43話 追憶――グレイン・ランゲイル④
胸に秘めた大炎が唸りを上げる。
俺が祝福を受けたのは、死なない身体を得たのは。
邪魔するヤツらを皆殺しにして、アイリスを助け出す為だ。
俺は不器用だから、センドみたいに上手く魔法を使えない。
出来ることと言えば、魔力を手足や剣に集めて強化することくらい。
ただ、身体が死なないなら、出来ることがもう一つある。
体内の魔力をひたすらに高め、高め続けて、身体が耐えきれなくなるほどまで達しても、まだ高める。
そうすることで、やがて魔力は制御を失い、
――爆発する。
俺の身体は内側から炸裂し、巨人の腕ごと弾け飛ぶ。
四散した肉塊はものの数秒で俺を形作り、困惑する巨人を見上げる。
目的が明確になって、俺は冷静になった。
祝福は魔力さえも元通りにしてくれていた。
ざっと周囲を見渡して、剣を探す。
すると、さっきまで俺を玩具にしていた魔物共の足元に落ちていた。
「オラアアア――!」
魔力を込めた脚力で跳躍し、魔物の頭上で魔力を暴発させる。
魔物共々肉片になるが、血みどろの中、俺の肉だけは俊敏に寄り固まって、再び戦う力を宿す。
剣を拾うと踵を返し、魔物の間をかいくぐりながら百腕の巨人の喉元を目指す。
弾き飛ばしたはずの無数の腕は既に再生を始めていて、俺のことなんて忘れたみたいに城の方を眺めている。
――まずはアイツから殺す。
当然周囲の魔物は素通りさせてはくれなかったが、気にもならなかった。
魔狼に噛み千切られようが、緑の原人が爪を突き立てようが、俺の身体はたちどころに再生した。
痛みはある。苦しさもある。
でも、殺意がそれを上回る。
全魔力を刀身に込め、百腕の背中に跳躍。
首に狙いを定め、
「死ねコラァ――ッ!!!」
渾身の横薙ぎを見舞う。
剣は肉を切り裂いたが、骨を断つことは出来なかった。
百腕の巨人は青い血を吐きながらもこちらに振り返り、俺の頭を果物みたいに握りつぶした。
一瞬全ての感覚を失って、次に視界が捉えたのは、地面に落ちていく俺を見下ろす笑顔だった。
剣は握ったままだった。
足が地に着いた瞬間に跳躍して、先ほど首元につけた切り口へ向け、再び剣を振り抜く。
骨に食い込む間隔はあったが、まだ両断には至らない。
そして、俺はまた殺される。
死んで、生き返って、渾身の一撃を放って、死ぬ。
それを何度も何度も繰り返して、二十一回目。
ようやく、ニヤケ面の首を斬り落とした。
俺はそれから、何万回、何十万回、何百万回と、死を積み重ねた。
身体を引き裂かれようが、頭を潰されようが、灰になろうが。
死を知覚した瞬間に、俺は全身全霊をもって剣を振ることが出来た。
俺が死ぬ度に、魔物の死体の数も増えて行った。
双頭の邪龍を初めて殺した時は、八百五十回死んだ。
砲台の魔獣に気付かれてからは、毎分殺された。
殺されて殺されて、殺されて。
殺されて、殺した。
それを何度も。
何度も何度も。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。
何度も繰り返して、殺され続けて、殺し続けて、
――殺し尽くした。
「……勝った」
「勝ったぞ……センド……ゲントル……!」
「これでやっと……アイリスを救い出せる……ッ!」
骸の山を踏みしめて、俺はようやく魔王城の大扉を押し開ける。
内部はいわば城のエントランスと言うべき大広間で、やけに古びてはいるが人間の作るものと相違ない。
しかし夥しい量の異形の骨が所狭しと積み上げられていた。
骨は驚くほどに柔らかかった。
踏めばいとも容易く崩れていき、砂みたいな粉末状になる。
骨の砂地に足を取られつつ、進行を阻む骨の山を蹴り崩しながら城の中を進む。
すると、上階へと続く大階段が真っすぐに伸びていた。
階段にも骨が積み上げられていて、大量の骨は上階から落ちてきたようだった。
不気味なほどまでの静けさが不安を駆り立てるのを感じながら、大階段を駆け上がる。
階段を登り終えた先に、開けた扉が見えた。
近づくにつれ、内部の異様さが心臓を高鳴らせる。
人間でいうところの玉座の間。
しかし、この部屋の主はよほど大柄だったのだろう。
天井は遥か高く、異常なまでに広々とした大空間の中心に、人間用の五倍はある玉座が聳えていた。
天窓が赤黒い陽光を降ろし、禍々しい空気が漂う。
剣を構えながら、内部に侵入する。
「アイリス……?」
しかし、何も居なかった。
アイリスも、魔王も、小型魔物すらも。
生物といえるものは何一つ存在せず、あるのはエントランスと同様に、山のように積まれた骨だけ。
「……ァ……ァア……!」
「アアアアアアアア――ッ!!!」
俺は泣き叫んだ。
ここで何が起こっていたのか、何も分からない。
だが、間に合わなかったということだけを理解出来て、罪悪感が膨張した。
アイリスが居ない。
非情な現実に、俺は壊れた。
反響する自分の叫びが煩くて、喉を掻き切った。
すぐに再生し、俺はまた叫んだ。
俺に数百万の魔物を殺させた祝福は、紛れもない呪いとなった。
どれだけそうしていたか分からなくなって、ようやく俺は歩き出す。
『先の未来で、アイリスを待て』
センドが残した言葉を、ふと思い出したのだ。
アイリスが王都に戻っていたりするんじゃないか?
そんな淡い期待を携えて、歩き続けた。
「アイリス様は三百年前に亡くなられました」
王城に着いた俺に、ボックスが言った。
老人の眸は、敵意に満ちているように見えた。
「で、でも……!」
食い下がろうとした。
だが、罪悪感がそれを遮った。
ボックスは、俺に正体を隠すよう言った。
長い時が経ち、愛する人も信頼する仲間も失って、名すらも失って。
残ったのは、罪悪感と後悔のみ。
それでも、生きていかなければいけなかった。
アイリスを救うと息巻いて、ただの女にしてやるなんて嘯いて。
結局俺は、アイリスを平穏をぐちゃぐちゃに潰してしまったのだ。
嫌いだったどの勇者よりも姫を不幸にした自分に、役立たずという名をつけた。
アイリスが死んだという事実を、救えなかったという事実を、刻み付ける為に。
でも、どうしても諦めることが出来なかった。
受け入れようとして、駄目だった。
アイリスは魔王城にいなかった。
三百年経っている。
ボックスが死んだと言っている。
俺はアイリスを救えなかった。
でも、センドが待てって言っていた。
だから、もしかしたら……。
無能の烙印を背負いながら、センドが残してくれた僅かな希望に縋りついて、
生きた。




