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22話 ビッグファミリー③


「ヒメ、何か思い出したか?」

 (んーん! なぁんにも!)

 昨晩の期待に反し、ヒメの記憶の蓋が開くことは無かった。

 

「ここはお前が一年前まで暮らしていた場所だぞ?ごく小さな気付きでも疑問でも、なんでもいい。何か無いのか?」

 (うーん。ドムドムさん達みぃんな大っきいなぁ、ってことくらいかな?)


 ヒメの反応からしても、ここで得た情報が記憶に触れることは僅かも無かったようだ。

 情報が足りないのか、もしくは他に記憶を紐解く為の条件があるのか。

 

 原因がなんにせよ、どうやらここにこれ以上いる理由は無いらしい。


「ヒメ。記憶は取り戻せなかったが、情報は粗方得たはずだ。よって当初の予定通り、城に戻ろうと思う」

 

 ニョロが言う当初の予定とは、出立前に構築した「ヒメの里帰り」計画のことである。

 当計画が起案されたのは、ヒメの正体がキャリー・ドムナーという名の村娘である、と毛無衛兵から聞かされた時点。

 その時、ニョロには一つの仮説が浮かんでいたのだ。


 ――ヒメとアイリスには肉体的連続性が無いのではないか?


 死んだはずの身体にヒメの精神が残存し意思の疎通が出来た、ということから、ニョロは魂という目に見えぬ存在を知覚していた。

 ゆえに、アイリス自体は既に死亡しているものの、何らかの要因によって魂のみをただの村娘であるキャリーに移した、という仮説が現実味を帯びたのだ。

 

 だからこそ、キャリー・ドムナーの生家を訪れるということは、ヒメとアイリスの肉体的連続性の有無を知る良い機会。

 そうニョロは考えた。

 

 ニョロの「ヒメの里帰り」計画は、以下の二層構造である。

 

 ①ヒメがドムナー夫妻の実子で無かった場合――情報を出来るだけ吸い上げ、継承の日までに帰る。

 ②ヒメがドムナー夫妻の実子であった場合――目標達成の為寄生解除、もしくはやむを得ず長期滞在。

 

 ①については、拠点を必要としたヒメが短期的滞在をしていただけだったと考えられる為、有益な情報を得られる可能性は低い。

 よって、ある程度情報を集め終えたと判断した時点で城に戻り、目下最大の手がかりが得られるはずの継承の日以降に備える。

 

 ②についてはアイリスの記憶云々に関わらず、ヒメの「家に帰りたい」という願いを叶えた形となる為、ニョロを縛る何らかの魔法的作用が無くなり、寄生解除が可能になるのでは、というニョロの希望的観測である。

 ヒメがアイリスの記憶に執着していることからその可能性は低いと考えていたが、ヒメがアイリスの精神を宿しただけの村娘であることが確定する為、状況によってはヒメやその両親の感情を勘案し、長期滞在もやむを得ないと考えていた。

 

 そして、一日滞在した結果が①――ヒメはドムナー夫妻の実子ではなく、記憶を見るほどの情報は得られなかった。

 よって、継承の日に備える為、城に帰る決断をした、というわけである。

 

 記憶の追体験が起こらず、その上ひそかな望みであった寄生解除も出来ない。

 にもかかわらず、ニョロの尻尾はゴキゲンに揺れている。


 (うん。わかったー。でも……)

 ヒメの了承も得た、ということで早速ドムナー夫妻に話をしようと立ち上がったニョロだが、ヒメの言葉に続きがあることに気付き立ち止まる。

 

 「どうした? 何かあったか?」

 (かえる時はね? ドムドムさんたちにちゃあんと「ありがとう」っていうんだよ?)

 「礼を言え、ということか。承知した」

 (かんしゃする……みたいなのじゃダメだよ? ちゃあんと「お世話になりました。ありがとうございました」って言うの! わかった?)

 

 「……承知した」

 諭すような口調でやたらと念を押すヒメを疑問に思いつつも、ニョロは居間に向かう。

 すると、ちょうどドムナー一家勢ぞろいで、食卓に料理を並べていたところだった。

 

 「あらおはよう! お寝坊さんなのは相変わらずだねぇ。 ねえお父さん?」

 「おはようキャリーちゃん。今日も小さくて可愛いねぇ。ねえお母さん?」

 「おはぅよぃいいん!! ぃん妹よぅ! 良いぁ朝っでゅわぁねぇい!!」

 

 相も変わらずドムナー夫妻は仲が良さそうで、コドムナーは舞っている。

 ニョロは早速話を切り出そう、としていたのだが、面と向かうと言葉が出なくなる。

 一年前にヒメが世話になったという情報と、昨日の恩。

 たったそれだけのことが、人との繋がりを覚えたニョロを躊躇わせていた。

 

 尻尾を悩まし気に動かしてはピンと立て、言葉を出そうとする。

 だが、もう少し後のほうが良いのではないか? 食事中の方が言いやすいのではないか?などという考えが脳裏に浮かび、また尻尾を泳がせる。

 

 そんなニョロを小首を傾げて眺めていた父ドムナーは、母ドムナーに何やら目配せをした後、

 「もう行くのかい?」

 と、穏やかに尋ねた。

 

 あちらからの思わぬ切り出しに面食らったニョロは尻尾を立てると、しばらく俯いて小さく頷く。

 

 「ぅえン!? んもすぃかしぃて……どくぉかにぃ、いっちゃうんのん?ん?」

 「まあ、来てからずっと心ここにあらず、って様子だったもの。覚悟はしてたけど、やっぱり寂しいねぇ。ねえお父さん?」

 「そうだねぇお母さん。でも、顔を見せに来てくれただけでもいいじゃないか。ウチにはまだ小さい息子もいるんだから、寂しい、なんて言ってられないよぅ」

 「んうぃん!? おぅ父ぅいんさぁんもおん母すぅいーんも、子どぅもぅ扱ぇいはぁん、やんめぇておぅくれぃよん!もう僕んはぁ〜三百ん歳をぅをぅ〜!超んえてぇいるのにぃ〜!」

 コドムナーはともかく、ドムナー夫妻は勘づいていたらしいが、それでも表情には憂いを落とす。

 

 ニョロはそこに罪悪感を覚えながらも、ぎゅっと服の裾を握りしめて、言葉を絞り出す。


 「……お、お世話になりました。ありがとう、ござい……ました」

 眸がやや揺れた、しかし相変わらずの無表情。それでも、感謝の意が伝わるように、ニョロは今出来る限りの気持ちを込めた。

 

 (よくできました!)

 ヒメのお墨付きを得たからか、それとも安堵からか、ニョロの尻尾はだらりと垂れる。

 

「さぁ朝ごはん食べましょうか! 途中でお腹が空いちゃわないように、しっかり食べるのよぉ~」

 母ドムナーが手を叩くと、ニョロはキャリーと書かれた背の高い椅子に飛び乗って、山盛りの朝ごはんに対峙した。

 

「えっ!? 聞いてねぇんだが!?」

 食事の途中、遅れて起きてきたクリンカーがニョロの決断に驚愕する。

「今初めて言ったからな。お前の許可は必要ない」

「なんだよテメエその態度はよぉ~!あぁ~ん!?」

 クリンカーは自分を一瞥もせずに吐き捨てたニョロに睨みを利かせるが、ニョロは黙々とごはんに向き合う。

 すると、諦めた様子のクリンカーが、

「テメエに聞きたいことがある。馬車を呼んであるから乗ってけよ」

「結構だ。飛んだほうが速い上、今のお前には『はむふれっど』が無い」

 ニョロは利益の無い提案に首を振る。

「ダメだ。悪いことは言わねえから、俺の言うことを聞いておけ」

 クリンカーの言葉には何やら含みを感じたため、

「承知した」

 そのワケの確認も兼ねて、同乗を決めた。

 

 ドムナー家での最後の食事を終え、昼前になると馬車が到着。

 昨日と同じ御者だったことから、この村に滞在していたらしい。

 

 「またいつでも遊びに来てね。キャリーちゃんならいつでも歓迎よぉ。ねえお父さん?」

 「この家はキャリーちゃんの家でもあるからねぇ。ねえお父さん?」

 「まとぁあねぇい! ンわぁが妹ぅんよ~! ピエぇいロぅになぁるとぅきはぁん! れんらぁくんんをぉう、くれへへい!」

 

 「また来る」

 ドムナー達の別れの言葉に、一言だけ答えたニョロ。

 

 すると、父ドムナーがニョロを抱え上げ、

 「僕たち巨人族はねぇ? 親愛の証としてこうするんだ」

 ニョロの頬に大きな頬を合わせる。

 母ドムナーもそこに加わり、ニョロは大きな二人の頬に挟まれた。

 

 ニョロはなんだかむず痒いような、お腹が温かいような心地がして、なんとなく二人にもそれが分かって欲しくて、二人の頭を尻尾で撫でてみた。

 

 二人はニョロを優しく降ろすと、大きな手を小さく振りながら、

 「「いってらっしゃいキャリーちゃん」」  

 満点の笑顔で、声を合わせる。

 

 ニョロは少し顔を赤らめながら、それに応えた。

 

 「いってきます」

 

 馬車に乗り込むと、すぐに馬車が走り出す。

 手を振るドムナー達に小さく手を振り返すと、また大きく手を振り返してくるものだから、ニョロは少し困りながら、それでも手を振り返した。

 

 しばらくそれを繰り返して、ニョロはようやく席についた。

 

 

「頑張ってね。最後まで」

 

 カインドは優しい言葉で、次第に遠くなる背中を押す。

 ニョロの耳に届けるつもりの無い、しかし誰かに届けようとした、そんな言葉である。

 

 

「なぁ、ホントに良かったのかよ?」

 村を出てから少し走り、平野に出た辺りで、クリンカーが恨めし気に尋ねる。

「あぁ。俺には城に戻ってやるべきことがあるからな」

ニョロが答えると、クリンカーは「はっ。そうかよ」と乾いた笑いを飛ばす。

 

「そういえば、お前は聞きたいことがある、と言っていたな? 早く聞け。その為に馬車に乗ってやったのだ」

 飛んだほうが速いのに、という思いが相手に伝わるように、ニョロはパタパタと尻尾を揺らす。

 

 するとクリンカーは後方を見つめたまま、

「その城でやりたいことっつうのは何だ? 姫様がどうのこうのって奴か?」

 表情は見えないが、どうせバカにされるのだろう、と考えたニョロは、

「お前には教えない」

 と答える。


 「いいから教えろって。笑わねぇからよぅ」

 クリンカーは後ろを向いたまま、機嫌の良さそうな声色でニョロに求める。

 こいつなりに協力したこともあって興味があるのだろう、とニョロは答えてやることにした。

「その通りだ。詳しくは教えないが」 

「おいおい、いいじゃんちょっとくれぇよ~。俺とテメエの仲じゃねえか」 

 アイリスの名前を出すことはボックスが秘密にしていることからして口の軽そうな衛兵には言えない。

 しかし食い下がるクリンカーに、不快感を覚える。


「お前と仲良くなったつもりはない。よってお前には教えない」

「……そうかよ」

 そう言ったクリンカーはようやく諦めたように見えた。

 

 しかし、そうではなかった。


「止めろ」

 御者に声を掛けたクリンカーが、ニョロの目を見据える。

「質問を変える。なんでお前から――」   

 その表情は、彼がこれまでに見せていた眉間に皺を寄せた顔でも、不良衛兵らしい笑顔でもなく、


「魔物の匂いがしてんだよ?」


 憎悪を湛えた無表情だ。


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