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18話 食事は難しい

 「――ぅごっ!」

 

 皿同士が触れる音。侍女の足音。壁越しに聞こえる調理の音。

 至って日常の作業音、しかし熟練した働き手により奏でられたそれらは、どこか小気味良さがある。

 そんな「朝の食堂」という名の音楽をぶち壊す異質な音が響き渡る。

 

 ――突然小さな手を口にねじ込まれたボックスの悶絶である。


 「……ちょっと何やってんのよ!?」

 後をついてきていたはずの幼女が、何故か老執事の口内を蹂躙していたのだ。

 レイラはたまらず声を荒げ、ドレスをつまみながら現場に急行する。


 「これ以上水を出したら死体になってしまうだろう?」

 「いいから手を抜きなさい!」

 小首を傾げたままのニョロを叱りつけながら、喉奥まで押し込まれた手を引き抜くレイラ。

 ボックスは涙目の息絶え絶えといった様子である。

 

 「また水が漏れているぞ」

 「やめなさい!! ボックスも離れて!」

 

 ボックスの涙を拭かんと抵抗するニョロだったが、レイラ他数人の侍女により阻止。

 このことを重く受け止めたレイラにより、「涙や汗を出したくらいでボックスは死なない」ことをニョロに理解させる為の勉強会が急遽行われた。

 

 その後、ようやく食事の席についたレイラが、横に座るニョロに声を掛ける。

 「ニョロ。あなたいつそんなボックスに懐いたのよ?」

 「懐いていないが」

 「嘘おっしゃい! ボックスが死んじゃう~!って思って心配になったんでしょ? ホント素直じゃないのね」

 「確かにボックスが死体になることを懸念した故の行動だが、それが懐くという話になる意味が分からない。お前は懐いていなければ目の前で死にゆく者を見殺しにするのか?」

 「そんな物騒な話してないわよ!?」

 レイラはスラスラと飛躍した論調を並べ立てるニョロについ声を上ずらせる。

 

 しかし、ニョロはそんなことはお構いなしといった様子。

 その理由は目の前に並べられた――ご馳走である。

 

 バスケットに積まれた焼きたてのパンは、起き抜けの身体を包み込むような優しくも芳醇な香りを醸す。

 手前の皿にのせられた黄金に輝く美麗なオムレツは、些細な音にすらプルプルとその身を揺らし、その柔らかさで人々を誘う。

 食欲を引きずりだす暴力的な香りを放つのは、切り分けられたローストチキン。皮目の照りがそのジューシーな味わいを物語る。 

 

 そこに加えてスープやサラダ、切り分けた果実など、色とりどりの料理達がニョロの眼前に所狭しと並んでいるのだ。

 その料理達はニョロにこう告げている。


 ――難しい味だよ、と。

 

 ニョロは食べた。

 荒れ狂う尻尾が何度もレイラの身体を打ち、その度にレイラはニョロを叱ったが、食べられる綿?の軽い食感と優しい甘味が彼の手を休めさせることは無かった。

 ニョロは食べた。

 レイラに「手掴みで食べるのはやめなさい」と何度も叱られたが、口に入れるととろけて無くなってしまう黄色スライム?に惑わされてそれどころでは無かった。

 ニョロは食べた。

 熱いから、とボックスが切り分けて食べさせてくれた、火にくべたズルムケの鳥?は難解な味がしたが、それ以降もずっとボックスが食べさせてくれた。


 「美味しかったですかな?」

 料理をひとしきり食べ終えて顔中がべちょべちょになったニョロに、べちょべちょにならざるを得なかったボックスが尋ねる。

 「かつてないほどに計り知れぬ、実に難解な味であった」

 「はっはっは。そうでしたか! 確かに美食とは本当に理解するのは難しいことですからなぁ!」

 ボックスは皺だらけの顔をより皺だらけにして笑い飛ばすと、ニョロの口元を布巾で拭う。

 ニコニコとしたまま粗方口元を拭き終えると、

 「明日、私はスプーンの練習をするのですが、一緒にいかがですかな?」

 「別に構わないが」

 ニョロがそう答えると、ボックスは目尻を下げて頷いた。

 そのあと仕事に戻るボックスを捕まえようとした尻尾は、べちょべちょにされたレイラによって阻まれた。


 食事の後、ニョロはレイラと共に一度寝室に戻り、通算三度目の入浴。

 サイズの合う侍女服が無くなってしまった為、レイラのお下がりワンピースを着ることになったのだが、勿論尻尾穴が無い。

 よって、侍女に尻尾穴を開けてもらう間の暇が発生。

 つまるところ、ニョロとレイラの作戦会議のお時間である。

 

 「まずはどこから調べるか、なのだけれど、何か気になるところはあるかしら?」

 レイラが持ってきた王城の見取り図を見つつ、手がかりのありそうな場所を考える。

 とはいえ五階建のエンシャンティア城の見取り図は階ごとの計五枚に分けられているが、それでも広い城の為細かく、字を読めないニョロにとっては難易度が高い。

 そんな中、ニョロが気になったのは、一階の見取り図にしか図示されていない、城本体とは別の建造物であった。

 

 「これは何だ?」

 「聖堂ね。神様に祈る場所、って言ったらいいのかしら。まあほとんど使わないけれど、来週の継承の日に使うわね」

 円形の建造物だが、城本体と見比べると、かなり小さい。

 「継承式のことか? こんな狭いところでするものなのだな」

 ニョロの言葉に、レイラは首を振る。

 「違うわ。継承式は貴賓が大勢来るから玉座の間でするんだけど、あくまで継承の日を迎えた新しい姫のお披露目会ってだけ。継承自体は十六歳の誕生日になった瞬間に行われるから、新しい姫は継承をこの聖堂で迎える決まりなのよ。だからまあ言っちゃえば継承の日前日の夜から当日の朝まで、姫様がちゃんと継承を受けられるように聖堂で過ごしましょう、ってコト」

 つまり、継承の日――新たな姫が十六歳になる誕生日になった瞬間、母から娘へ祝福紋が転移するということらしい。

 聖堂はその瞬間を迎える為だけに使われる部屋、ということのようだ。

  

 「不自然だな」

 ニョロがそう呟くと、手を叩いたレイラが、

 「そうなの! やっぱり貴方なら気付くと思っていたわ! 普段神に祈ってなんかないのに、なんでこの時だけ聖堂にいなきゃいけないのか!?」

  

 どうやらレイラの期待に応えることとなったらしいニョロだが、全く同じことを考えていた。

 継承の条件は娘が十六歳になる、もしくはそれを待たずに母親が死ぬこと。場所に関する言及はされていなかった。

 となると、何らかの要因で聖堂を使わざるを得なくなった、と考えるのが自然である。例えば過去の継承の際に問題が起きた、など。

 記憶で見たアイリスは既に継承を終えていたことから、それが失踪の要因になったとは考えづらいものの、秘密はある、ということだ。


 「そこには入れるのか?」

 「それが普段は結界があって入れないのよ。益々怪しくない?」

 「とすれば、入れるのは継承の日前日の夜だけ、ということか?」

 「そのっとおり!!」 

  

 再びレイラの期待に応えたらしく、目が輝かせたレイラが早口になる。

 「私が貴方を侍女に誘った最大の理由の一つがまさにコレなの! 夕方に侍女が掃除に入るらしいからその時と私が入る時だけ結界が無いはず! だから貴方には夕方に聖堂に侵入して、継承の瞬間に起こる出来事をその目で確かめてほしいの! 貴方なら小さいし、尻尾を使って色々出来るから隠れたりするのは得意でしょ? 出来る!貴方なら出来る!! だからやってくれるわよね!? 私と一緒に聖堂の謎を解き明かそうじゃない!!」


 「構わないが」

 「やったあ!!! 約束よ!!」

 あまりに饒舌なレイラに少し恐怖を覚えてしまったニョロだが、何かの手がかりになる可能性があるため断るはずもない。

 とはいえ来週の話だ。

 「今は今日どこを探すかの話だ」

 有頂天にくぎを刺したところ、平謝りしたレイラがしばし熟考。

 そして、レイラが「ここ!」と指を指して、

 「ボックスの執務室兼寝室!」

 

 場所は王レイニアの寝室と玉座の間がある四階の隅の小さな部屋。

 単なる使用人が王と同階で寝泊まりをする、というのは違和感があるが、ボックスが積み上げてきた八百年が成した信用ゆえか。

 しかし、今日ばかりはニョロとレイラの気が合うらしく、ニョロは思考を巡らせながらも数回の頷き。


 何かを隠し通したい者がどこにそれを隠す、と考えると、裏をかいていなければ当然自分が一番手を施しやすい場所だろう。

 つまり、確実に何かを隠しているボックスの秘密がある場所として一番可能性が高いのはボックスの執務室だ。


 ニョロは小さな身体をぴょんと浮かして立ち上がると、肩越しに言う。

 「じゃあ早速行くとしよう。ボックスの執務室へ」


 「……服を着てからね」

 

 

 ボックスが三階で仕事をしているのを確認した後、レイラとニョロは直ちに執務室に向かう。

 直ちに、と言っても本人たちの認識としてであり、運動不足のレイラと餓死から復活して六日のニョロに言葉から想像する疾走感は無い。

 しかし、時間をかければ目的地に到着することが出来る。

 本人達は既に一仕事終えたような疲労感を全身から発しているが、本番はこれからである。

 

 息を整えた後、

 「……よし。入るぞ」

 ニョロがドアノブに手を手を伸ばす。

 

 「?」

 扉の前で小首を傾げるニョロ。

 「どうしたの? 早く開けなさいよ」

 レイラは急かしながらニョロの手元を覗き込む。

 すると、ニョロがぽつりと呟く。

 「このドアノブ、触れないぞ」

 ニョロの手は、ドアノブに触れる寸前で止まっていた。

 手触りも感触もなく、しかしそこに見えない壁があるかのような妙な感覚。

 これはまさに――

 

 「「結界……」」


 ニョロは手を降ろし、部屋の前に立ち尽くす。

 

 「やっぱりお母様もアイリスのことを隠そうとしているってコトね……!」  

 恨めし気なレイラの言葉を背中に受けながら、これに関してもレイラと同様の考えであったニョロ。

 

 アイリスの謎については、レイラが知らないことから初めはボックスだけが隠しているのかと考えていた。

 しかし、一使用人であるボックスが全てを隠し通す、なんて芸当は王の協力なしにはあり得ない。

 つまり、レイニアら歴代の王達には、アイリスの謎が共有されていた、ということだ。


 だが、これは逆に最大の好機であることを意味している。

 来週になればレイラが結界の祝福を継承する。

 ということは……


 「私の部屋の前で何をしておるのですかな?」


 思考に集中していたニョロの不意をつく、穏やかな問いかけ。

 声の主はボックス。それは振り返らずとも分かる。

 

 否。

 ニョロは振り返ることが出来なかった。

 

 来週がニョロにとっての最大の好機。

 ということはつまり、

 

 ――今がボックスの最大の好機だからだ。

 

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