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50話 追憶――ボックス②

 

「アイリス様を救う、とは……どういうことですか……?」

 

「言葉通りの意味だ」

 センド・フューツは抑揚のない声で即答。

 

 私は彼の言葉の意図を思案して、

「貴方が勇者を辞退されることで、アイリス様は自由に恋愛をすることが出来る。そう仰りたいのですか?」

「当たらずとも遠からず、だ。俺ではない()()()()()()()()()()、ということだ」


「つまり偽の勇者の子をアイリス様に身籠らせろ、と仰っているのですか……?」

 冷静にと努めたが、言葉は抑揚を乱し、拳に自然と力が入る。

 

「それはアイツ……偽の勇者次第だ」 

 

「……貴様は何を言っているんだッ!?」

 限界に達した。


「勇者の皆様には感謝をしておりますッ! 全て私が望んではいけない願いを叶えたばかりにあなた方は死ぬ運命を背負うことになってしまいましたッ!ですが……ッ!たとえあなた方であっても……私の孫娘を軽んじることは許しませぬ……ッ!」

 

 辛うじて拳を振りはしなかった。彼らへの尊敬の念を失うこともなかった。

 だが、到底受け入れることが出来ない発言だった。

 

「いずれ死ぬ定を背負う勇者と孫娘らが子を成すのは、あくまで勇者の方々が神から与えられた贄の役割を全うしていただく為です……! なんの代償も払わず結界の中でのうのうと過ごす私が斯様なことを言うのは傲慢であると重々承知しておりますが……ッ! どうかお役目を果たしては下さいませんか……?」 


 負の感情を全て押し殺して、頭を下げた。

 孫娘の為に死んでください。

 そう言っていることと相違ないことは理解していた。

 でも、私は決意をとうに固めている。


 孫娘の為なら、エイシャの血を引く彼女らの安寧の為ならば、我が罪を背負わされた勇者にでも、死んでくれと言う。  

  

「まず一つだけ訂正しよう」

 センド・フューツは冷淡にそう呟いて、

「偽の勇者次第だ、と言ったが冗談だ。アイツはアイリス姫と性行為をしない」

「それは……どういうことですか?」

「アイツ――グレイン・ランゲイルは俺の友人だが、エンシャンティアの姫君が未亡人となることに強い怒りを抱え、『俺が勇者になって救ってやる』などと息巻いているバカなのだ。アイツがアイリス姫に手を出すとしたら、()()()()()()()()()()()()()()()()()、だろう」 


 『アイリス様を救う』 

 『魔物がいない世界』

 センド・フューツの二つの言葉が脳裏で輝きを放つ。


「まさか――貴方は魔物を根絶やしにするおつもりなのですかッ!?」

 私は彼の思惑を察し、声を荒げた。 

「その通りだ」

 センドは平静とした様子で答えた。

 

 確かに魔物を全て殺してしまえば、魔性の呪いは意味を持たなくなる。

 私には到底たどり着けない考えだ。

 なぜなら、     

「出来るわけがないッ――!」


「私は四百年前に数十万の魔物の軍勢と戦った……ッ! 当時の私は貴方の十倍以上の魔力と魔物由来の強靭な身体を持っていたが……僅かな足止めにしかならなかった! 願いの力で私以上の力を持っていたエイシャでさえも勝てなかった……ッ! それをあなた方人間がどうやって根絶やしに出来ると言うのです? まさかそのグレインなるご友人がやり遂げるとでも言うおつもりですか!?」   

 

「その通りだ」


「そんな――!」

 そんなバカな。と叫ぼうとして、口を噤んだ。

 彼の眸がまるで、ずっと先の未来を見据えているように見えたから。

 彼から滲む得体の知れなさの正体を垣間見た気がした。


 私は何度も深呼吸をして、改めてセンド・フューツの話に耳を傾けることにした。

 

 彼は多くは語らなかったが、「これは必ず伝えなければならないことだ」と前置きし、二つだけ私に指示を出した。


「グレインとアイリスの行動の一切に目を瞑れ。何があろうと、二人の邪魔をしてはならない」


「呪いの真相を決して語ってはならない。たとえアイリスが核心に触れようと、どれだけ罪の意識に苛まれようと、だ」 


 まるで、アイリスとグレインが何かをすると、アイリスが秘密を解き明かすと、言っているようなものだった。

 

「そうすれば……魔物を根絶やしに、アイリス様を救うことが出来るのですか……?」


「そうだ」   


 あくまで冷淡で抑揚の失せた言葉。

 しかし私はそこに力強さを感じた。


 私の犯した罪により呪いに縛られたアイリスを救えるのならば。

 魔物がいなくなりこれからの孫娘達が自由に生きられるのならば。 

 

 私は彼の言葉から得た直感に縋りつくことにした。

 彼の指示に従うことにした。


 ――それが過ちであることを知らずに。


 謁見にて、私は初めて偽の勇者――グレイン・ランゲイルを目の当たりにした。

 品性というものを全く感じられない、これまでの表面上気高く振る舞う勇者とは正反対の男だった。

 何度も魔法を放ってやろうかと考えたが、子を成すような行為はしないという勇者の言葉を信じ、辛うじて耐えた。

 

 しかし、グレイン・ランゲイルと出会ってからのアイリスは、初々しく想い悩む、恋する少女のような表情をするようになった。

 これまで孫娘達はいつも繕った笑顔を浮かべていたことを思い返し、目頭が熱くなった。


 グレインという男は、信用に足る男だ。

 何しろアイリスが惚れるほどの男なのだから。

 そう考えるようになった。

 

 それから、私はセンド・フューツの指示通り、アイリスとグレインが毎夜城の外に出ていることに口を出さなかった。

 結界の外に出ようと計画していることも、気付かないフリをした。

 

 そしてある夜のこと。

 アイリスが結界に触れたのを感じた。

 ほんのわずかな時間だったが、即座に気付いた。

 私は書斎を飛び出し、アイリスの元へ向かおうと思ったが、センド・フューツの、今代の勇者の言葉を信じ、踏みとどまった。

 

 その後、結界に反応があった。

 数万の魔物が結界に触れている、悍ましい反応。

 

 あの日の恐怖が蘇る。

 無残な姿のエイシャ。血みどろの母に縋りつくアイラ。夥しい数の魔物。

 アイラの手の甲に刻まれた、禍々しい光を放つ紋様。

 

 アイリスは無事なんだろうか?

 本当にこれがアイリスを救うことに繋がるのか?

 

 頭の中でけたたましく警報が鳴り響くのを耐えながら、アイリスの帰りを待つ。

 アイリスを救う為なのだと、自分に言い聞かせて。

 

「ボックス……! あなた……嘘をついていたのね……!?」

 帰ってきたアイリスは嫌悪感が全身に張り詰めた様子で、私に叫んだ。


「私の()()は……民を守る力なんかじゃない……! 魔物を惹きつける呪いなんでしょう……!?」

 髪を振り乱し、眼差しには憎悪が込められていた。

 愛する孫娘からの侮蔑の視線は、まさしく私の業と、彼女らを欺き続けたことに対する報い。


 アイリスの表情を、憎悪を、何もかもを我が全身に刻み付けて、

「申し訳ございません……!」  

 ただ、謝った。


――私が神の欲望に触れてしまった所為で、貴方達は魔物の姫と定められることになりました。  

 

――この結界は民を守るものでもあなたを守るものでもなく、本当は私が責任から逃れる為のものなのです。


――歴代の勇者は、貴方の愛するグレイン・ランゲイルは、私の所為で死ぬのです。  

  

――何もかも、全て私の所為なのです。

  

 全て話してしまいたいと思った。

 アイリスは全てを知る権利があって、私を罰する権利があって、私は罰を受けるべきだから。


 だが、私は謝意だけを言葉にした。

 どれだけアイリスが怒鳴ろうとも、何も答えはしなかった。

 

「私だったんだ……! 民が殺されるのも……グレインが死ぬのも……私が生きている所為だったんだ……!」     

 私が何も答えないばかりに、アイリスは自責の涙を流した。

 わなわなと身体を震わせながら、痛ましい叫びを轟かせる。

 

――そうではありません! 全て私の所為なのです!貴方は被害者なのです!

「申し訳……ございません……!」

 

 溢れる想いを胸の奥底に閉じ込めて、同じ言葉を吐いた。

 

 ――あぁ、私は魔物なのだ。


 姫を探し、民を殺す悍ましい魔物と何も変わらない。

 エイシャを亡くしたあの日からずっと、私は人々から幸福を奪い続けている。

 

 だからこそ、センド・フューツの言葉を信じ、貫いた。

 アイリスが救われるのならば、恨まれようとも構わない。


「どうか貴方様は、穏やかな世界でお過ごしくだされ」

 憔悴しきったアイリスに言った。

 一人では打開する策も浮かばず、不意に現れた「神に従わぬ勇者」の策に縋りつくことしか出来ない。

 無力さが重くのしかかる。

 

 それから数日、アイリスは憂いを帯びた表情をしていた。

 私は強い罪悪感を覚えると共に、安堵した。

 アイリスは結界の外に出ることを諦めたのだ。

 これで、グレイン・ランゲイルが魔物を根絶やしにし、彼女に自由で幸福な世界をもたらしてくれる。

 そう思っていた。


 アイリスは私を欺いていた。

 

 違う。

 私が信じきってしまっていた。

 信じたいと、思ってしまっていたのだ。


 勇者一行が旅立つ前夜のこと。

 

 ――アイリスが結界の外に出た。

 

 アイリスは憂いの奥底で、煮えたぎらせていたのだ。

 気付けるはずだった。

 彼女はエイシャによく似ている。

 強くて優しくて聡明で、決して()()()()()()()


「アイリス様……!アイリス様ァァァ!!」

 私は書斎を飛び出した。

 そして城門をくぐろうか、という時。


 魔法により生み出された無数の鎖が周囲から突き出して、私の身体を拘束した。

 気が動転し、余裕の一切無かった私は、城門の影から現れた黒いローブの男に叫んだ。


「センド・フューツゥゥ!!!」 

 

 センド・フューツは手足を縛られ這いつくばる私に歩み寄り、冷淡な眼差しを降らせながら、

「どこへ行くつもりだ」

「決まっているだろう――!? アイリスを救うのだッ!」    

「結界から出られないお前がどうやって救うというのだ?」  

 

 センド・フューツは私を嘲笑っている。

 そう感じた。

 

「――貴様ァ!だましたなァ!? アイリスを救うと貴様が言ったから従ったというのに……!」

 激情のままに拘束をふり解き、センド・フューツに掴みかかった。


「話を聞いてくれ」

 センド・フューツはまるで何も感じていないかのように言った。

  

 この男を殺してやろう。

 そう思い、魔力を込めた右腕を振り上げた。


「頼む」

 センド・フューツはそう言ってフードを上げた。

 金の髪に空色の眸。

 これまで頑なに見せなかった容貌を晒し、言葉を続けた。


「俺は今日より百二十五日後、砲台の魔獣に殺されることになっている。だから、今死ぬワケにはいかないのだ」


 魔王に殺される為に旅をする。

 そして、そのことを決して恐れない。

 勇者とは、神によってそう定められた者のはずだ。


 しかし、彼は「砲台の魔獣に殺される」と言った。

 それも、まるで未来を予見しているかのように。


「……貴方は一体……何者なのですか? 何をご存じなのです? 何をしようとされているのですか……?」

 怒りを困惑が凌駕し、恐怖に近い感情すら覚えた。

 疑問が湧き出すままに、言葉にした。


「俺の『人詠の祝福』の本当の効果は触れた者がこれまで過ごしてきた過去、そしてこれから過ごす未来――()()()()()()()()()()ことができる、というものだ。アイリス、グレイン、お前、そして俺自身の生涯もな」

 

 彼の言葉を聞き、彼の眸に見た熱の正体に気付いた。  

 あれは自信だったのだ。

 未来を予見しているが故、結果を知っているが故の、決して揺らぐことのない自信。


 私の予感は当たっていた。

 センド・フューツは本当に未来が見えていた。

 

「アイリスは……どうなるのですか?」

 私の感心はそれだけだった。

「アイリスは……私の大事な孫娘は……本当に救われるのですか……?」  

 

「詳しくは言えないことになっている。……が、これだけは断言しよう。アイリスは必ず生きて戻ってくる。お前や姫、勇者を四百年もの間蝕み続けた呪いを克服し、この世界に真なる平和をもたらして」

 センド・フューツはずっと先を見据える紅蓮の眸をこちらに向け、言った。

 平時と同様の抑揚のない言葉だったが、只ならぬ力を宿しているように思えた。

 

 だが、私の不安を全て拭い去ってはくれない。

「生きて戻ってくる……とはどういう意味ですか?」

「言葉通りの意味だ」

「私が聞きたいのは……アイリスは幸せになれるのか、ということです……!」

 

 彼はアイリスを救うと言った。

 アイリスは生きて戻ってくると言った。

 それはとても素晴らしいことだ。

 

 だが、

「アイリスは魔物共に連れ去られたのです……! きっと悍ましい目に遭うのでしょう……辛い目に遭うのでしょう……! 彼女はとても強く聡明だが、一人の女の子です……!」

  

 アイリスに幸せになってほしい。

 何も出来ない私がこんなことを思うのは度を過ぎた傲慢だろう。

 しかし、大事な大事な私の孫娘だ。


「幸せに出来るかどうかはお前次第だ」   

 センド・フューツはそう言った。

 

「私は……どうすればいいのですか……?」

 縋るように、聞いた。


「これまで通りにすればいい」 

「……それだけですか?」   

「そうだ。結界に守られたこの国の豊かさを、平和を、維持し続けろ。例え嘘に塗れようと、罪悪感に苛まれ血反吐を吐こうと、これまで通り孫娘達を愛し続けろ。戻ってきたアイリスにもだ」


 信じる他無かった。

 私にはそれしか出来ないのだから。

 この四百年、それだけをし続けてきたのだから。


「そろそろグレインの元へ行かねばならない」

 センド・フューツは身体を翻し、城の外へ歩みを進めていく。

 後ろ姿を見守っていると、もう一つだけ言葉をくれた。


「自分を責めすぎるな」        


 翌朝、グレイン・ランゲイルら勇者一行が、魔王城に向けて旅立った。


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