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39話 役立たず③


「だ、だって……お前は自分のことを姫だ、って」

「あぁ」

「それに……アイリスは帰ってきた、って」

「あぁ」

「俺のハムフレッドがあの時と同じ味だ、って」

「あぁ」

 

「それで……?」

「俺はアイリスじゃない」


「俺はアイリスじゃない……?」


 民の営みが忙しない午後の王都。

 天気がいいのに子供がいない公園にて、混乱の極致に身を置く男がいた。


 グレイン・ランゲイル。

 三百五十年前の勇者だか勇者じゃないのか、そして何故か今も生きている、先ほどまで泣いていた、よく分からない男。

 

 触手を揺らす少女の無表情に向かって、ただただ首をかしげている。


「えっ……それはどういう?」


 ニョロが答えようと口を開いた時、

「あっ!いた!」

「げっ!!」

 息を乱した年配の侍女が現れて、指をさされたレイラが顔を歪める。

「レイラ様っ!!外出される時は一言仰ってくださいと何度も申し上げましたよね!?」

「あーら……そうだったかしら?忘れちゃったわぁ?」

「それに本日は大事なお勤めがあると、ボックス様が仰っておりました!さぁ!早くお戻りくださいませ!」

「えっ?そんな話聞いてないわよ!?」

「言い訳は後で聞きます!」

 ずんずんと距離を詰めた侍女はレイラを立ち上がらせ、無理矢理に引っ張っていく。

 レイラは名残り惜しそうにニョロらの方に手を伸ばしながら、

「ニョロ! どうなったか後でちゃんと教えなさいよ!」

 と言い残し、街の中へ消えていった。


 水を差された感があり、ニョロとグレインの間には沈黙が流れる。両者見つめ合いの末、口を開いたのはグレイン。

「……腹へってねぇか?」

「空腹かと聞かれれば、概ね正しい。俺は今朝から何も食べていない上にここまで歩いてきた。本来ならば既に昼食をとる時間をお前に会う為に使ったのだ」

 バツの悪そうに眉を曲げたグレインは、

「じゃあメシ作ってやるよ」

 と、ニョロを肩車する。


「食いてえモンはあるか?」

「お前はどうせ『はむふれっど』しか作れまい」

「ナメんなよ!何だって作れらぁ!何か言ってみろや?」


「……はむふれっど」

 ニョロがボソッと呟くと、

「結局かよ!」

 グレインは声を荒げる。

 

 でも、

「テメェはホントに変な奴だぜ全くよぉ!」

「お前には言われたくないが」

「あーもううっせぇうっせぇ!」

 それはそれは嬉しそうに笑っていて。

 ニョロはその顔をじっと見つめて、思う。


 ――アイリスが好きな笑顔だ、と。

 

「早くしろ」

「可愛くねぇ!」


 グレイン号がたどり着いたのは、集合住宅の一室。

 小さなベッドにクローゼット、小ぶりな机と二脚の椅子。そして使い込まれたキッチン。

 何の面白味もない、殺風景な部屋だった。


「その辺に座ってろ」

 床に降ろされたニョロは、キッチンに立つグレインの側に立つ。

「座ってろって言っただろうが」

「お前の指図は受けない」

「いちいち腹立つなテメェ……!」


 グレインはニョロの物言いに文句を言いながらも、ニョロが手元を見られるように小さな台を用意してから、調理を進めていく。

 調理と言っても、丸いパンを二つに割って、そこに分厚いハムと葉野菜、作り置きのソースを掛けて挟むだけ。

 しかし淀みない手際にはこれまで作り続けてきた努力の跡が見える。

「早くしろ」

「ぶん殴るぞ?」

 尻尾をしきりに振りながら、最後まで隣で見続けた。


 二つの皿とティーカップ。

 それぞれにハムフレッドと水。

 机に向かい合いながら、それらを供に話を再会する。


「んで、お前は何者なんだ? なんで三百五十年前のことを知ってやがる?」

「――。――。――」

「飲み込んでから喋れや!」


 ハムフレッドをごくんと飲み込んで、口にソースをいっぱいつけたまま、

「俺は本来魔物なのだ。この触手が本体で、この身体に寄生している」

「そりゃあ何となく分かってんだよ。その魔物がなんでアイリスの頭ん中を見たとしか思えねえようなことを言ってんだ、って聞いてんだよ」

 グレインの話し方に敵意は無い。しかし強い感情を身体の中で押さえつけているような、不自然な抑揚がある。

 

「それは、この身体――キャリー・ドムナーこそが、アイリス・エンシャンティアだからだ」

 

「……意味わかんねぇ」

 吐き捨てるように言いながら、ニョロの口を布巾で拭うグレイン。

「んで? その証拠は?」

「この身体には記憶を失ったキャリーの魂が残存しているのだが、特定の情報に触れた時、俺とキャリーは記憶を追体験するのだ」

「……その記憶ってのが、アイリスのものだった、ってか?」

「そうだ。俺達はこれまでいくつもの記憶を見た。勇者として謁見に来たお前に魔法を打ち込んだり、交尾を迫ったり、お前やお前の仲間と共に結界の外に出ようとしたり、パン屋ではむふれっどを食べたり。これだけ聞けば、アイリスしか持ち得るはずのない記憶だと、お前も理解できるだろう?」


「……あぁ。どれも大事な、アイリスとの記憶だ」    

 グレインは苦々しく答えた後、手をつけていないハムフレッドを見つめる。

 ニョロはその様子を少しだけ怪訝そうに見つめながら、話を続ける。

 

「カインドとウィークから聞いた話だが、キャリーは一年前に突然現れたらしい。つまり素性の一切分からない人間が、失踪したアイリスの記憶の持っているということ。キャリーは何らかの要因によって姿を変えたアイリスだと考えるべきだ」

 

 尻尾をふらふらと泳がせて、グレインの反応を待つ。

 しかし彼は黙りこくったまま。

「俺は何らかの魔法によってこの身体に拘束されており、アイリスが表に出てくることが出来ない。しかし全ての記憶を取り戻した時拘束は解かれ、この身体はアイリスのものになるはずだ。その為に俺はアイリスの記憶に繋がる情報を求めて、お前に会いに来たのだ」   

 

 

「嬉しくないのか?」

 俯き押し黙るグレインを見かねたニョロが、顔を覗き込むようにしながら聞いた。

 

「……そりゃあ、嬉しいに決まってる。帰ってくるワケねえって何度も諦めようとして、それでももしかしたらって考えて、ずっとその繰り返しだったんだ」

「ならば何故喜ばない?」


 アイリスの記憶を見て、グレインはただならぬ想いをアイリスに寄せていることは明白。

 ゆえに三百年以上経った今もアイリスの帰りの待ち続けることができたのだ。

 だからニョロは、アイリスと再び会えることを知ったグレインは大喜びするものだと確信していたのに。

 想定とあまりに異なる反応に悲しさすら覚えていた。


「テメエはそれでいいのかよ?」

 顔を上げたグレインの眸は憐れみを帯びていた。


「……良いに決まっている。俺はこの身体に拘束されているのだ。自由の身となりたいと考えるのは当然のことだろう」


「じゃあなんであの時泣いてたんだよ?」

 ニョロは尻尾をだらりと下げて、口を噤む。

 すると、グレインの表情が徐々に熱を帯びていき、感情を形作る。

 

「ジジイのトコに帰りたいって泣いてただろうが。あれはアイリスじゃなくて、お前なんだろ?」

 罪悪感と行き場の無い怒り。

 複雑な温度を放つ顔をしていた。

 

「……アイリスの記憶はそれだけ鮮明だったということだ。涙を流したのも、ボックスに会いたいと思うのも、お前のはむふれっどを懐かしむのも、全てはこの身体に寄生したことによる弊害でしかない。この身体を離れさえすれば、不必要な感情を覚えることもない」

「でもよ……」

「ならばこのままアイリスとの再会を諦めるか?」

「いや……別にそういうわけじゃ」

「俺が現在持ちうる感情を優先するとはそういうことだ。魔物に絆されて長年願い続けた機会を無駄にするな」 


 ボックスとの別れを考えてしまう。

 グレインの優しさを感じてしまう。

 孤独に恐怖を覚えてしまう。

   

「勇者グレイン。お前がすべきことは、戻ってきたアイリスを笑顔で迎え入れ、かつて誓った約束を果たすことだ」

  

 でも、感情を押し殺した。

 淡々と、グレインの揺らぐ内面を正すように。

 自らの覚悟を研ぎ澄ますように。

 説き伏せるように言った。


「……分かった。もう言わねえ」

 グレインは一度だけ息を大きく吐いてから、強い表情をした。

 

 役目を果たせる安堵感と、退路を断たれた不安。

 相反する二つの心をぎゅっと込めて、

「それでいい」

 ニョロは冷たく呟いた。


「それじゃあ、俺は何を話しゃあいいんだ?」

「お前が隠していることを全て。アイリスの動向に関する手がかりであればなんでもいい」   

「分かった。だが、そういうことなら役に立たねえかもしれねえ」


「なぜ?」

「俺がアイリスと会ったのは、デートをしたあの日が最後。お前が知っていること以上のことは知らねえはずだ」


 つまりアイリスが失踪したのは指輪の記憶で見た日、ということになる。

 ニョロは少し考えてから、

「それでもかまわない。教えてくれ。勇者グレインのことを」


 すると、グレインは身体をほぐしてから、語り始めた。

 

「まず、俺は勇者じゃねえ。

 

 ――本物の勇者はセンド・フューツ。俺のダチだ」

 

 

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