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40話 追憶――グレイン・ランゲイル①


 ガキの頃、年の近いヤツは全員『勇者アーサーの冒険』に夢中になっていた。

 青い鎧を着た金髪の優男が、魔王に囚われた姫を救い出す話だ。


 やれカッコいいだの、優しいだの、強いだの、高貴だの。

 みんなバカみたいに何度も読み返しては、物語の中の勇者を褒め称えた。

 大人も皆、アーサーのように優しく強い人間になりなさい、と耳にタコが出来るくらい言った。


 勇者、という魔王を殺す為の戦士は物語の外にもいた。 

 そいつも同じようなことを言われていて、旅の成功を願うとかで姫様と子を作って、平和を取り戻すと息巻いて、華々しく旅立っていった。

 俺が四歳の時だ。


 二年ぐらい経った頃、勇者一行が凱旋した。

 帰ってきたのは、仲間の魔法使いと、血まみれの布に包まれた勇者の一部だけだった。

 それでも、街の奴らは皆、口を揃えたみてぇに同じことを言う。

『頑張った』『次こそは』『彼は平和の為の礎となった』『次の勇者が無念を晴らしてくれる』

姫様も、似たような言葉を言っていた。

 

「きしょくわりい」

 

 俺は、そんな周りの空気が心底嫌いだった。

 どれだけ優しかろうが、どれほどキレぇな見た目だろうが、どんなに強かろうが、魔王を殺さなきゃ意味がない。

 これまで五十人近く勇者に選ばれた奴がいて、どいつもこいつも同じように強く優しく高貴な奴だったらしいが、みんな結局世界を平和に出来ねえばかりか姫様と子供を置いて逝っちまう。

 

 そんな奴らを褒め称えるなんて、どうかしてやがる。

 父ちゃんのいない俺は、女手一つで頑張っている母ちゃんを見て、そんなことを思っていた。


 十歳の時、俺はダチと協力して、王城に潜り込んだ。

 ダチは皆、ただ面白そうだと言って乗ってくれたが、俺には明確な目的があった。

 死んだ勇者の娘――確かアイリス、が寂しい思いをしてるんじゃないかと、何となく思っていたのだ。

 王族の生活なんて庶民の俺には想像も出来なかったが、顔も知らねえ次の姫様が独りで泣いているのを思い浮かべて、俺が笑顔にしてやるんだと心を燃やしていた。


 荷馬車に隠れて城門を抜けるまでは上手くいった。

 でも、耳の欠けたおっさんにすぐに捕まっちまう。


「何かご用でしたかな?」

 おっさんは俺を魔法の縄で縛り付けてから、笑って言った。

 なんとなく、殺されると思った。

 でも恐怖よりも使命感が勝って、おっさんを睨みつけながらどうやってアイリスに会うかを考えていた。


 その時、

「じいじ〜!」

 と、元気いっぱいな子供の声。

 俺は、初めてアイリスを見た。

 想像とは真逆の表情だった。


 おっさんに駆け寄ったアイリスは、人生が楽しくてしょうがないと言わんばかりの、満点の笑顔だったのだ。

 高そうなドレスを泥だらけにして、その手には大きな幼虫。わんぱく盛りの五歳児そのものだった。

 俺の想像した、父のいない悲しみに暮れる幼子は、どこにもいなかった。


「見てじいじ!花壇で見つけたの!」

「おや立派ですなぁ!アイリス様は虫を見つけるのもお上手で、私めも鼻高々ですぞぉ!」

「ふふん!そうでしょ? じいじにあげるわ!」

「えっ……ちょっとポケットに入れるのは……」 


 おっさんとアイリスは、互いに幸福に満ちた笑顔を向け合っていた。


 俺の使命感は見当違いだった。

 アイリスは幸せだった。

 少しだけ涙が出た。


 俺は簡単な注意を受けただけで解放された。

 きっとあのおっさんは優しい奴なんだと思った。

 アイツがいれば、アイリスはきっと幸せなんだろう。

 

 でも、安堵はやがて強い怒りに変わる。

 今は幸せなのだろうが、アイリスはいずれ、死ぬヤツの子を産まなきゃいけないからだ。

 あの笑顔を守りたいと、心の底から思った。

 その為に俺は勇者にならないといけないと決意した。

 

 俺なら先に子供を作ったりしねぇ。

 成功祈願なんて無くても、魔王を倒しゃあいい。

 アイリスを不幸にしない為に、俺が勇者になる。


 その日から、俺は強くなる為に剣を振った。

 勇者が選ばれるのは、アイリスが十六歳になった後。

 胸にハート型の紋様が現れるらしい。

 それまでの間に他の誰よりも、そして魔王よりも強くなってやるんだと、必死に鍛錬を続けた。

 

 俺が十五歳になった時、討伐隊に参加した。

 そこでセンドやゲントルと出会い、共に魔物の討伐をするようになった。

 実戦で経験を積んだ俺は、少しずつ強くなった。

 

 努力して努力して。

 魔物を狩って狩って。

 そして迎えた二十一歳の年。

 十六歳になったアイリスが結界の祝福紋を継承し、姫となった。

 

 

 勇者に選ばれたのは、俺の友達だった。

 

 センド・フューツ。

 金持ちで嫌味たらしくて、黒いフードを深く被る陰気なヤツで鼻から上が見えた試しがない。

 でも、魔力がずば抜けて高く、頭も切れる上に祝福の力で少しだけ未来を詠める。

 剣を振るしか能の無い俺よりも、遥かに強いヤツだった。


 二人で野営の見張り番をしていた時に、

「勇者に選ばれた」

 センドは唐突に言った。

 俺は悔しくて堪らなかったが、センドはこれまでの優男とは違う。

 口が悪いし陰気だし、高貴さなんてカケラも無い。

 だからこそコイツならきっと魔王を倒してくれると自分に言い聞かせて、

「頑張れよ」

 と声をかけた。

 すると、センドは思いがけないことを言った。

 

「代わってくれグレイン。俺は勇者になりたくない」

 確かにセンドは勇者を目指しているようには見えなかった。魔物を倒す時も、ただ淡々とこなしているような感じで、覇気みたいなものは一切感じない。

 でも、俺は皆勇者になりたいもんだと思い込んでいたから、驚いた。

 それに、勇者の証である『勇気の祝福』は、魔物を恐れなくなる力があると聞いていた。

 勇者となった今、センドの口から勇者になりたくない、なんて言葉が出てくるとは、考えもしなかった。


「なんでだよ?」

「これまで全ての勇者が死んでいる。いくら魔物が怖くなかろうと、嫌なものは嫌だろう」

 センドはさも当たり前のように、当然のことを言った。

「旅にはついていってやるから、お前が勇者ということにしてくれ」

「お前の方が強いんだからお前がなるべきだろ?っつうか結局ついてくんなら俺が代わる意味もねぇだろうが」

 センドは昔からよく分からないことを言うヤツだったが、この時ばかりは本当に意味が分からなかった。

 

 でも、

「死ぬ運命と真っ向から向き合いたくはないのだ」

 と、センドはフードの奥にある眸を静かに燃やしていた。

 

 空色だった。

 絵本と同じ、勇者の目。

 本気なのだと納得して、俺は頷いた。

 

 俺は偽の勇者になることにした。

 誰が勇者になろうが旅についていくつもりだったから、俺の扱いが変わるくらいなものだと納得し、センドの提案を受け入れた。

 胸にハート型のタトゥーを入れると、センドは「これでバレはしない」と言った。

 

 俺は、絶対にこれまでの勇者みたいには振る舞わないと決めた。

 バカみてぇに褒められて、子供を産ませて、全員死んだから。

 そんな世界がずっと繰り返してきた流れを断ち切りたかったから。

 褒められず、アイリスに手を出さず、魔王を殺して、死なずに戻ってくる。

 そう、心に決めた。


 俺は勇者としてアイリスと再会した。

 アイリスはあの頃の笑顔をしてはいなかった。

 子作りをする為だけに用意された寝室で、俺達は喧嘩をした。

 アイリスは、姫の役目に縛られていたのだ。

 いずれ死ぬと分かっている、好きでもない男に身体を差し出して、泣いていたのだ。


 思っていた通りだった。

 だから、俺は改めて決意した。

 決意を言葉にした。


 「やりたくねえことをしなくてもいいように。やりたいことができるように。お前が泣かなくて済むように。俺がただの女に戻してやる」

 

 俺は滅茶苦茶強い。

 魔王にだって負けない。

 死んでも死なない。

 

 俺が絶対にアイリスを幸せにする。


 自分の意識に刷り込ませるように、強い言葉を吐いた。

 

 それから旅立ちまでの間、俺はアイリスを安心させてやりたくて、あの頃の笑顔を取り戻して欲しくて、夜に彼女を連れ出した。

 平和になったらこれがしたい、あれがしたい。

 未来の話をたくさんして、自信を示し続けた。


 だが、事態があらぬ方向へ進む。

 アイリスが、自分も旅についていくと言い出した。

 結界がどうのこうのと弁を並べ立てていたが、そんなことよりもアイリスが傷つくことが嫌で、なんとかして諫めようとした。

 しかし、センドも仲間に加えるべきとか言いやがる。

 センドは『人詠の祝福』を使わなくても、勘がよく当たるヤツだ。

 

 結局、結界の外に出てみることになる。

 俺はアイリスが諦めてくれることを心底願いながら、馬を走らせた。


 奇しくも、アイリスの同行は阻止された。

 

 アイリスの爪の先が一瞬結界の外に触れただけで、付近の全ての魔物が群がったからだ。

 俺は、アイリスの祝福紋を見た。

 赤黒い、腐った血みてえな色の光を脈動させるその紋様は、街を守る結界の祝福なんかじゃねえと確信した。


 アイリスを送り届けた後、

「なぁセンド。ありゃあ一体どういうことだ?」

 訳知り顔のセンドに聞いた。


「おそらく呪いの類だ。魔物を引き寄せる呪いがエンシャンティア王家の姫に受け継がれていた、と考えるべきだろう」

「待てよ……!? じゃあ結界は誰が……」

「あの執事長だろうな」

「――!」  

「この街を守る結界は、民を守る姫の力ではなく、姫を守る為のものだったのだ。あの老人はただの執事ではなく、魔物や民から姫を守り続けてきたのだ」

 

 俺は絶対に魔王を殺さなきゃといけねえと思った。

 刺し違えてでも、絶対に魔王を殺す。

 そう思った。

 

 でも、アイリスは居なくなった。

 旅立ちの前夜のことだった。

 


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