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4話 触手、初めての恥ずかしい


「記憶が無い!?」

 小汚い男――もといクリンカーという名の衛兵が、身を乗り出して叫んだ。

 

 ニョロは城門に併設された詰所にて、クリンカー他一名の衛兵から事情聴取を受けていた。

 五名ほどが同時に寝食できる設備が置いてあるが、どれも木材の質素な作りをしている。

 正面にあった四人用の机に座らされ、正面にクリンカー、その隣に髪の無い衛兵。

 名前を聞かれ、名前どころか何も覚えていないと答えたところ、クリンカーは驚愕した様子。


「そうだ。五日前に西の森で目が覚めたのだが、それより前の記憶が無い」

 内容の割に至極平然とした様子に、悩まし気なクリンカーがため息をつく。

「じゃあ改めて聞くが、なぜ門のねえ壁の外でウロウロしてたんだ?」

「それは……」


 ニョロは旅の中で、人間と遭遇した際の会話の流れをいくつか想定していた。

 最も望ましいのはお姫様――高い身分の人間であるヒメの顔を見た者がその正体に気付き、労せず目的を達成すること。

 しかしそれは叶わずも、次点で想定していたのがまさにこの状況であった。

 この顔を知らない、もしくは気付いていない相手には、こちらから情報を出し、気付きを与えてやる。

 

「ただ一つだけ、この空になった頭の中に残っていた記憶がある。俺は城に住んでいた。それも大きくて、白い城だ。例えばこの街にあるような」

 王城がある方向の壁を指差しながら、二人の反応を見る。

 するとクリンカーの眼差しが鋭くなり、「それで?」とニョロの次の発言を促す。

 そのまるで試すような口ぶりに少々の違和感を覚えるが、喉元まで来た言葉を飲み込みはしない。

 ニョロは尻尾を立て、無表情の中に自信を携える。

 

 「つまり、こう考えているのだ。

 

  ――俺はかつて姫だった、のではないかとな」

 

 昼下がりの衛兵詰所に響く、無感情な幼女の声。

 誇らしげに揺らめく桃色の尻尾を除き、まるで時間が止められたのかと思うほどの静寂がもたらされる。

 二人の逞しき衛兵が幼女の言葉一つで硬直し、息さえ忘れるほどに呆然としている。

 この反応は何かある。この静寂が破られた時、ヒメの手がかりが手に入る。 


 ニョロはそこに確かな手ごたえを感じ、足をパタパタと泳がせた。

 

 そしてその静寂は、五秒後に破られることになる。



 ――爆笑で。

 

「ぎゃははははは!『私本当はお姫様なの!』ってか? 可愛いでちゅね~」

「うぴぴぴぴ! あんまり笑っちゃかわいそうでしょクランカーさん! 不敬罪ですよ!」

「不敬罪って、お前のほうがバカにしてんじゃねえか!ぎゃはははは!」


 (この人達きらい!!フン!)

 机を叩いて大笑いするクランカー達と、彼らにぷんすこのヒメ。

 魔法でも一発食らわせてやろうか、と考え始めたニョロだったが、涙目のクランカーが話し始める。

「わりいわりい。ってことはお前、この国のことも覚えてねぇのか?」

「そうだが」 

「じゃあ教えてやる」とクリンカーが前のめりになり、

「まずここはエンシャンティア王国の王都だ。つまりお前が言ってる白い城っつうのは王様が住んでるトコロだ」

(もしかしてワタシ、王様ってコト!?)

ニョロが理解した旨を頷いて伝えると、クランカーが続ける。

「もちろん『お姫様』も住んでるが、お前が言ってるお姫様っていうのはあくまでこの世界で言うところのお姫様――つまりは王様みてえな身分の高い奴の娘のことだろ?」

(そうかも!)

ヒメの反応を聞いてから頷くニョロ。

「あそこに住んでる『お姫様』も王様の娘であることには変わりねえが、この国の『お姫様』っつう称号は『結界の祝福者』一人の為だけにある」

「結界の祝福者……?」

「お子様でも簡単に分かるように言うと、要はこの街周辺をまるっと覆ってる『魔物を通さない結界』を作ってる人ってこった」

 

 クランカーの話にニョロが真っ先に覚えたのは自分の力に対する自信であった。

 魔物を通さない結界があることなど長年森の動物達と戯れていたニョロには知る由もなかったが、ニョロが街の中に侵入出来ているということは寄生の力がその結界すら欺くほどに優秀ということに他ならないからである。

 クランカーが亜人と勘違いしたのも結界あってのことだろう。

 この街にいる人間は、結界内に魔物が侵入することなどない、と高を括っているのだ。

 

「王様の娘だろうが貴族の娘だろうがこの国では『結界の祝福者』以外は『お姫様』を名乗れねえし、『お姫様』じゃねえんだ。だから――お前は絶対にお姫様じゃねえ」


 (ガーン!)

 ニョロが自分の力を誇らしく感じている間に、ヒメの正体を明かす唯一の手がかりが死んだ。

 しかしニョロにとってはヒメがお姫様かどうかより、どこの誰か、そして泣かせないことが重要である。

 この場合重要視するのは泣かせないことだ。

 明確に落ち込んだ様子のヒメのフォローを始める。

「しかし俺が言っている姫とは身分の高い女の意。あの城には結界うんぬんの女以外にも身分の高い女はいるのか?」

「そりゃいるぜ。姫様とか、国王とか、姫様の娘とかな」

 クランカーは指折り数えながら答えるが、その薄ら笑いには含みがある。

「じゃあその中の誰かが行方不明になっているはずだ。俺は城に行く」

 

 ニョロはそう言うと席を立ち、詰所を出ようと足早に扉に向かう。

 クランカーの口ぶりに、もはやこの街の城はヒメと関わりが無い可能性が高いとみていたのだ。

 このままクランカーに喋らせるとヒメの心を折りかねない一言を口走る。

 そう予感がしたニョロは、結論を先延ばしにする為、一刻も早くここを去りたい。


 幸いにして、クランカーが口を開く前に扉の前に到達。

 あとは扉を開くだけ――そう思っていたニョロに衝撃が襲う。


 ――扉が開かない。

 体重をかけて何度も突破を試みるが、ビクともしない。

 ニョロを迎え入れたはずの扉が、いつの間にやら堅牢な壁と化していたのだ。

 

 いつの間にか鍵をかけられていた?何のために?

 まさか俺を捕まえる為か?魔物だとバレた?

 旅の途中魔物を一匹も見なかったのは、まさか人間どもの罠により殲滅されたのでは?

 

 ニョロは全身の血液を脳に集め、現状を分析する。

 そして、ニョロの優秀な知性は一秒も満たない間に結論をはじき出した。

 

 ――俺対人間。この街で殺し合いが始まる。

 卑怯で醜悪な人間共め。他の魔物と一緒にしてくれるなよ。

 少女の姿にせいぜい油断するがいい。俺の魔力量は人間の何十倍もある。

 俺の大魔法によりこの街は火の海と化し、俺を招き入れたことを後悔することになる。

 これから俺がこの街の人間共を一人残らず八つ裂きにし、貴様ら人間の最大の汚点としてこの日を歴史に刻んでやろう。 

 

 

「それ、ドアノブ回さないと開かねえぜ」

 

 (あ、開け方が分かんなかったの?)  

「ほら、こうやってドアノブを回しながら押すんだよ。やってみろ」

 クランカーの指示する通りに取っ手を回すと、堅牢な壁――もとい普通のドアが、噓のように滑らかに開いた。

 

 ニョロはドアノブを知らなかった。

 クランカーは開いた扉に向かって俯いたまま震えるニョロを椅子に導いて、お茶を差し出す。

「まあ、飲めよ……」

 しかし一向に顔をあげず、前に持ってきた尻尾をいじるニョロ。

 すると髪の無い衛兵が突如立ち上がり、

「……俺は城に行く」

 

「ぎゃはははははは!!!」

「うぴぴぴぴぴぴ!!!」  

 

 生まれて初めて羞恥心を覚えたニョロの顔は、かつてないほど赤かった。

 

 数分の間いじり謝りを繰り返され、ようやく無表情を持ち直した頃、

「お前腹減ってるか?」

 クリンカーが小袋を取り出す。


 (お腹すいた!)

 脳内少女の気持ちを汲んで頷くと、「ついてこい」と立ち上がるクリンカー。

「クリンカーさん、また公園でメシですか?」

「悪いかよ?」

「悪くはないですけど、詰所から遠いし近くにメシ屋あるんですからたまには一緒に食べましょうよ~」

「あいにく野郎と食うメシはねえ」

「ってことはまさかクリンカーさん……!その子のこと」

「んなワケねえだろ! しょっぴかれるわ!」

「嘘ですってぇ! 前の奥さん引きづってんでしょ? でも指輪は外したほうがいいと思いますけどねぇ?」

「うっせえよ! ほら行くぞ!」

   

    

 同僚と軽口を叩きあった後、左の薬指に嵌めた錆びた指輪を隠すようにしながら外に出たクランカー。

 少し遅れて彼を追ったニョロは、初めての人間の街に足を踏み入れる。

 

 「そういや言い忘れてた」

 「う」

 扉を出てすぐ、急に立ち止まったクランカーが進行を阻む。

 ニョロが目の前の背中を見上げると、


 「ようこそ。エンシャンティアへ」

 

 肩越しの笑顔が呟いた。

    

  

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