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37話 役立たず


 俺はよく、空を眺める。

 公園のベンチに腰かけて、流れゆく雲を目で追う。

 ただ時間が過ぎ去っていくことだけを感じて、頭の中を空っぽになっていくのをイメージする。


 でも、実際に空っぽになったことなんて、一度もない。

 頭の中はずっと昔から現実で満ちていて、それをどうにか考えまいとしていると、気付けば休憩が終わっている。


「いつまでこんなことやってんだ、俺は」


 これまで幾度となく呟いた、自分を嘲る独り言。

 いつも俺はこうやって自分のケツを叩いて、仕事に戻るのだ。


 でも、今日は立ち上がることが出来なかった。

 体調は万全。眩暈がするわけでも足や腰が痛むわけでもなく、心につっかえたデカい棘が邪魔すぎて、俺をいつもみたいに逃がしてくれなかったからだ。

 

『二度とこの子に関わるな』


 しわがれた老人の声が、あれからずっと頭の中に響きやがる。

 あのジジイに嫌われていることなんて今更気にするはずもないのに、何故か俺はひどく動揺した。


 なぜか。

 いや、理由は分かっている。


 ジジイが「この子」と呼んだアイツのことが気になっているのだ。


 キャリー・ドムナー。

 尻尾の生えた、記憶喪失のガキ。

 自称姫様で、無表情で、泣き虫で、魔物が混じってる。


 アイツは上手くやれてんのか?

 あれから楽しくやってんのか?

 泣いてねえか?


 アイツを見ると、どうしても力を貸してやりてえと思っちまう。

 初めて会った時もそうだった。

 魔物だって勘づいてたのに、どうしても悪い奴とは思えなくて助けちまった。

 最近はアイツのことが心配で心配でたまらねえ。

 

 ちっとばかし喋っただけだが、喋り方がどこぞの魔法使いみてえにウゼえから、敵を作っちまいそうだ。

 まだガキもガキだが笑わねえから可愛くもねえし、何より尻尾が悪目立ちしてやがる。

 

 泣くほどジジイに懐いてるみてえだったからイジメられてたりはしてねえと思うが、だからって何も無いとも限らねえ。


「ちょいと見に行ってやるか……いや」

 立ち上がろうとして、辞めた。

「一目見る前にバレて牢屋行き、ってのがオチだな」 

 自分に言い聞かせるように言って、また空を見上げる。


 昨日は雨が降っていたが、今日は天気がいい。

 ガキどもが湿った土で遊んでて、手やら靴やらは真っ黒だ。

 

「帰ったらちゃんと手ぇ洗えよ?」

「分かってるよ衛兵のおっさん!」

「誰がおっさんだァ!このクソガキぃ!」

 

 ガキはケラケラと笑ってから、また土遊びに興じる。

 そういう光景を見る度に俺は呟いてしまう。


「平和だ」

 そこに安堵と寂しさを含ませて。  

 

「……そろそろ戻るか」

 ようやく重い腰を上げた時だった。


「貴方がクリンカー二級衛兵ね?」

 理性と快活さを備えた女の声が、立ち上がりかけた俺の頭頂部に刺さる。

 俺は心臓が跳ね上がるのを感じながら顔を上げると、


「貴方にお話があるのだけれど」


「ア……!」

 言いかけて、勘違いだと気付いて、慌てて口を噤む。

 声の主は、レイラ・エンシャンティア――最近『アレ』を引き継いだこの国の姫。


「姫さんが平民街に何の用だ? 視察でもしてえなら他を当たりな。俺は見ての通り休憩中なんでな?」

 表情をとりなして、わざとぶっきらぼうに答えた。


「いえ。街じゃなくて貴方自体に用があるの。それに私はただの付き添い。用があるのは『この子』よ」


 レイラがそう言った後、彼女の背中からぴょこっと桃色の尻尾が顔を出して、

「元気してたかコラ?」

 俺は思わず笑みをこぼす。


 遅れて出てきた仏頂面は、

「体調に不備は無い」      

 と、相変わらずの回りくどさ。


「あいにくテメエの好きなハムフレッドは無えぜ?」

「別に好きじゃないが」

「ウソつけよ!いつも俺の分までバクバク食いやがって!」

「俺が食べる前に食べないお前が悪い」

「あーほんとにうっせえヤツだなァ!」   

 

 会いに来るのを前もって知ってりゃあ、バカみてえに尻尾振るコイツの食いざまを久しぶりに見れたのに。

 予期せぬ再会に安堵と少しの残念さを覚える。


「それで? 自称姫様が本物の姫様連れて俺に一体何の用だよ?」

  

 崩した座り方でベンチに腰掛け直し、キャリーに聞く。

 すると、無表情のまま答えた。


「お前の過去を知りたい。洗いざらい話せ」


 あまりにも突拍子が無く、

「は?」

 俺は間抜けな声を出した。


「聞こえているだろう? だからお前の過去を話せと言っているのだ」

「いや聞こえちゃあいるが……なんで聞きてえんだ?俺は別に犯罪歴なんて無えぞ?」

 姫をちらりと見て、言った。

 

「察しが悪いな……いや、分からないフリをしているだけか?」

 

「だから何が言いてえんだ!?」

 含みのある言い方が癇に障って、俺はつい言葉を荒げた。


「では愚かなお前でも分かるように言ってやろう。お前はなぜ生きている?


 ――勇者グレイン・ランゲイル」


 頭の中で何かが弾ける音が鳴る。

 薬指に嵌めた錆びだらけの指輪が、俺の指を締め付ける。  

  

     

       

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