21話 ビッグファミリー②
目を覚ましたニョロの眸が最初に捉えたのは、
「ОH……起きたぅみてぁ~い!」
知らないドムナーであった。
ニョロの回復を見届けた新ドムナーはそのたわわな肉体を揺らしながら、
「お父ぅせぁ~ん!おっ母ぇあしぃ~ん!」
ドムナー夫妻の元へ報告に向かう。
気を失ったニョロはソファで寝かされていた。
ソファ、といっても城にあったような革張りではなく、木の長椅子に動物の毛皮を何重にも張り付けたような簡素な造り。
しかしニョロを十人は敷き詰めてもはみ出さないほどの大きさである。
見渡してみるとテーブルや椅子、棚があり、ニョロがいるのは誰かの家の居間であった。
部屋は他に二つあり、一つが厨房、もう一つが寝室に見える。
しかし、誰の家か、というのは一目瞭然。全ての家財がやたらと大きく、確実に大柄なドムナー夫妻の家である。
外から見た限り中はそれなりに広いはずだったのだが、大きな家財によって外観ほど空間的余裕はなく、小さな家をそのまま拡大したような、そしてまるでニョロが小人になったような、そんな妙な感覚を覚える空間である。
そんなことはさておき、身体を起こして窓の外を見ると真っ暗になっていた。
どうやらかなりの時間眠っていたらしい。
(だいじょうぶ? どこかいたいの?)
「身体はどこも問題ないが、情報の整理が必要だ」
「なぁ~にか、言ったくぁ~い!? いもうとよぅ!?」
丸々太った大きな身体を執拗にクネらせながら、執拗にクネらせた言葉遣いをするのは新ドムナーである。
ニョロを妹、と呼称したことから、これはドムナー夫妻の息子――子ドムナーのようだ。
(あっはははは!)
ヒメは気に入っているようだが、ニョロはそこまでではない。
「子ドムナーよ、ピエロになるために村を出た、と聞いたが?」
「うんうんうん! それがさぁ~あ? 聞いてくれぇるん?ん? 」
舞を踊りながら近づいてきた子ドムナーは執拗に頷きながら問いを返してきた為、ニョロは早速質問を後悔した。
(あはははははははは!! ……ごほっ!ゔぅ)
「いや、やめておこう」
もはや苦しそうなヒメのこともあり会話の中断を図るが、子ドムナーの舞は止まらない。
「ピエぃロぉうになぅるにはさぁ~あ? 十ねぇんはかかるぅて言われちゃたぁ~のね? だかぁら、やめったぁあぁあのぅ!」
(ぐふふふふふ!!!)
「そうか」
ニョロが子ドムナーに苦戦を強いられていた頃、隣の部屋からフライパン片手の母ドムナーが顔を出して、
「キャリーちゃん起きたのねぇ。良かったわぁ。ごはんもうすぐできるからゆっくりしててねぇ」
と言うと、また隣の部屋に戻っていった。
隣の部屋は厨房らしく、ニョロの位置から見える限りでは全ての調理器具が大きかった。
母ドムナーが持っていたフライパンに至っては、ニョロをそのまま炒められるほどの大きさである。
「おママぁしぃぁ~ん! 手伝ぅんよぉ~!」
「あらぁ。ありがとうねぇコドムナー」
子ドムナーの名前はコドムナーらしい、という新情報はさておき、子ドムナーが去ったことでニョロに考える時間が生まれた。
ドムナー夫妻との会話で得た留意すべき情報は大きく分けて三つ。
一つ目がキャリーが失踪前に言っていたらしい「俺には帰るところがある」という言葉。
その後向かった場所がニョロの住む森だったという点から考えて、キャリーが目指していた場所が王都ではない可能性が浮上した。
しかし、これに関しては優先度が低い謎だ。まずアイリスが何故ヒメ、ないしキャリーになったのか、の方が重要であり、キャリーの道程の終盤の出来事については今吟味しても仕方が無いことだ。
よって本件に関する思考は保留。
二つ目。失踪前のキャリーが、ニョロが操作する現在と同じ喋り方をしていた、ということ。
まさしく同一なのか、という点はドムナー夫妻の感覚によるものであって懐疑的だが、一人称が「俺」だったことと併せ、ヒメやアイリスとはかけ離れた印象である。
可能性は低いが、現在の状況と同じように、ヒメの身体を何者かが操作していた、と考えると一応の合点はいく。
しかし本件についても、まずはアイリスの謎を解いてからだ。
三つ目。失踪前のキャリーには祝福紋があった、ということだ。紋様や箇所については後ほどドムナー夫妻から聴取するとしても、現時点で考え得る限りではアイリスが持っていたという「吸収の祝福」である可能性が高い。
しかし、母ドムナーが祝福紋が無くなった理由として「役目を終えたのかしら」と言っていたことが気がかりである。祝福の力には何らかの役目が与えられていて、それを達成すると消滅する、ということだろうか。
そうなると「吸収の祝福」の役目とは一体なんだったのか。
その確認が出来れば大きな手掛かりとして、記憶の蓋が開くきっかけとなり得る。
ニョロは検討の結果、まず祝福紋に関する内容の調査に絞ることに決めた。
複数の手がかりを並行的に思考するのは非合理的、という判断である。
「おっ、起きたかよ! 」
ニョロの六倍ほどの大きさの玄関扉が開いた先に、獣を肩に抱えたクリンカーがいた。
クリンカーはそのまま獣を厨房に運ぶと「あんりがぁっとぅねぇ〜い!」とコドムナーの声。
戻ってきてニョロの横にドカリと座ると、汗の匂いが漂ってきた。
(くちゃーい!)
「離れてくれ。臭い」
「なっ!?テメェせっかく心配して残ってやってんのに、何だぁその言い方はよぉ? 」
早くも不機嫌そうに眉間に皺を寄せたクリンカーだが、すぐさま笑顔を取り戻したことからして、何やら機嫌が良いらしい。
「なにか良い事でもあったのか?」
「まぁちょっとな。テメェには教えてやらねぇがな!」
ニョロの問いに少し遠い目をしたと思えば、舌を出して煽り出すクリンカー。不快である。
「別に知りたくないが」
「そうかよ!じゃあ聞くんじゃねぇ」
そう言うクリンカーはやはり上機嫌である一方、ニョロは不快感に尻尾を揺らした。
その後、山のように盛られた大量の料理を一時間足らずで平らげた五人。
とはいえニョロとクリンカーは殆ど貢献せず、ドムナー一家がその大半を胃袋の中に仕舞い込んだ。
ニョロがパンパンになった腹をさすりながらソファでくつろいでいると、ドムナー夫妻が山盛りの茶菓子を持ってきた。食後のティータイムとのこと。
クリンカーとコドムナーは食後の運動に出かけた為邪魔者もいない。ニョロの聞き込み開始である。
「この身体にあった祝福紋について教えてくれ」
ドムナー夫妻は時折頭を捻りながら、覚えている事をニョロに伝えた。
要約すると、祝福紋は「左右を指した看板」のような見た目。
力の内容は聞かされていない。
場所はうなじだったとのことで、ニョロの発見時ヒメは仰向けに倒れていた為、その時点で祝福紋があったのかは未確認である。
ニョロの考察通り、祝福には与えられた役割があり、それを終えると紋様とともに力も失うそうだ。
ヒメの身体にかつて刻まれていた祝福が「吸収」だったのかは分からなかったものの、それが何からの役割を果たしたということが分かっただけでも収穫である。
ニョロは大きな手応えを得た。
ドムナー家に来てから得た情報はニョロの考察を混乱させるものばかりではあったが、確実にヒメの正体に近づいたことは間違いない。
その上、ここはかつてヒメがキャリーとして暮らした場所であり、これまでの経験になぞらえると、今晩眠れば
――記憶を見る。
よって、今日の考察はここまで。続きは明日、記憶から覚めた後である。
ニョロがコギゲンに尻尾を揺らしていると、
「おいガキンチョ!テメェも来いよ!この村バカばっかりで面白ぇぞ!」
玄関から顔を覗かせたクリンカーが、ゴキゲンな顔で手招いている。
「いってらっしゃいキャリーちゃん。ねぇお父さん?」
「そうだねぇお母さん。お風呂を沸かしておくから、たくさん遊んでくるといいよぉ。この村は夜でも安全さぁ」
穏やかな二人に背中を押され、何故か踊り狂う村人達の輪に入る。ニョロは終始無表情ではあったが、その尻尾はまさしく踊っていた。
翌日になった。
寝室に敷かれた巨大な敷布団の一角で目を覚ましたニョロは、朝一番の発声として、胸中に抱いた疑問を呟く。
「何故、記憶を見ない?」
ニョロは昨日、大量の手がかりを得た。それこそあまりの情報量に失神するほど。
その上、かつて過ごしたドムナー家で眠った。旧「勇者と姫の寝室」であるレイラの寝室で眠った時と同じく、ヒメに縁ある場所のはずだ。
それなのに、ただぐっすりと、眠ってしまったのである。




