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48話 懺悔


「ニョロが……アイリス……?」


 グレインは唇をわなわなと震わせながら、呆然と呟く。

 苦々しく頷くボックスを見て、視線を泳がせた後、


「そんなわけ……ねえだろ?」

 何かに懸命に縋るような口調を漏らす。


「だってよ……? アイツは結界は反応してねえが……正真正銘の魔物だ……!」


 グレインには三百年もの間繰り返した魔物との戦闘を経て培った直感に、確かな自信があった。

 そして、


「アイリスが……人間が魔物になるわけねえだろうがよ……?」

 真実なのであれば、あまりにも惨い。

 到底受け入れられるはずがなかった。

 

「すまない……!」

 ボックスは抑え込むように息を止めてから、それだけを答えた。


「いや謝んじゃねえよォ……!? テメエ俺が戻ってきた時にアイリスは死んだって。あれ嘘だったよな? だったらコレもよォ……? 嘘なんだろ……?」


「テメエまたなんか隠してんだろ? 結界とか、呪いとかよォ? 俺のこと嫌いだから、そんなひでえ嘘言ってんだよなぁ……?」 

  

 グレインは押し出すように次々と言葉を並べ立てるが、頭の中ではニョロがアイリスであることを裏付けていく。

 

 ――何故、結界を通ることが出来た?

 人間に寄生しているからだと思っていた。

 でも、それなら死体に寄生するリーパー共も同じように結界を通ることが出来ることになるが、そんなことはない。

 つまり、ニョロは結界に妨げられない生物――人間ということになる。

 魔物でありながら、結界に人間であると認識されている。

 そんなことがありえるとすれば、元は人間だった、と考える他ない。


 ――何故、三百年もの間生きていた?

 ドムナー家のように長命の種族はいるが、アイリスは紛れもない人間だった。

 『再生の祝福』のようなイレギュラーが無い限り、人間が生きていられるはずがない。

 魔物になったと考えれば、三百年生きていようが納得がいく。

 人間のまま三百年生き続けることよりも、そのほうがあり得るとすら思える。

 

 ――何故、憎くて仕方が無い魔物を城の中に入れようと思った?

 敵意を感じなかったから?

 悪い奴に思えなかったから?

 違う。ただの言い訳だ。

 心のどこかで、アイリスなんじゃないかと、思っていたからだ。


 ニョロのことが心配で堪らなかったのも、ニョロとの約束を果たそうと躍起になっているのも、アイリスとニョロを重ねていたからだ。

 彼女の為になりたいと、思わずにいられなかったのだ。

  

「テメエ……だんまりこいてんじゃねえぞ……?」


 グレインは、信じたくなかった。

 アイリスが魔物になって帰ってきたという事実を、ボックスに否定してほしかった。


 だが、

「申し訳……ありません……!」


 ボックスは深く頭を下げ、懺悔の言葉を吐く。

 

 グレインにとって、その謝罪は死刑宣告のように重くのしかかるものだった。

 アイリスが魔物であるという現実からは逃れられないのだと、心の奥底まで理解させられた。

 

「そんなの……って、ありかよ……? あんまりだろうがよ……?」

 固めた心が崩壊した。

 その場にへたり込み、床に向かって弱々しく呟いた。


 ニョロは記憶を全て紐止めば、キャリーの身体がアイリスのものになる、と言っていた。

 だが、実際はニョロ自身がアイリスだった。

 つまり、今キャリーの身体に寄生することで人としての生活を享受できているアイリスは、記憶を取り戻した瞬間、自分がアイリスであると自覚すると共に、魔物として生きることを余儀なくされる。

 その上、記憶や感情を失い、魔物と化してしまうほどの凄惨な記憶を思い出して。


 ボックスが何故王都を閉鎖するほどまでにニョロの行動を阻害したのか、グレインは痛いほどに理解できた。

 せっかく戻ってきたアイリスに、現状のままなら人として生きることができる彼女に、どうして惨たらしい現実を知らしめることが出来ようか?

 それにニョロはボックスのことを大事に思っていて、今の生活を好ましく思っていることも明白。

 ニョロにとって、アイリスにとって、記憶を思い出さずに過ごせることが最も幸福だと断言できた。

 

 だが、今のニョロの気持ちを無視することも出来ないでいた。

 ボックスやグレインにアイリスを会わせてあげたいと、寂しさと懸命に戦いながら頑張っている。

 本当は泣くほどボックスと一緒にいたいのに、それでも自分の気持ちを押し殺しているのだ。

 

「どうすりゃいいんだ……」

 

 アイリスへの想いと、ニョロとした約束。

 どちらもグレインを突き動かす強い力となっていた。  

 しかし、今はそのどちらかを見捨てなければならない。

 

 三百年かけ数十万の魔物を殺し尽くした男の強靭な精神は、迫られた二択の前で消沈した。

「ごめん……アイリス……!」

 無力さが全身を貫き、ただ謝ることしか出来ないでいた。

 

 グレインのすすり泣く声がこだまする中、 

「全て……私の所為なのです……!」

 痛々しく顔を歪めたボックスが、涙ながらに言った。


「私が全ての元凶なのです……! 何もかも……この、私の……!」


 グレインが顔を上げ、滲ませた眸に憎悪を宿らせる。

 しかし、ボックスもまた、無力感に苛まれているのだろうと思い直す。


「テメエの所為なワケねぇだろうが……? 結界を維持しねえといけないテメエがどうするって言うんだよ……?」


 ――全ては俺の所為だ   

 グレインは自分を責めながら、吐き捨てるように言った。


 しかし、ボックスは弱弱しく首を振り、叫んだ。


「貴方も……アイリスも……歴代の姫も勇者も……全て私が犯した罪を背負わされているだけなのです……!」


「……何を言って」


「全ては……私が決して叶えてはいけない願いを叶えてしまったばかりに……神の欲望に触れてしまったのです……!」


「……あぁ?」


 怒りと困惑。

 えも言えぬ不安。

 顔を歪ませたまま硬直するグレインに、ボックスは隠し続けてきた自身の罪を告白する。    

    

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