(こんこ)の祝福、っていうのをもってて、センドおじいちゃんの魂を呼んできたの)


(センドおじいちゃんは、ずうっとむかしからアイリスちゃんとグレインくんとボックスじいじのためにいっぱい色んなことをかんがえてがんばってて、今日までずうっと私の頭の中から、ニョロちゃんのことを見てたの)


(それで、今日は大事なお話をニョロちゃんにしなくちゃいけない日でね? その大事なお話っていうのが、さっきおじいちゃんがぶわーってお話したやつなの)


(ホントはニョロちゃんがアイリスちゃんなの。魔物になっちゃって、ぜんぶ忘れちゃって、自分のコト魔物だーって思っちゃってただけなの) 

 

(私はお姫様かもーって言ったのも、なんにも覚えてないって言ったのも、ぜんぶウソ。ホントはニョロちゃんが自分のことをアイリスちゃんなんだなーって知ってビックリしちゃわないように、少しずつ記憶を見せて、ニョロちゃんの心がパーン!ってしちゃわないようにしてたんだよ。おじいちゃんがあんな言い方するから結局泣いちゃったけど)

  

(それで、ニョロちゃんがいっぱいがんばったごほうびに、ニョロニョロの魔物に戻らなくてもいいよ、私のカラダで生きてもいいよって。そういうお話をしたの)                  


 諭すようなヒメの語り口が、泣きべそのニョロの頭によく届いた。

 

 キャリーは魔王城であった何かしらの要因によりアイリスが姿を変えた少女。

 自分は偶々その少女に行き当たり、寄生してしまったが故に過去を思い出す手伝いを無理強いされている。

 それがニョロの認識だった。


 しかし、真実は全く異なるものであった。

 キャリーの正体はセンド・フューツの子孫であり、センドの魂を現代に呼び戻した祝福者。

 そしてその目的が、アイリスのなれの果てである触手の魔物ニョロに、アイリスの記憶を取り戻させること。

 

 これまで考察を保留していたいくつかの謎が、解明されていく。

 ペイシャン村でドムナー夫妻が語った、キャリー失踪までの履歴。

 ニョロと同じ喋り方をしていた、というのは、センドがキャリーに憑依していたからだ。

 祝福紋があったが、無くなった、というのも、おそらくセンドかキャリー、どちらかの祝福紋が役目を終えたから。

 そして、キャリーが残した「俺には帰る場所がある」というのは、既に死亡しているセンドが本来いるべき場所――つまり死後の世界。

 

 だが、ニョロにはどうしても解せないことがあった。

 

「お、おれは……アイリスじゃない……」

 

 アイリスの記憶をいくら追想しようと、センドやキャリーから真相を語られようと、ニョロは全く実感を持てないでいた。

 ニョロにとって、アイリスという三百年前の姫は完全な他人であり、魔物である自分と紐付けることが出来ない。


(お前の認識は概ね正しい)

 センドが平淡な声で言った。


(お前の身体は確かにかつてアイリスだったものを僅かに残してはいるが、身体を構成する九割九分は魔物のものだ。記憶を含め、お前はアイリスの大部分を失っている故、もはやアイリスと呼べる生物では無くなっている)


(ちょっとおじいちゃん! なんてコト言うの!)

(事実だ。ニョロ、お前の正体を正確な表現で語るとすれば、アイリスの成分を限りなく微量有した魔物でしかない。お前はその微量のアイリスを有しているが故に、その他世界に存在する全生物がアイリスの成分を持たないが故に、比較的アイリスなだけだ)


(お前は最後の記憶――つまりアイリスが魔物となるまでの過程を知覚したとしても、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。アイリスの記憶を情報として持つ、アイリスの成分を僅かに有した触手の魔物になるだけだ)


(その上で、改めて聞く。お前は記憶を見ず、キャリーに寄生したまま人として過ごすか? それとも自身の過去と向き合い、その上で魔物としての生活に戻るか?


 

 ――お前が選べ)


 ニョロにとって、グレインにとって、ボックスにとって。

 現実はあまりにも非情なものだった。


   

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