表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/66

52話 二人の想い

 

 ボックスの語った内容は、受け入れがたいものだった。

 グレインは終始苦痛に耐え忍ぶような表情を携えながらも、ボックスを見据える眸は激情に揺らめいている。


 ボックスが魔物だったこと。

 ボックスが初代姫エイシャの祝福により人となり、人と交わったことで呪いが発現したこと。

 

 そして、センドが嘘をついていたこと。

 

 何もかもが腹立たしかった。

 

「ジジイ……テメエふざけてんじゃねえぞ……?」

 沈痛な面持ちを浮かべるボックスに詰め寄る。


「申し訳ございません……! 全て真実なのです! アイリス様は……私の所為で……! 申し訳ございません……」

 ボックスは平時の老獪さ、余裕を含ませた佇まいを完全に失い、寄る辺なき老人の如く身体を震わせている。

 抵抗する意思も力も無くしてしまったかのようで、そして、語った過去が真実であることを如実に知らしめた。

 

「だからふざけんじゃねえっつってんだろうがァ!?」

 繰り返す謝罪を遮るように叫んだ。


 グレインはボックスに対し激情を覚えていた。

 気持ち悪い勇者も、父の愛を知らない姫も、アイリスも、センドも。

 全てこの男の所為で。


 しかし、グレインが言葉を荒げたのは、ボックスの現在の行動にこそ理由があった。

 

「なんでその話を俺にしたんだよ……!?」

     

「センドに言われたんじゃねえのかよ? 呪いの話は秘密にしろってよぉ……?」


「これまで何百年も隠し通してきたんだろ? 姫が一人ぼっちになろうが、勇者を見殺しにしようがよぉ……?」


「それを今更……こんな、ときにッ……!」

     

「ずりいよ……」


 言葉を紡ぐうち、みるみる弱々しく、絞り出すような語調になっていく。

 グレインは、ボックスの意図に気付いてしまった。


 やり返されたのだ。

 グレインが王城を爆破すると脅し、レイラを人質にしてまでも成し遂げようとする覚悟を見せたように、七百年もの間守り抜いてきた秘密を暴露してまでも、アイリスが人として生き続けられるという幸福を守らんとする悲壮な覚悟を、ボックスが見せたのだ。


「私はどんな罰も受けます……!手や脚を失おうと、目をくり抜かれようとも構いません! ですから……アイリス様が新たな人生を歩むご決断をされるよう……ご協力いただけませんか?」

 他ならぬグレインに協力を懇願する為に。


 結界で王都が断絶された時から感じていたボックスの強硬姿勢は、ニョロが結界に触れ続けていたことで揺らいだかに見えた。

 しかし、揺らぐが故に、アイリスを想うが故に、ボックスは全てをかなぐり捨てた。

 

 涙を流す弱弱しい老人が、グレインには堅強な城壁に見えた。

 アイリスの幸せを守る為には、もうそれしか方法はない。

 そう思えた。


 だが、

「……断る」


 軋むほど拳を握りしめながら、俯いて答えた。

 

「どうして……ですか……?」

 ボックスはふやけた瞼を見開いて、力なくグレインに縋りつく。


「どうしてですか……? アイリス様がこのまま記憶を取り戻せば……あの子は惨たらしい過去と、救いのない現実に……向き合わなければならないのですよ……?」

「……あぁ、分かってる」

「貴方があの子を説得してくだされば……あの子は人として……貴方の願った通りの……普通の女の子として……生きていけるのですよ……?」

「分かってる……!」

「全て……私の所為で……それでも帰ってきてくれて……そんなあの子を、また……辛い目に……」      


 ボックスの涙ながらの訴えは、グレインの想いを代弁するかのようだった。

 だからこそ、

「そんなこたぁ分かってんだよ!!」 

 ボックスの眸の奥を見据え、未練を断ち切るように叫んだ。


「アイリスの為を想うなら記憶を取り戻さねえほうがいいに決まってる! 魔物として生きるよりも人のまま過ごせるほうが幸せなのも分かってる……!でも……!


 ――テメエに会えないなら意味ねえだろうが……?」


 グレインはずっと覚えていることがある。


「アイリスが父親がいなくても寂しくなかったのも、ニョロに帰りたい場所が出来たのも、全部テメエがいたからだろうが……! アイツの幸せってのは、テメエがいてこそなんじゃねえのかよ……?」 

 

 不幸だと思い込んでいた幼少のアイリスが見せた、幸せいっぱいの笑顔。

 感情の乏しい魔物だと思っていたニョロが流した、想いの詰まった涙。

 そのどちらも、感情の向かう先は老執事だったことを。


「テメエに締め出されたまま生きんのは、アイツにとって本当に幸せなのかよ……?」


「それは……しかし……!」 

 ボックスは何かに抗うように、しきりに否定を試みる。

 だが、今も結界からアイリスの存在を感じ続けているのだろう。

 言葉は紡ぎきる前に消え失せて、そこにはただ想いに揺れる老人の姿があった。

 

「アイリスはどんな姿になってもアイリスなんだよ。賢くて、強くて、ジジイのことが好きで、ハムフレッドが好きで……自分を犠牲にしちまうヤツなんだよ……。 もうアイツに我慢なんてしてほしくねえんだよ……!」


 グレインはボックスの肩を強く握りしめ、 

「アイリスに会ってくれ……ボックス……!」

 

「俺達がやることは、アイツを自分のことを分からねえままにしておくことじゃねえ。会いたいヤツに会えなくすることでもねえ。今のアイツを……魔物になっちまうまでたくさん頑張ってくれたアイツを……全部受けいれた上で幸せにしてやることだろう!?」 


 想いが響く城内に崩れた壁からシンとした空気が流れ込む。

 苦悩する老人が口を開くのを、夜の町が待っているかのようだった。


「私は……私、は……!」  

 絞り出すような言葉が、沈黙を破る。

 

 

「できない……!」

 グレインの想いは、築き上げてきた壁を超えることは出来なかった。


「私の罪を背負わされ、それを自らを魔物に落としてまで拭い去ってくれたあの子を救う機会を逃すなど……私には出来ない……!」 

 愛情や感謝、アイリスへの全ての想いが自責の念に塗り替えられていた。

「あの子に父親を殺したのも、あの子を城から追い出したのも……私だ……!」

 心中は罪悪感で満ちていた。

「私は……あの子を私から解放してあげたいのです……! 今ならまだ間に合うのです……! 今が最後の機会なのです……!」 

 もはやそこに、思考の余地はないほどに。    

 

「お願いしますグレイン殿……! アイリス様を助けてください……!」  

  

「お願いします……!」


 大粒の涙が皺だらけの頬を伝う。

 身体を震わせ、今にもこと切れてしまいそうに見えるほど、ボックスは弱っていた。

 

 数百年姫を守り続けながらもその原因は己にあると苦悩し、愛情を注ぎながらも罪悪感に苛まれた。

 築き上げてきた嘘が、支えだったのだ。

 もうボックスの心は、ずっと前に壊れていた。

 それを、嘘という箱に入れ、形を保っているように見せていただけだったのだ。


 そんなボックスに、グレインは優し気な眼差しを注ぎながら、

「アイリスなら……って思うんだよ」

 ぽつぽつと語り始めた。


「アイリスがここにいたら、なんて言うんだろうなって考えたらよ? アイツは賢いからなんかすげえ案でも出してくれるんじゃねえかなって」


「でもよ……俺ぁ思うんだ。アイツは作戦とか案とか、そんなことよりも真っ先にこう言うんじゃねえか?


 

 ――『アイリスが寄生している女の子はどうするつもり?』ってよ」


 グレインの言葉は、否定でも肯定でも、哀れな老人に対する同情でも叱責でもない。

 ただ、狭まった視野を広げるだけ。

  

「関係のねえ人を巻き込みたくないって、テメエがずっと思ってたことだろ? それを()()()()()()()()()()()つもりか?」   

 

 ボックスは激情とも言える表情を携え、

「それだけは……ダメだ……!」 

 力強く答えた。

 

 

『話が纏まったようねぇ!!』


 突如、快活な女の声が響き渡る。

 声の方に視線を回すと、人型に歪んだ空間が二つ重なって歩み寄ってくる。

 それは徐々に形を成し、色づいていき、


「ほら言ったでしょお母様? ボックスがニョロを締め出したままにするなんて出来るはずが無いのよ!……だから魔法打とうとするのやめて!?」

「フーッ!フーッ!」

 鬼の形相で魔力を込めた手をボックスにかざす現王レイニアと、それを懸命に抑え込むレイラであった。


「レイニア様! レイラ様!……いつから」

 ボックスは表情を繕う余裕もない。


「ずうっとよ! 貴方達の話は初めから最後までしっかりこの姫探偵が透明になってこっそり聞き込みしたってワケよ! だから早く結界解いてあげて!? お母様がもう爆発寸前なの!」

「ダーリンが帰ってこないの…… 貴方の所為よボックス? 分かってる? 貴方が結界を張ったから、ダーリンの帰りがもう十分も遅れているの……! どうやって責任を取るつもり? ねえ? 処してほしいの? 処してほしいなら言って? 処すから!」        

  

 レイニアは国の根幹を揺るがす真実が明らかにされたことよりも、夫が帰ってこれないことに半ば狂乱していた。


 完全に水を差された形となったグレインとボックスの表情は固く、

「……結界を解いてくれ」

「……分かりました」

 非常にぎこちない形で、アイリスとボックスの断絶が解かれようとしていた。


 しかし、

「……!?」

 結界を解こうとしたボックスの顔が困惑に歪む。


「どうしたジジイ? まさかやっぱりやめるとか……」

「いえ。そうではありません。そうではないのですが……」


 ボックスは困惑の表情を浮かべながら、恐る恐る右の袖をまくる。

 

「結界の祝福が……無くなりました……」


 青ざめた顔で呟いた。     

 


  

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ