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26話 決意の魔法

 

(目を覚ませ)


「………!」

 言葉が脳内に響いた、そんな気がした。

 ニョロは倦怠感に逆らって身体を起こし、状況の把握を試みる。

 

 ぼんやりと、何かを察知して梁の上に逃げた後、昏倒した覚えがあった。

 しかし、月明りは未だ石台を照らしているあたり、どうやら時間はそれほど経っていない。


(だいじょうぶ? おねむだったの?)


 ヒメの問いに、ニョロは反応を見せなかった。

 眼下に広がる光景に、意識を奪われていたのだ。

 

 石台の上で仰向けに倒れるレイラ。

 そして、その横に立つ黒いローブを被る謎の者。


 起き抜けのはずのニョロの脳内は何故か滑らかに思考に至るが、その正体に迫ることは出来なかった。


 黒ローブは梁の上からでは性別、体格などの一切が分からない。

 その上、人間かどうかすら、この状況にあって断定するわけにはいかない。


 突如として二人の意識を奪った魔法は、おそらく催眠の魔法。

 しかし、催眠魔法とは対象に触れることで効果を発揮し、徐々に眠りに誘う類のものであって、集団昏倒させるほどの規模感の魔法ではない。

 その上、昏倒寸前にも感じていたが、この催眠魔法は今この瞬間も、聖堂内の生物に作用し続けている。

 催眠魔法が、まるで空気のように充満しているのだ。


 ニョロが何故魔法の影響を受けていないのかは分からない。

 しかし、ただ一つ分かることとして、黒ローブの正体は


 ――規格外の魔法使いだ。


 ニョロの理性と本能が同時にこの場からの逃走を希求する。

 しかし、ニョロは歯を食いしばり、身体を震わせながら、その場に留まることを選んだ。

 

 それ以上に黒ローブの正体が記憶を紐解く手がかりになると、ニョロの勘が告げているのだ。


 とにかく、今すぐに動き出すのは危険すぎる。

 レイラに罪悪感を覚えつつも、ニョロはしばしの観察を決めた。


 黒ローブはレイラの右手を持ち上げると、手の甲に向けて手をかざす。

 

 「――!?」

 

 その後の光景は、ニョロの知りうる王家の根底を揺るがすものであった。

 

 だからこそ、ニョロの身体は強張り、尻尾が制御を失った。

 

 ゆえに、木を叩く鈍い音が、聖堂に降り注ぐ。

 

 「――!」

 ニョロは急いで尻尾を掴み、身を隠す。

 息を殺し、怯え始めた身体を制し、夜の空気に潜む。

 幸い擬態の魔法は継続中の為、暗い聖堂内ですぐさまバレることはない。


 ――そう思っていた。


 突如、下から飛び上がった光弾が天井に到達すると、強烈な光が爆ぜる。

 ニョロは咄嗟に尻尾を盾のように膨張させて防御を図るが、衝撃が来ない。


 照明魔法。

 一定時間光源となる光弾を射出する魔法である。

 その光は聖堂の暗闇を一掃するだけでなく、目に見えないものを明らかにする力があった。


 ニョロはあまりの眩さに視界を失い、それと共に攻撃魔法では無かったという安堵が身体の強張りを和らげる。

 それらが合わさった結果、細い足場にいたニョロは、足の置き場を誤った。


 「――!?」


 ニョロは姿勢を大きく崩し、中空に身をこぼす。

 咄嗟に伸ばした手は空を切り、すぐさま尻尾に切り替えて、梁に向けて延伸させる。


 が、緊張感がニョロに焦りを生む。

 目測を誤った尻尾は梁を掴み損ねてしまう。

 失敗に次ぐ失敗により、ニョロには選択肢が無くなった。

 

 ――着地するしかない。

 

 床が迫る中で身体を翻し、距離を測る。

 しかし、伸びた尻尾を収縮し、その上で充分な回転をさせるとなると、揚力を生む前に身体が床に叩きつけられてしまうと判断。

 即座に尻尾に魔力を送り、伸ばした尻尾を硬化させる。

 身体を捻り、尻尾をまるで大鞭のようにしならせて、床にめがけて叩きつけ。


 刹那、耳をつんざく強烈な打撃音が聖堂内を乱反射する。

 共にいくつかの長椅子が木片と成り果て、めくれあがった石のタイルが飛び散る。

 

 粉塵がみるみる視界を曇らせる中、ニョロは落下の衝撃を中和させる狙い通り、怪我なく着地に至っていた。

 ニョロはすぐさま聖堂の入口があったほうに尻尾を伸ばし、高速移動を図る。

 

 ニョロの想定では、尻尾の先端が聖堂外の地面に突き刺さるはずだった。

 

 だが、それは何かに阻まれた。

 視界が悪く、その「何か」の目視は出来ない。

 しかし、その感覚には覚えがあった。


 手触りも感触もなく、しかしそこに見えない壁があるかのような妙な感覚。

 かつてボックスの書斎に侵入しようと扉に触れた時の、あの感覚だ。

 

 それの意味することはつまり、聖堂は既に結界の中、ということである。


 ニョロは逃げ場を失った。

 謎の黒ローブと昏倒したままのレイラ。

 二人と共に、決して出られない結界の腹の中に閉じ込められたのだ。


 催眠魔法に照明魔法。

 黒ローブは明らかに聖堂に潜む者に対して強い警戒を持っている。

 警戒の理由は明らかに、先ほどの行動を見られないようにする為。

 

 ニョロは少しずつ、黒ローブの正体に近づきつつあった。

 近づきつつあったからこそ、ここから生きて出られないだろうという予想がついたのだ。

 

 だが、ニョロは泣かなかった。

 巻きあがった粉塵が落ち着きつつある中、黒ローブのいた方向に向き直る。


 恐怖を闘争心に、震える手を握り拳に。

 不安に揺れる尻尾を立てて、下がろうとする足を踏みしめて、四足獣の構えを取った。


 未だに本能は「逃げろ」と叫ぶ。 

 しかし、退路は無い。

 ニョロはそんな引け腰の本能に、発破をかける。


 ――今死ぬわけにはいかない。

 

 この身体にアイリスの魂を乗せて、じいじの元に帰すまで。


 ニョロは塵の先に見えた黒ローブめがけ、尻尾の先端を向ける。

 尻尾は徐々に赤い光りを帯び初め、先端は水風船のように膨張。

 

 膨張した尻尾の中身は、充填された魔力であった。

 

 先手必勝こそが、ニョロの戦いにおける信念である。

 初手で自分が出しうる最強の手札を用い、一挙優勢に持ち込む。

 だからこそ、この状況において選ぶのは、これまでであれば鋭利に硬化させた尻尾による刺突。

 

 しかし、クリンカーとの一戦、つまりは人間との初戦闘にて味わった苦々しい敗北の味は、死の恐怖としてニョロの精神に深々と刻み込まれていた。

 死の恐怖へと立ち向かうことを求められている今この瞬間、ニョロの本能は恐怖に打ち勝つべく、新たな境地へと至る。


 ニョロの四倍ほどに膨張した尻尾が赤き閃光を瞬いたと共に、圧縮された魔力を放出する。

 高圧によって凝集した魔力は刺突を超える推進力を持って粉塵を穿ち、地面を捲り上げていく。

 

 射出した魔力の総量は、ニョロが想定した「黒ローブを殺せる」想定に基づいた火力を担保したものである。

 実のところ、仮に着弾した場合のその火力は、黒ローブはおろか石造である聖堂の大半を消滅させるほどのものであった。

 ゆえに、黒ローブの背後で寝息を立てるレイラもろとも、消し炭と化してしまうところだった。

 

 しかし、幸いにもそうはならなかった。

 射出した魔力は、黒ローブの目前で止まっていたのだ。

 

 黒ローブによる迎撃で相殺されているのではない。

 ニョロがレイラのことを慮り、途中で魔法を取り消したわけでもない。

 

 まるで見えない壁に阻まれたように、しかし霧散も破裂もせず、ただ勢いを殺され、止まっているのだ。

 

 黒ローブを守り、ニョロの決意の一撃を阻むのは、


 ――結界である。


 この結界がある限りニョロの攻撃は一切黒ローブには届かない。

 ニョロはまたしても、先手の一撃をまるでいともたやすく攻略されてしまった。

 

 ニョロにはこれ以上の火力を出せる魔法は無い。

 そして、退路も無い。

 

 ニョロの決意は空しく、黒ローブへの敗北が決定的となる。

 

 魔力の放出を中止し、ニョロは呆然とした。

 だが、それは敗北を確信したからではない。

 

 ニョロの眸が見据えるは、射出した魔力が生み出した風が露わにした、黒ローブの素顔である。

 その素顔に、ニョロは身体中の血が沸き立つほどの、大きな衝撃を覚えた。


 「………なぜ、お前が結界を使っているのだ?」

 

 ニョロは、彼の幸せを願っていた。

 だからこそ、アイリスの記憶を紐解いて、身を引くことを決意した。


 「なぜお前が…… レイラの手の甲に紋章を刻んでいる……?」

 

 怖くて、悲しくて、逃げたくて。

 それでも頑張った。

 彼が本当の笑顔をアイリスに向けられるように。

 

 「なぜだ……!?」

 

 皺だらけの顔。

 乾燥した白髪。

 大きく削がれた両の耳。

  

 「答えろッ!



 ――ボックス!!」


 ニョロは生まれて初めて、怒りを叫んだ。

 

 じいじが隠していたことは、あまりにも大きかった。

 

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