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33話 グレインという男 


 眠りから覚めたニョロの視界に入ったのは、覗き込むレイラの顔だった。

 彼女はニョロの回復に気付くや否や、


「で? 何を見たの? 何があったの? エンシャンティアの秘密は何だったの!?」

 と、ずいと顔を寄せて質問の雨を降らせる。


 ニョロは不機嫌そうに尻尾でレイラの顔を押しのけてから、上体を起こす。

 眠っていたのはレイラの寝室だった。

 窓の外は明るいが、しとしとと雨が降っていた。

 確か外で寝てしまったと思うが、ボックスが運んでくれたのだろうか、と老人の背中に想いを馳せる。


「ちょっと早く教えなさいよ!」

 顔面に押し付けられた尻尾をものともせず、好奇心を燃やすレイラ。

 しかしニョロには気になることがあった。


「なんでお前がここにいる? 継承式はどうした?」

 すると、レイラは退屈そうに顔を背けて、

「昨日ちゃあんと終わったわよ!貴族共におありがたい姫様スマイルを拝ませてやったわ!」


「昨日?」 

「そうよ! アンタが熱出して寝込んじゃうから、私の姫探偵魂はずっと待ちぼうけを食らってたってコト! 分かったら早く教えなさい!」


 体調を崩して一日以上も眠ってしまっていたらしく、確かに身体が重い。

 魔力の使い過ぎがおおよその原因だろう。


 ニョロは身体をほぐしつつ、思考に耽る。


 聖堂での出来事。アイリスの三つ目の記憶。

 それらから知り得た情報は、レイラが知りたがっている王家の秘密そのものだった。

 しかし、あまりに重大すぎる。

 

 エンシャンティア王家に受け継がれてきた紋章は『結界の祝福』ではなく、魔物を惹きつける『魔性の呪い』だった。


 おそらくこの話は、現王レイニアにさえ知らされていない。

 万が一外部に漏れれば、これまで姫に向けられてきた尊敬が敵意に変わるであろうことは想像に易い。

 真の結界の祝福者であるボックスによってその事実は隠蔽され、歴代の呪いの継承者達の穏やかな生活を守り抜いてきたのだ。


 王都エンシャンティアは、姫の結界によって民を守る街ではなく、たった一人の執事が民や魔物から姫を守る為の街だったのだ。

 

「レイラ、紋章を見せてくれ」

「え?……いいけど。はい」


 ニョロはレイラの右手甲に刻まれた人型の紋様に触れる。

 上手く隠してはいるが、僅かな魔力を感じる。


 祝福や呪いとやらには知識の無いニョロだが、こと魔法に関しては高い知識を持つ。

 ニョロは掴んだ糸を手繰り寄せるように、込められた魔法を紐解いていく。

 

 ものの数秒で、紋章の正体に辿り着く。

 ボックスが刻んだ紋章は、偽物――呪いでも祝福でもないただの魔法印だった。

 効果は、同じ紋様が他の者に刻まれた瞬間消える、というだけ。

 

 つまり、この紋様は「姫が『結界の祝福』を継承している」という嘘に対する辻褄合わせでしかなく、『魔性の呪い』はもう継承されていないということだ。

 ボックスから結界の祝福の継承方法について聞いた時、アイリスの死後アイリスの母が再継承したと言っていたことから、呪いが消滅した時期はおそらくそこ。

 結界から出たことで真実に気付いたアイリスが、何かをしたのだろう。

 

 そしてその何かは、いずれ見る彼女の記憶で知れる。


 いよいよ真実の解明が見えてきて、ニョロの尻尾は縦横無尽に跳ねまわる。

「ちょっと……ちょっとあぶないでしょ!?」

 レイラは頭を抱えながら怒声を飛ばすも、尻尾の主は未だ思考の中。 

 

 気がかりなのが、アイリスがした「何か」を思い出すことを、ボックスが恐れていたこと。

 アイリスの墓に骨が無かったことを考えると、自ずと分かってくる。

 

 アイリスは結界の外に出たのだろう。

 指の先を少しだけ出した、というのではなく、外に出て行った。

 

 凄惨な記憶であることは間違いない。

 そうなると、ヒメの精神が心配だ。

 ボックスも同じことを考えていたからこそ、あれほどまでに懇願したのだろう。


「ヒメ、起きているか?」

「ちょっとまずは私に教えなさいよ!」


 レイラの追及をものともせず、音無き声が聞こえるのを待つ。

 目覚めてから一言も発しないのを鑑みるに、幼心とてアイリスの行末を伺い知ったのだろう。


(……うん。起きてるよ)

 しばらくして、いつもの快活さが失せた声。

 ニョロは一つ息を吐いてから、


「ヒメは本当に、記憶を取り戻したいか?」


 短刀直入に問う。

 すると、言葉の意味を反芻するような間を置いて、ヒメが言う。


(ニョロちゃんはどうしたい?)


 ニョロの心は決まっていた。

 全てはじいじにアイリスを会わせる為。

 凄惨な記憶を見る必要があろうと、ヒメに泣かれようと、じいじに嫌われようと、その為ならなんだってする。

 だから、


「はぐらかすな。今は俺がお前に聞いている」

 強い言葉も使う。  

 

 ヒメはまた長い間を置いてから、答えた。

 

(どんなに辛くても、どんなに苦しくても、いまここにいる意味がきっとあると思うから、待ってる人がいると思うから、絶対に思い出さなきゃダメだと思う)


 まるで諭すような言い方だった。

 普段よりもずっと大人びて聞こえて、ニョロは少し面食らう。

 

 だが、これで心配事も失せた。

 ニョロは深く頷いてから、レイラを見据える。

  

「なに? やっと答える気になったのかしら!? いいわ! 早く教えなさい?」      

 レイラは餌を前にした子犬のように目を輝かせ、今にも飛びつきそうな様子。


「勇者について詳しく知る必要がある。詳しい人間を知らないか?」

「えっ……なに? ずうっと私をのけ者みたいにしておきながら……」

「頼む」


 不機嫌に眉を吊り上げたレイラに、頭を下げるニョロ。

 何やら言いたげに口元を震わせたレイラだが、頭を掻きながら、


「仕方ないわねぇ……! ちゃんと後で教えなさいよ!?」

 と、どうやら案内してくれるらしい。

 

 (お礼言わなきゃダメだよ?)     

「……ありがとうございます」 

 

 淡泊な感謝の言葉ではあった。

 だが、レイラは目を見開いた後、嬉しそうにニョロの頭を撫でた。

 

 レイラの向かった先は、城内の書庫だった。

(いっぱい本があるねぇ)

 高天井まで聳える本棚がずらりと並び、いわく国中の全ての書物が所蔵されているとか。

 

「本が見たいわけではないが」

 背の何倍も高い本棚を見上げながら、文句を垂れるニョロ。


「勇者のことを知りたい、っていうのはグレインのコトなんでしょ? だったら人に聞くよりも本よ!」   

 レイラはそう言って颯爽と奥へ奥へ進み、ニョロも遅れまいとついていく。 

 淀みない歩調で辿り着いた場所で、レイラは次々と本を手に取っていく。

 手持無沙汰なニョロも、字が読めないなりにと手の届く場所にある本を物色。


 すると、見覚えのある絵本があった。

 勇者グレインの冒険――グレインに似ても似つかぬ男が、魔王と九割の魔物を倒し、世界に平和をもたらした物語。

 数日前にレイラに読み聞かせてもらったばかりだから、パラパラと絵を見るだけでも内容が分かる。

 

 記憶の中で、アイリスはグレインのことばかり考えていた。

 自分が魔性の呪いを持つせいで彼が死んでしまう、と悲しみに暮れていた。

 そして、『勇気の祝福』はただ魔物を怖れなくなるだけの力だ、とも。

 

 しかし現代の歴史として残る勇者グレインは、魔王を倒したという。

 

 アイリスの記憶で見るグレインと、現在語られるグレイン。

 粗暴で大した力も持たないがアイリスのことを好いている男と、偉業を成し遂げた高潔な男。

 双方に乖離が大きすぎることが、ニョロの気がかりであった。


 アイリスについての情報が改ざんや秘匿されているのならば、婚約相手であるグレインもそのあおりを受けている可能性は高い。

 そう考えると、一つの仮説が見えてくる。


 ――勇者グレインの冒険は、真実を隠す為にボックスが造り上げた虚構の物語なのではないか?

 

 魔性の呪いが引き継がれていないことから、魔王が死んだことは事実だろう。

 しかしそこに至るまでの経緯が、ボックスにとって隠さなければいけない内容だった。

 グレインという取るに足らない蛮勇を救国の英雄に仕立てあげてまで。

 

 だから救国の歴史について詳しく調べたかったのだが、レイラは本棚と睨み合いの真っ最中。

「何か見つかったか?」

「いえ……。正直絵本より詳しく書いていそうなものは無いわね」

「そうか」


 やはり、グレインの情報についても秘匿されていると思われる。

 ニョロは尻尾で床を叩きながら、絵本を片手にレイラの周りを歩く。

 

「う~ん。遺品でもあったらいいんだけどねぇ」

「ないのか?」

「ええ。勇者グレインは魔王と相討ちだったんだから、魔王城まで取りに行かなきゃならないもの」

「グレインは魔王とほとんどの魔物を殺したのだろう? 大した手練れでなくても物拾いくらいは出来るようになっているはずだが、なぜしない?」

「全ての魔物が死んだわけじゃないから、かしらね? もう人の生活が魔物に脅かされることは無くなった。だからもう、わざわざ魔物に会いに行くような真似は誰もしたくないのよ」 

 

 レイラは本に目を通しながら淡々と答える。

 でも、ニョロはその解答に納得しなかった。


「であれば、なぜ魔王とグレインが相討ちだったことが知られている? グレインによって露払いが済んだ道すら歩けないようなお前達が、どうやって魔の巣窟たる魔王城での出来事を把握できたと言うのだ?」


 ニョロの言葉には、本人でも意識しない怒りが込められていた。

 レイラはそれを察してか、手に取った本を棚に返し、ニョロに視線を合わせるようにしゃがみこむ。


「なに怒ってるのよ?」

「怒ってなどいない。俺の質問に答えろ」

 

 レイラはため息まじりに「はいはい」と言いながら、しかし思考を巡らせているようで、答えが返ってくることはなかった。


「どうした? なぜ答えない?」

「いや……。確かにそうだ、って思ってるの。どうして相討ちになったことを知ったのか……」

「ボックスからは何も聞いていないのか?」

「聞いてないわ。私が教えられたのは、相討ちになった、という事実だけ」


 レイラの言葉を最後に二人は沈黙する。

 燦然と輝く魔王討伐の歴史に、僅かながらの不可解さが滲む。


 先に口を開いたのは、ぶつぶつと考察に耽っていたレイラの小さな呟き。


「勇者グレインは……生きていた……?」

  

  

     

     

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