表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/66

35話 追憶④


「貴方……それは一体どういうつもりかしら?」

 

 グレインら勇者一行の旅立ちを明日に控えた、晴れわたる正午の噴水広場。

 取り囲む数多の住民から羨望と好奇の眼差しが注がれる中、私は不機嫌な声を発した。


「きょ、今日はオヒガラもよく……えっとこのあとはなんだっけ……!」


 折角の初デートだと言うのに、グレインは集合時間に遅れてやってきた。

 それだけならまだ、いつものことだと流せたかもしれない。

 でも、今日の彼はなんというか、全てがカッコ悪い。


 まず、服装。

 それなりに質の良い紺の礼服を着ているが、着慣れていないのが丸わかりでまるで似合っていない。

 その上サイズが明らかに小さく、腕や足の毛がはみ出した八分丈。

 そんなものを恥ずかし気もなく着ているものだから彼の服装センスはもう救いようがない。

 

 次に髪型。

 一丁前に整髪料で纏めているが、べちょべちょとして嫌な光沢がある。

 伸びっぱなしの髪は普段から清潔感とはかけ離れているが、今日に関しては今すぐ魔法で焼き払ってやろうかと思うくらいには不潔。

 

 そして、何より腹が立つのが、

「何よその喋り方は」

「えっ……おかしいかよ?……じゃねえや! おかしいでござんすか?」

 

 彼が愚かな男だとは重々理解していたつもり。   

 でも、ここまでだとは思いもしなかった。


 初めて外に出たのかと思うほどに目を泳がせ、数日氷山で暮らしていたのかと思うほどに身体が強張っている。

 その上何を思ったのか慣れない敬語を使おうとして、何というかもうバカ丸出し。

 

 グレインを見ていると、理性が何度もこう呟く。


 ――彼の為にも今殺してあげるべきだ、と。


 そして、それは彼だけのことではない。

 噴水の後ろでほくそ笑んでいる、やたら大きい影と小さい影。


 もはや民の前とか姫たる振る舞いとか、そんな些末なことは怒りによって追いやられ、私は多大な怒気を込めて叫んだ。

「集合――ッ!!!」


 民が固唾を飲んで見守る中、私は正座する三人の男に優しく問いかける。

「貴方達、何か申し開きはあるかしら?」


 反応は三者三様。

 おバカグレインは何が何だか分かっていない様子。

 ゲントルはひどく動揺していて、センドは小柄な身体が無くなってしまいそうなほどに縮こまっている。

 彼らの顔をぐるりと見渡した後、

「貴方の仕業ね……?」

 深々と被られたフードに視線を注ぐ。

「私が赤っ恥をかく愉快な未来でも詠めたのかしら?」

「ちがう。俺は詠んでいない。グレインが姫とデートをすると言うから、服を貸してやっただけだ」

「そう。貴方がグレインを愚かな道化のように仕立てたのね?」

  

 そう言うとセンドは荒い呼吸で身を震わせながら、ゲントルを指さす。

「コイツがどうせなら愉快に見えたほうがいいと言ったのだ。俺は姫様に相応しくないと反対したのだが、コイツが無理やり」

「え……え~っ!? センド君こそ『大衆の前で赤面する姫が見られるぞ』とか言ってたじゃないか!」

「言っていないが? ゲントル貴様、脳みそまで筋肉になったのか?」

「あ~っ! 裏切り者ぉ~!」


 どうやらグレインはこの不敬共のおもちゃにされたらしい。

 やんややんやと言い合いをする二人を見下ろしていると、視線に気付いたセンドが、


「そう言えばグレイン。そろそろ昼食の時間だろう? 早く向かった方がいいのではないか?」

「……あぁ! そうだぜです! アイリ……姫サマの為に選んだ上品なメシ屋があるでごわす!」

 

 どうせおバカグレインのことだから、デートと言ってもろくなエスコートは無いと踏んでいたから、まさかレストランを押さえているとは思いもしなかった。

 服装やら話し方やら、彼の努力はものすごく斜め上の方向を向いてはいるけれど、私の為に色々考えてくれたのかと思った途端に可愛く見えてしまう。


 もう! 仕方ないわねぇ。

 

 私はコロリと上機嫌になって、お可愛い旦那に応える。

「それじゃあ行きましょう? 貴方が私の為に選んでくれたっていうお店に」


 道中、彼は変な言葉遣いを続けていたけれど、私は機嫌が良かった。

 後ろをコソコソとおバカ二人は尾けていることも不問にしてあげようとすら思えるほどに。


 軽い足取りでグレインの隣を歩いて数分。

「こちらでござんすだぜ!」 

 それなりに立派な面構えのレストランについた。 

 姫たる私に相応しいかと言えば高貴さがとっても足りないのだけれど、庶民が普段出入りするような場所でもない。

 まだなんの褒章も貰っていない彼が私の為を想って奮発してくれたのだと思うと、私はもっとルンルンになる。


「邪魔するぜぇ~!」

 賊の押し入りとでも勘違いされそうな挨拶をしながら入店するグレイン。

 なんて品と思慮の無さ。客達の顔もひどい強張りを見せている。

 でも可愛いなって思っちゃって、私は黙って彼の後をついていく。

 

 席が全て埋まっているように見えるけれど、奥に個室でもあるのでしょう。

 

 すると、血相を変えた店員が走ってきて、

「お、お客様? 当店に何用で?」

「何ってメシに決まってんだろうが? で? どこに座ればいいんだ? 」 

 男らしく振る舞う彼。

 こういうお店は黙っていても席に案内してくれるのよホント無知なんだから。


「ご予約は……?」

 引きつった笑いを浮かべる店員が言った。

「……ゴヨヤク?」

 満面の笑顔をしたグレインが言った。

 

 それから、長い沈黙が流れた。

 両者笑ったまま見つめ合う中、口を開いたのは近くの座席で食事をしていた身なりのいい男。

 

「ひ、姫様! よろしければこちらの席へどうぞ! 私めはもう食事を終えましたので!」 

 その男のテーブルを見ると、明らかに食事を始めたばかり。

 後方を振り返ると、店の外で慌てふためくセンドとゲントルの姿があった。

 

 ここで、私はグレインの犯した過ちに気付いた。

「グレイン……?」

 彼に向けて、精いっぱいの笑顔を作る。

 でもかなり引きつっていたと思う。


「よく分かんねえけど、腹減ってんだ。早くなんか作ってくれや」

「いえ、そう言われましても……」  

 

 男の声で私の存在に気付き、ざわつき始めた店内。

 事態に気付いていないただ一人を除いて。


「グレイン!」

 だから、バカな彼でも分かるように、大きな声を出す。

 無知丸出しの表情で振り返ったグレインに向け、私は怒声を放つ。


「カッコ悪い!!!」  

 

 私は彼の手を引いて早足で退店し、センドの胸倉を掴み上げ、

「グレインの家はどこ!?」

「……案内する」


 ひどく怯えたセンドとゲントル先導の元、私達はグレインの家に向かう。

 グレインは失敗したことは分かっているらしく、気落ちした様子だった。


 集合住宅の一室に駆け込んですぐ、グレインに水の魔法をぶちまける。

「な……っ!?」

 ぐしょ濡れで驚嘆する彼に私は真剣な眦を向けた。

 すると、彼は罰が悪そうに眼を背け、

「……悪かったよ」

「なにが?」

「その……上手くいかなかったから」


 グレインは落ち込んでいた。

 いつも無駄に漲らせていた自信はどこにも見当たらない。

 

「私は別に食事が出来なかったことを怒っているんじゃないの」

「じゃあ……なんだよ?」

「貴方がいつもと違うのがイヤなの」

 

 沈黙する彼に、言葉を続ける。

「私はね? いつもの貴方とデートがしたいの。無理して畏まってほしくなんかない」     

「でもよ……」

「でも?」


 グレインは伏し目がちにしたまま、

「お前に恥をかかせたくなかったんだよ」

 

 彼のあまりの傷心ぶりに、結果的に大恥をかいたことは飲み込む他なかった。

 彼は街中に出るとあって、身分の差を気にしたのだろう。

 それに、今日が旅立つ前の最後の日。

 彼なりに思うことがあって、見事に空回りをした。

 グレインの心情が手を取るように分かって、心がちくちくと痛む。

 

 彼の顔を無理やりこちらに向けて、目と目を合わせる。


「私をただの女にするじゃなかったの?」

          

 彼の目が揺れるのが分かった。


「普通のデートも出来ない貴方がどうやって、私を普通の女の子にしてくれるの?」


 グレインはぐっと抑え込むように俯いて、顔を上げる。       

 いつものグレインの、力を宿した眸だった。


「そう言われちゃあ仕方がねえ! 俺流のデートをテメエに食らわしてやんよ!」

「やれるものならやってみなさい?」

「上等だァ! 嫌になっても最後まで付き合えよォ?」

 

 怖い者知らずの、子供みたいな笑顔。

 乱暴な口調も、最近はなぜだか耳障りがいい。   

 

「イヤになったら普通に帰るけどね」

「え」

「ふふふ!冗談よ!」


 家の外で待たされて数分。

 彼はいつもの粗野な身なりに戻っていた。

「じゃあ行くか!」

「ええ」


 グレインと私。

 二人寄り添って、街を歩く。

 彼の歩幅が大きくて、私は少しだけ早足。

 でも、すぐに彼が振り返って、

「ほら?」

 手を差し出す。

 

 マメがたくさん出来た分厚い手。  

 毎日たくさん剣を振って、夜は私を抱きしめる手。

 今日は、私を普通の女の子にしてくれる手。


 手を繋いだ途端、実感が湧いた。

 これから、彼とのデートが始まるんだって。


 貴方が好きよ。グレイン。

 

 はにかむ横顔を見て、心の中で呟いた。        

 

     

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ