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47話 勇者VS執事長


 城の玄関をくぐったグレインを待ち構えていたのは、エントランスの中心で佇むボックスであった。

 平時の老獪な笑顔ではないが、かと言って動揺もない平静とした面持ち。

 

 ――まるでここに来ることを知ってやがったみてえだ。

 身体を消滅させてまで実施した此度の奇襲を看破された気がして、少し寂しいグレインだったが、探す手間が省け僥倖。


 決意を滾らせ、野蛮な笑顔で威嚇する。

 

「お帰り下さい」

 ボックスはそう言って、魔力を込めた手をグレインに向ける。

 

「……どいつもこいつもすぐ俺を殺そうとしやがンなぁ!」

 

 荷馬車でのニョロを思い出しながら拳を構える。

「いいぜやってやるよ。ジジイイジメんのは趣味じゃねえんだが」

「舐めてもらっては困りますな。かかってきてください、少年。老人の敬い方を教えて差し上げましょう」


 先に動いたのはボックス。

 かざした手のひらから無数の炎弾を発射し、それぞれがグレインへ向けて弧を描く。

 着弾し、粉塵が濛々と立ち上がる。


「しゃらくせぇ!」

 グレインは避けもせずに直進。

 吹き飛んだ手足はたちどころに再生し、勢いは止まらない。

 

「オラァ!」

 吹き飛んだ右手を再生した右手でキャッチして、槍の如く投擲。

 煙の中から現れた拳をボックスが躱す間にグレインが距離を詰め、顔めがけて回し蹴りを見舞う。


 打撃の確かな感触があった。

 が、老執事の枯木のような腕が受け止めていた。

 

「テメエ体術も使えんのかよ……!」

「魔法だけとでも?」  

「そのとおり……だよッ!」 

    

 掴まれた脚を殴り落とし、姿勢を下げて足払い。

 しかしボックスは華麗に跳躍。

 グレインを飛び越えながら、顔面に手をかざす。


 刹那、グレインを強烈な眠気が襲う。

 

 ――催眠の魔法……!


 咄嗟に指を引きちぎることで辛うじて意識を保つが、空間に充満した催眠魔法がグレインをまどろみへと誘い続けていた。

「お疲れでしょう? そろそろお休みになられては?」

「……あいにく夜型なモンで!」 

 再生する度に指を落としながら、再び距離を詰めようとするが、ボックスが床に手を触れた刹那、岩石で出来た無数の杭が突き出す。

 杭とは言えど表面を返しが覆っており、突き刺されば容易に抜け出すことは困難と見えた。

 グレインは寸でのところで急停止し、後方に跳躍する。


「なあジジイ! ちょっとおしゃべりしようぜ?」

 グレインはボックスの狙いは拘束にあると判断し、距離を取りつつ間合いを図る。

「貴方とお話することはありません」 


 ボックスは抑揚のない声でそう言った後、再び床に手を触れる。


 ――杭が来る!

 グレインは跳躍し、突出した杭を空中で身体を捻って躱す。

 そのまま壁を蹴り、距離を詰めようとした瞬間――


 壁の中から無数の鎖が現れる。

「――ッ!」

 グレインは手足を縛られた状態で壁に磔にされ、首あたりから突出した鎖が猿轡のように口元を封じる。

 懸命に振りほどこうと身体を捩るが、呻き声を漏らすことしか出来ない。


「これであなたは何も出来ません」

 悠然と歩み寄ったボックスが、グレインを見上げて言う。


「――ァ!」   

 グレインは鋭い眸を獰猛に光らせて、呻いた。    

 

 ――それはどうかなァ!?

 心の中で叫びながら、胸部に魔力を込める。

 次第に身体の中心が赤い光を帯び始め、


「貴様――ッ!」

 ボックスの表情が怒りを携えたと同時、炸裂する。

 強烈な爆発がエントランスの壁を破壊し、城内に振動を伴った破壊音が轟く。

 爆風が粉塵を巻き上げる中、後方に翻りつつ魔法の障壁を発動したボックスは辛うじて無傷を保つ。

  

 だが、年老いた眦が矢のような視線を送る塵煙から、

「なァるほどなァ!!よォ~くわかったぜぇ!!」

 まるで野盗の如くしゃがれた声が放たれる。


 城内の空気が崩落した壁の外へ一気に流れだし、煙が晴れていく。

 灯りが灯された夜の庭園が垣間見える中、上半身を露わにしたグレインが瓦礫の山から顔を出す。


「ずっとおかしいと思ってたんだけどよォ~? そういうことかよジジイ!」  

 再生した身体をほぐしながら瓦礫を蹴飛ばし、野蛮な声を響かせる。

   

「……何を仰りたいのか、分かりかねますなぁ」

 明るく努めた声ではあるが、ボックスの表情は警戒の色が濃い。

 

 グレインは瓦礫から床に飛び降りて、ズボンにこびりついた塵を払った後、

「テメエ……いま()()使()()()()()()()()

 一層獰猛な笑顔を見せて言う。

 

「使うまでもないと判断しただけです」

 淀みなくボックスが答えるが、グレインは更に確信を強固にした。

 まるで用意していた台詞のように聞こえたから。

 

「嘘だな。テメエは結界を使えねえ。姫を守る以外の用途では使えない力なんだろ?」

「……誰がそのようなことを仰ったのかは存じませんが、仮にそうだとしても、城に攻め込まれているこの状況で使えぬはずがないでしょう?」

 

 ボックスの指摘は正しい。

 ボックスの側から見れば、グレインは姫の居城に侵入したという意味で敵対者だ。

 しかし、 

「城の壁を壊されてんのに、使うまでもねぇわけがねえだろ? 俺がもっとデカい爆発でも起こしてりゃあ姫さん方もタダじゃ済まねえはずだからなぁ」

 

 ボックスは沈痛を押し込めるように瞳を閉じた後、

「……貴方は年を重ねたとは言え姫様を守る為に戦った勇者です。此度の侵入も貴方なりの正義があってのことでしょう。ですから貴方が姫を危険に晒すほどの規模の攻撃はすまいと考えていたのです。そして貴方は私の想像通り、壁を破壊する程度に爆発を抑えた。 それだけのことです」

 表情をとりなして、平然と答えた。

  

「ならそもそも俺を結界で閉じ込めりゃあいいだろうが。鎖やら催眠やら、うざってえ魔法使うよか、手っ取り早い上に姫様方に危険が及ぶのを完全に防げるからなぁ」

 

 ニョロを結界で締め出した時点で、グレインはボックスの強硬な姿勢を警戒していた。

 結界で閉じ込められてしまえば、身体を消滅させるほどの魔力を持たないグレインでは単独での脱出は不可能だからだ。

 しかし、ボックスは明らかに拘束を目的として魔法を行使していたにも関わらず、結界の祝福は一切使わなかった。

 

「だがテメエはそれをしなかった。それは何故か?」


 押し黙るボックスに歩み寄り、干からびた肌に嵌められた双眸を見据え、


「――()()()()()()()、テメエは」 

 老人の嘘で覆われた本心に届くように言った。

 

「……何を」 

「言い訳は聞かねえ。俺は覚悟決めてここに来たんだ。次はこの城ぶっ潰して、テメエの大事な姫さん方を全員殺しちまうくれえのヤツをぶっ放す。


 ――止めれるモンなら止めて見せろや?」 

 胸に手を当て、脅しかける。

 

「やめなさい……!」

 ボックスは揺らぐ眸でグレインを睨み、魔力を込めた手をかざす。

 しかし、グレインは止まらない。


 胸の中心が赤い光を帯び、徐々に光度を強めていく。

 先ほどよりも長い溜めの時間。

 グレインは全魔力を持ってして、最大出力の爆発を見舞う構え。

 正真正銘、本気の眼差しである。


 光度の上昇に伴って、ボックスは何度も何かを念じるように顔を歪ませる。

 そして魔力の凝集が頂点に達する寸前、


「……おやめください」

 ボックスは表情に怒りに顔を歪めたまま、かざした手を降ろす。

 握りしめた拳の中から血が滴り、痛ましいほどの無力さが滲み出ていた。


「それでいいんだよ……頑固ジジイ」

 吐き捨てるように呟き、魔力を離散させたグレイン。

 言葉とは裏腹に、表情は安堵で溢れていた。


「テメエは、テメエのやってることが本当に姫を守ることになんのか、アイリスの為になんのか、って悩んでいる。そうだろ?」

 

「……! そんなこと……」

 ボックスの瞳孔が大きくなり、何かを言おうとして口ごもる。

 グレインはその姿をじっと見つめたあと、語りを再開する。

 

「街を覆う新しい結界を張ったり、城門を閉じたり出来ていたってコトから、使えなくなったのはその後。何が起きたって言やあ、()()()()()()()()()()()()()だ」


 ボックスの肩がわずかに跳ねる。

  

「ニョロが城に侵入した時のことをこう言ってた。『待ち伏せされていた』ってな。つまりテメエは結界に触れた奴のことを知ることが出来る。そして、おそらくアイリスは今も結界に()()()()()()()。テメエは守るべきはずの姫様を外に締め出しちまっていることを()()()()()()()んだ。だからテメエは――」    

    

 結界が使えなくなった、と言おうとした時。


「あの子はもうアイリス様ではない――ッ!」

 老兵の叫びが、鼓膜を揺らす。


「貴様は見ただろう!? あの赤い髪を、赤い目を! 桃色の尾を! あの子はもうアイリス・エンシャンティアという悲劇の姫ではないのだ! あの子は聡明で心が優しいから、城の外でもきっと幸せに生きていける! 辛い過去を思い出すこともなく、平穏な一生を過ごすことが出来る! それをどうして貴様は……ッ! あの子に辛い現実を見せようとするのだッ!?」 

 

 アイリスへの想いが、ただならぬ激情となって響き渡る。

 ボックスの悲しみに歪ませた表情があまりに痛々しい。


「そんなことぁ重々分かってんだよ! アイリスだって自分が魔王城に連れ去られたってことは知ってんだ! 辛いことがあったってことも分かってる! それでも自分を知りてぇ、ってニョロに頼んでまで、ここまで戻ってきたんだろうがァ!」


 グレインも呼応するように声を荒げた。

 アイリスへの想いが交錯し、火花を散らす。

 だが、グレインが背負うものはそれだけではない。


「それに、ニョロの気持ち考えたことあんのかよ!? アイツは泣いてたんだぞ? 『じいじに会いたい』ってよ? でもテメエや俺にアイリスと会わせてあげたいからって、今の生活を捨てる決心をして、何度も泣きながら頑張ってんだ! それをこんな形で締め出しやがって! 今もきっと……テメエが張りやがった壁の傍で……アイツは泣いてるッ!」

 

 グレインの眸に涙が滲む。

 

 ニョロがアイリスをここまで連れてきてくれた。

 救えなかった無力な自分に、アイリスに謝る機会をくれた。


 ニョロと約束をした。

 必ずじいじに会わせる、と。


「俺は絶対にテメエを殻ン中から引きずり出して、アイツらの前に立たせてやるよ――ッ!」  

 

 決意を握りしめた拳を構える。

 なにがなんでも約束を果たす。

 

 ――たとえアイツらの大事なボックス(じいじ)を張り倒してでも。

 

 

「だからだ……」

 

 力ない声で、ボックスが呟いた。

 萎びた頬を涙で濡らしながら、震わせた唇で言葉を紡ぐ。

 

「だから……思い出させるワケには行かないのだ……!」


「どういう……意味だ……?」


 グレインの眸が困惑を帯び、拳が力を失う。

 相対する老執事の様子に、えも言えぬ不安を覚えた。

 

 

「貴様はあの子に……アイリス様に……()()()()()()()()と言えるか……?」


 


「……ぇ?」

 

 ボックスの言葉に、グレインはくぐもった疑問符を呟く。

 

 脳裏をニョロの言葉が掠める。

 


 

 『かつて俺は姫だった』

 

          

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