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25話 聖堂


 継承の日前日。

 

 ニョロとレイラは朝食を終えた後、レイラの汚部屋――もとい書類が豊富な書斎にて作戦の最終確認を行う。

 

 「ニョロ、結構時間が空いちゃったから、改めて作戦を伝えるわ。ちゃんと頭に入れておくのよ! いいわね?」

 やる気をみなぎらせた様子のレイラに頷くと、今晩の作戦についての説明が始まった。

 

 まず、本作戦の目的は「『結界の祝福』の継承時に何が起きているのかを調べる」こと。

 結界の祝福は親から子――つまり今回に当てはめると当代の王であり姫であるレイニアから、レイニアの娘である次期姫レイラへ継承される。

 継承が発生するのはレイラが十六歳になる明日になった瞬間、つまり本日の深夜。

 王家に連綿と受け継がれてきた習わしとして、正しく祝福の継承が行われるよう神の力を借りる為、次期姫は継承の発生を「聖堂」で迎えることとなっている。

 

 しかし、「聖堂」は普段は全く利用されないばかりか結界に覆われていて出入りすら出来ない状態で保存されている。

 神に祈る、という習慣が一般的でないにも関わらず、なぜ継承の発生だけは「聖堂」で行う必要があるのか?

 そしてなぜ継承の日以外では結界で出入りを禁じているのか?

 そこにレイラが目をつけ、聖堂には何か秘密があるのでは?という疑問を持ったことが、本作戦の発端だ。

 

 その為、本作戦の内容を端的にいうと、レイラが祝福の継承を受ける前後で何が起こるのかを別の視点から観察する為、ニョロが「聖堂」に忍び込む、ということだ。

 聖堂は常時結界が張られているものの、次期姫が入堂する深夜とその前に侍女が清掃に入る夕方の二回だけ、継承の日に限り結界が解かれるとのこと。

 ニョロが忍び込むのは侍女の清掃時――つまり夕方から潜伏し、深夜に起こるであろう出来事を待つことになった。


 よって、ニョロが気をつけるべきは二点。

 入堂時に侍女にバレないことと、謎を見逃さないことである。


 細やかな作戦ではないことも、よりにもよって一番潜伏が得意な「透明の祝福者」であるレイラがその能力を振るえないことも惜しいが、ニョロとて記憶を紐解く手がかりになる可能性があるものであれば協力的なのだ。


 「こんな感じね? ちなみにニョロはどうやって聖堂に忍び込むつもりなの?」

 「これでどうだ?」

 そう言うと、途端にニョロの身体が書斎の景色に同化し、見えなくなった。

 

 擬態の魔法である。

 レイラの完全に視認不可である「透明」には及ばないが、この城の全体の空気感としてそもそも侵入者をあまり警戒していない節があり、ニョロは充分役割を果たせると考えている。

 伊達に長く森の魔物をやっていない、と得意気に尻尾を揺らしているのだが、残念ながらレイラには見えていない。

 

 「うん!これならいけそうね! あとはどこに隠れるか、なんだけど……」

 レイラが言い淀むのは無理も無い話なのだが、聖堂に入ったことが無いレイラに隠れ場所の目途は無い。

 ベテラン侍女やボックス、レイニアなど、かつて聖堂に入ったことがありそうな面々にそれとなく聞いてみる、という案もあった。

 しかし変に勘繰られてもいけないとした二人は、結局ぶっつけ本番の出たとこ勝負で隠れ場所を決めることにした。


 そしてある程度作戦の確認が終えたところで、レイラが疑問を口にする。


「ニョロ。貴方ちょっと雰囲気変わったわね?」

「変わっていないが」


 ニョロが無表情に否定すると、レイラは小首を傾げながら、

「いや、変わってない……ことはないわ。だって何というか、前のめりというか、えらく真剣というか、そんな感じがするのよね」


 黙ったままのニョロを一瞥して「まあ有難いことだけど」と納得した様子のレイラは、呼びにきた侍女に連れられて出て行った。


 書斎に一人残されたニョロは尻尾を伸ばしたりして時間をつぶす。

 聖堂に侵入するまでかなり時間があるものの、これといって今やるべきことも無い。

 行きたいところはあるものの、そこに行くわけにはいくまいと自己を律し、それゆえに時間がどうしても長く感じる。


 そんな中、ニョロは今後について――特にアイリスの記憶を紐解いた後のことを考えていた。

 

 なんとなく、ニョロには一つの確信があった。


 ――ヒメは既に蘇生している、ということだ。

 

 これまで魂なき身体を死体とし、寄る辺としてきたニョロにとって、寄生するヒメの身体はもはや死体とは呼べない。

 魂はあり、寄生時点で身体も生命活動を再開しているのだから、現状ヒメをヒメたらしめないのは一点――身体を操作する触手がそれを阻んでいるのだ。

 

 アイリスの記憶を紐解く、つまりはヒメとの約束を果たした時、おそらく寄生解除が出来るようになる。

 本来であれば、ヒメの身体は動く屍からただの屍となり、腐敗し始めてやがて土に還る。

 しかし、ヒメの魂がある現状、身体の操作権限を持っていたニョロが居なくなるだけなのだから、魂と身体の間を遮るものが無くなって、あるべき姿の生者に戻る。


 ヒメはアイリスとしてボックスの元へ帰り、ニョロは魔物としてどこかに隠れ、お互いかつての暮らしを再開するのだ。

 

 脳内から五月蠅い人間の少女が居なくなり、何にも縛られない生活に戻りたかった。

 寄生以来、ずっと待ち望んでいたことである。

 

 しかし、ニョロの表情は晴れない。


 知ってしまったのだ。

 羞恥も、恐怖も、温かさも、安心も、人間が持っている色鮮やかな感情を、全部。

 

 今はもう、あの森での生活の何に魅力に感じていたのか、一切分からない。

 脳内で慟哭が響くことよりも、ずっと怖いことのように、今は感じてしまう。


 でも、やらなけれなばならない。

 このままじゃいられない。


 だって、何事にも代えがたい、かけがえのない存在が、自分の居ない世界じゃないと幸せになれないから。

 

 ボックスへの想いが、今この瞬間も溢れてくる。

 すぐにでも書斎を飛び出して、彼の背中に飛び乗りたい。

 いつまでもいつまでも、彼の温かさに触れていたい。

 

 だからこそ、自分がここにいてはいけない。

 この感情はアイリスのもので、ボックスの感情を受けるのもまた、アイリスでないといけないからだ。


 「ヒメ」

(なあに?)


 「俺が絶対にお前をアイリスにしてやる」


 確かな決意を宿した言葉に、ヒメは小さく、


 (……うん)


 返事をした。



 ――――


 夕方になった。

 二人の侍女が聖堂へ立ち入るのを木々の影から視認したニョロは、擬態の魔法を使用。

 姿勢を低くしたまま聖堂内部に侵入する。

 

 聖堂の内部は城内よりも簡素で、古びたものだった。

 円形構造の奥にはおそらく神と思しき羽の生えた女の像があり、その前に人間一人が横になれる大きさの石台が置かれている。

 そこから放射状に木の長椅子が並べられているが、大きさと数からして一度に座れる人数は二十名、といったところ。

 壁の至るところ、そして石台の周囲には燭台があり、侍女はまずそれらに火を灯している。

 

 ニョロは侍女が背を向けている間に天井付近の梁に尻尾をかけると、ゆっくりと収縮させて梁の上で身を屈める。

 ここであれば、燭台の灯りも届かない上、下からの視線は身体の小さなニョロの身体を覆って余りある梁が防ぐ。


 細心の注意を払ったものの、やや木材の軋む音がしたが、どうやら侍女は気付いていないらしい。

 ニョロは侍女の準備を見下ろしながら、その時を待つ。


 夜になった。

 侍女は準備を終えたようで、燭台の火を消して回っていた。

 すると聖堂内部がめっきり暗くなり、窓から差し込む月明かりが埃のせいで良く見える。

 

 床付近はあまり見えないが、像と石台の辺りだけは月明りで白く照らされており、むき出しだった石台は白い布を被せられているように見えた。

 

 ――レイラが今夜滞在するのはあの石台の上か。


 今夜注視すべき箇所に辺りをつけたニョロは、固まった身体をほぐすと、梁に尻尾を括り付け、スルスルと伸ばしながら床に降り立つ。


 レイラから頼まれていたことの一つ――聖堂自体の調査である。

 夜目の魔法を使い、像や石台、椅子に燭台、床や壁に至るまで、隅々を注視して、魔法の気配や仕掛けの有無を探る。

 

 しかし、ニョロの確認した限りでは、こそ聖堂の不可思議な部分は何一つ見つけることが出来なかった。

 聖堂に日ごろから結界を張っている意図は不明ながら、どうやら建造物自体に秘密があるわけではないらしい。

 ニョロは梁の上に戻り、レイラの入堂を待つ。

 

 侍女が出てからかなりの時間が経った頃、ようやくレイラが入堂する。

 レイラは王族がいつも着ている華奢なドレスではなく、白い布を羽織っただけのような、簡素な出で立ちをしていた。

 レイラの後ろには現王レイニアと執事長ボックス。

 

 石台に腰かけたレイラに対し、いたく不安げな様子のレイニアが口を開く。

 「じゃあ明日になったらまた来るから、ちゃんと大人しくしてなさいよ?」


 「分かっておりますわお母様! 流石の私も今日という日がどれだけ大事な日なのか、心得ているつもりです! 継承に何かあってはいけませんもの! 一切!何も致しませんわ!」


 しきりに首を振ってアピールするレイラの様子はこれまでの素行と相まって、まるで「これから何かやらかしますよ」と言わんばかりであり、二人は大きなため息をつく。

 しかし、それ以上何か付け加えるでもなく、ボックスとレイニアは聖堂を後にした。


 「あー!まだ日を跨ぐまであと数刻はあるわねぇ! どうしようかしら!」


 二人が居なくなった頃合いを測っていたらしいレイラの、わざとらしい大声。

 これは、ニョロと事前に申し合わせていたことで、継承が起こるまでどれくらいの時間があるかを伝える意図、そして今なら出てきても問題無いという意図がある。


 「あら天井にいたのね。本当にその尻尾便利ね」

 ゆるゆると降りてくるニョロに気付いたレイラは、物欲しそうな目で呟いた。


 「お前が来るまでの間に一通り調べてみたが、魔法の痕跡は一切無かった。仕掛け、については見落としがあるかもしれないが、それも可能性は低いと思う」

 ニョロの報告に頷くと、レイラはしばし長考した後、

 「聖堂を常に結界で覆う理由は、秘密を隠す為、というよりは、それくらい神聖な場所であることを印象付けさせる意図があった……ということかしら? つまり聖堂自体に仕掛けがあるワケではなく、あくまで継承の日の持つ神秘性をより高める為の儀式的要素として、聖堂を選んだ……。姫を他の祝福者とは区別し、より神聖な……それこそ神に近しいものとして祭り上げる為の……」

 「考察は後だ。この後はどうする?」

 ブツブツと思考に耽るレイラをニョロが遮ると、ハッとしたレイラが作戦を語る。


 「とにかく何か無いか聖堂内をもう一度探してみましょう。まだ日を跨ぐまでの時間はあるし、それまでに粗方調べ終えて、二人で継承の日になる瞬間を……」

 

 まだ話の途中だった。

 

 それなのに、レイラが突然意識を失って、白目を剥いて倒れる。

 まるでそれは突如として現れた眠気に身体が抗えなかったような倒れ方であり、ニョロもまた、急速に遠のく意識を自覚した。

 

 ニョロはこの聖堂内に突如として魔力が充満している――つまり何らかの魔法攻撃を受けていることに気付く。


 ニョロは薄れゆく意識の中、防衛本能のままに尻尾を伸ばし、梁の上に飛び上がる。

 そして、意思に反して狭まる視界の先に、


 ――黒い影が入堂するのが見えた。


 

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