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20話 ビッグファミリー


 「……これは良いことなのよ。絶対にそう!」

 

 衛兵の訪問があった翌日、ヒメ――もといキャリー・ドムナーの生家があるペイシャン村に帰ることになったニョロは、城の玄関前で見送りを受けていた。


 「じゃあね。ニョ……キャリー。いつでも遊びにきなさいね」

 

 口惜し気なレイラや久々に見た侍女メルダ、ピエロ達に見送られながら、ニョロは小さな歩幅で城門に向かう。

 (じいじ、いなかったね)

 ヒメの言う通り、ボックスは見送りに現れなかった。

 「ボックスはこの身体をアイリスと考えていたことは間違いない。何かしら思うことがあるのだろう」

 (そっかぁ。さみしいね……)


 おそらく、此度の急展開はボックスの仕業だ。

 城でニョロを預かる間、衛兵にヒメの正体を探させていたのだろう。

 結界の祝福の継承、という時間制限があったボックスにとって、これこそが最大の狙いだった、というわけだ。

 

 ニョロはアイリスが何故行方不明になったのか、どうしてヒメになったのか、という部分ばかりに気を取られていた為、ヒメの姿になってから森で餓死するまでの動向に関してはもはや考えていなかった。

 しかし、その間にも当然生活はあり、ヒメになったアイリスはどこかで暮らしていたのだ。

 森で餓死した、ということから考えて、ヒメに自活する力は無かったはず。

 だからこそ、彼女は生きる為に人の手を借りることができる拠点が必要だった。

 

 そこがペイシャン村――キャリー・ドムナーとして生活していた場所。


 「よぉガキンチョ~! 元気そうじゃねえかよ!」

 (あれは……キライなひと一号!!)

 城門の下に辿り着くと、小汚不良衛兵ことクリンカーが手をあげていた。

 馬車の荷台にもたれていることからして、どうやら彼が同行するようだ。

 

 「ガキンチョじゃないが。だが元気か、といえば確かに身体に不備は無いため元気と言って差し支えない」

 「はっ! あいっかわらずウゼえ喋り方してんなぁ~おい!」

 ニョロの不愛想でくどい言い回しに早速不機嫌に吐き捨てるクリンカー。

 しかしニョロとてご機嫌斜め。 

 「うざくないが。そういうことを言うからお前は仲間外れにされるのだ」

 「仲間外れじゃねーし!?」

 「いや、お前は仲間外れだ。お前を取り巻く全てがそう物語っている。例えば」

 思わぬ指摘に声を上ずらせたクリンカーに容赦なく具体的な追撃を食らわそうとしたニョロだったが、

 「あ~もううっせえうっせえ! 乗せてやるからバンザイしろ!」

 「ばんざい」

 「よっこいしょ!」

 声を荒げて遮ったクリンカーに抱えられ、馬車に搭乗完了。

 「出してくれや!」

 軽やかに飛び乗ったクリンカーが御者に声を掛けると、ムチを入れられた馬が駆け出した。


 馬車の旅が始まって数分、邪悪な笑みを浮かべたクリンカーが話し始める。

 「そういや聞いたぜ? バレるわガラス割るわで大変だったみたいじゃねえか! 俺も見たかったぜ!」

 「結果的に城に潜入することは出来たが、城に入ってすぐにボックスに気付かれてしまった。おそらく待ち伏せされていたのだ」

 「ぎゃははは!まあそうだろうよ! あのジジイは昔っから目聡いからなぁ!」

 大笑いする性悪衛兵に気を害したニョロは、尻尾で顔を押しながら、

 「その言い方だと、ボックスに気付かれる前提だったように聞こえるが」

 と疑ってかかるが、当の本人は舌を出して変な顔である。

 (この人キラーイ!!)

 ヒメと全くもって同感のニョロは馬車から突き落としてやろうか、とさえ考えたが、城の調査が出来たのはこの男の助力によるところが大きい。

 どうにか寸前で思いとどまったニョロであった。

 

 

 王都からペイシャン村までの道程は、馬車に揺られて半日ほどである。

 その間、クリンカーや御者から色々な話を聞いた。

 魔物が居なくなったため結界の外でも危険が少なくなり、ここ二百年ほどでかなりの数の村や街が出来たらしく、目的地であるペイシャン村もそのうちの一つだそうだ。

 王都周辺は平地ということもあり村々への道のりはそれほど苦労するものでは無く、整備された道は多くの荷馬車が行き交っている。

 

 とはいえ飛んだ方が速いのでは、と思わずにはいられないニョロだが、クリンカーが「はむふれっど」をちらつかせたことで大人しく馬車に揺られることにした。

 道中一度も大きな問題は起こらず、小さな問題もクリンカーの帰り道用だった「はむふれっど」を誰かが食べ尽くしたことくらいであり、順調なまま目的地に到着した。


 ――ペイシャン村

 王都エンシャンティアの南にある山林の麓に位置する、人口百五十名ほどの村である。

 王都から移住してきた者達が林業を中心として生活しているそうで、材木加工の作業場以外にも小規模な田畑や畜舎が見受けられる。

 

 村全体がなだらかな登り坂になっており、クリンカーに連れられて奥へ歩くと、他と比べてやや大きめな民家が見えてきた。

 さらに少し歩いたところで、クリンカーが前方を指し示す。

 「あのおっさんとおばさんがお前の親だ」

 クリンカーの視線を辿ると、そこにはこちらに手を振る、それはそれは大柄な男女がいた。


 「いやぁ急にいなくなったもんだから、本当に心配したんだよぉ?……でも尻尾なんて生えてたかなぁ?お母さん?」

 男の名前はウィーク・ドムナー。

 丸々と太った特別に大柄の男だが、下がり眉がいかにも気の弱そうな、この村の村長であり、キャリーの父親だ。


 「元気そうで良かったわぁ。お腹空いてないかずうっと心配だったからねぇ。……でも尻尾なんて生えてたかしら?お父さん?」

 女の名前はカインド・ドムナー。

 丸々と太った特別に大柄の女だが、下がり眉がいかにも優し気な、村長の配偶者であり、キャリーの母親だ。


 両親とヒナ、二人の容姿を比べてニョロが感じたこととしては、


 ――血の繋がりは無いだろう


 ということだった。

 ドムナー夫妻の髪も目も茶色であり、王都に大勢いた色合いであることからして一般的な血筋であると見受けられる。

 一方ヒナの髪と眸は赤色、目鼻立ちなどを比較してもヒナとは似ても似つかない。

 

 その上、最大の違いは、その身体の大きさである。

 人間の中では平均以上とみえるクリンカーの二倍ほどの体長、三倍ほどの体幅。

 

 どこをどう見ても、ヒメがこの二人から産まれたとは到底思えない。


 「聞いちゃいるとは思うが、こいつ……キャリーは記憶を失っちまってるから、尻尾とか話し方とかは気にしねえでやってくれや」

 クリンカーがドムナー夫妻に引き渡しを始めるが、ニョロはそこに割って入り、

 「ドムナーよ。俺はお前らの生殖によって産まれたのか?」

 と、平然と生々しい質問を投げる。

 

 当然顔を歪める三人であったが、母ドムナー、それに少し遅れて父ドムナーが微笑みを取り戻す。

 「いいえ。あなたは大体一年前?くらいにこの村に来たのよ。住むところが無いから住まわせてほしいって。ねえお父さん?」

 「うんお母さん。ちょうど息子がピエロになりたいって家を飛び出した後だったから、ボク達の家で暮らしてもらうことにしたんだよぉ」

 

 ドムナー夫妻に詳しい話を聞いたところ、ニョロと出会うまでのヒメの足取りが見えてきた。

 ヒメは一年ほど前にこの村に突然現れ、キャリーを名乗りドムナー夫妻の家を拠点にする。

 ヒメは自分のことを語ることはなく、配慮したドムナー夫妻はそれについて聞くことも無かったそうだ。

 その後、約一か月前までここで生活をしたところで突如失踪した、ということらしい。

 

 「俺が出ていく前に何かおかしなことや、残した物、言葉はあったか?」

 ニョロの質問に対し、二人はじっくりねっとりと悩まし気な声を上げた後、

 「そういえばお母さん。いつだったか、お風呂で何か言ってた、って話してなかったかい?」

 「あらそうだったわぁお父さん! キャリーちゃんは、えっと確か……『俺には帰るところがある』って」

 

 おおらかに驚いてみせた母ドムナーから、わずかだが手がかりを得たニョロ。

 ふた月前ということは、まさに失踪の直前。

 発言の時期、内容的にみて、ヒメが森に入ったのはどこかに「帰る」為だったと考えられる。

 

 しかし、そうなると疑問が残る。

 ヒメ=アイリスとする場合、帰る場所とはペイシャン村から北に少し歩けば自ずと視界に入るであろうエンシャンティア城のはず。

 だが、実際にヒメが向かったのは西の遥か遠くにある森。

 迷った末に辿り着いた、とは到底考えられない位置関係。

 

 つまり、記憶を失う直前のヒメが帰ろうとしていた場所は、エンシャンティア城ではない、ということになるが……。


 手がかりを得たことで更に複雑化したヒメの道程に思考を巡らせるニョロだが、母ドムナーの言葉の違和感に気付いた。


 「母ドムナー、もう一度、キャリーの言葉を言ってくれるか?」

 「えっ、もちろんいいわよ。『俺には帰るところがある』って言ってたの」

 

 違和感の正体。それは、


 ――自分を「俺」と呼んでいることだ。


 ヒメは自分のことを「私」と呼んでいる。記憶の中のアイリスも「私」。

 しかし、記憶を失う前のヒメは「俺」だった。


 「もう一度聞く。本当にキャリーは『俺』と言っていたのか? 聞き違いの可能性は?」

 「それは無いわよぉ。 一年近く一緒に暮らしていたけれど、ずっと今の貴方と同じ喋り方だったわよ?ねえお父さん?」

 「あぁそうだったねぇ。だから君が話し始めた時はてっきり記憶なんて失っていないんじゃないか、と思ってしまったぐらいだよ。ねえお母さん?」

 

 ――喋り方まで同じだと?

 

 ニョロは夫妻の言葉をそのまま鵜呑みにすることは出来なかった。

 あまりにも不自然すぎる。

 

 まるで、ヒメとアイリスの間に「もう一つの人格」が存在していたかのようである。

 

 ヒメの謎を解く為の大きな手がかりであることには変わりない。

 しかし、一方でヒメ=アイリスという推論に対しては邪魔でしかない情報であり、謎は深まるばかり。


 「あら大丈夫?」

 あまりにも煩雑化した思考に立ち眩みを覚えたニョロを母ドムナーが手のひらで支える。

 が、ここで更に、ニョロのうなじを見た母ドムナーが新たな情報を口走る。


 「あらぁ。キャリーちゃんの祝福紋、無くなっちゃったのねぇ。役目を終えたのかしら?」


 この新情報が決定打となり、ニョロは失神した。

 

 

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