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17話 勇者グレインの冒険


 「起きなさいニョロ! 調査開始に相応しい朝よ!」


 柔らかな毛布に包まれ、心地よい倦怠感に身を委ねていると、それを許さないレイラの声。

 とっくに意識はまどろみを抜けていたのだが、ニョロの瞼は頑として開こうとしない。


 これまで森の動物として暮らしてきたニョロにとって、人間が作りし寝具はそれはもう居心地が良かった。

 自分の形に沈み込むが適度に弾力のあるベッド、羽のように軽い暖かい毛布。

 純白のシーツからは優しい香りがして、寝具達はニョロを怠惰へと誘い続けている。

 

 「早くおはようしなさい! 早くおはようしないと……!」

 レイラが何やら言っているが、もう少し。もう少しだけ。

 尻尾で声の出所を押し返し、毛布の中に身体をうずめる。 

 

 そんな名残惜しさに身を委ねる朝、ニョロは昨晩の夢を思い返していた。


 夢、というよりは記憶。肖像画に触れた時と同様の鮮明な記憶である。

 つまり、この城にきて二度目の――アイリスの記憶の追体験。

 

 前回は手がかりに触れて突然気を失った形だった。

 しかし今回は特にそういうわけではなく、あくまで眠っただけ。

 眠る前までにいくつかの情報は得たが、どれも大きな手掛かりというわけでは無かったはずだが、それでも追体験が発生したということは、


 ――小さな手がかりが一定蓄積すると、睡眠の際に記憶の蓋が開く。

 ということなのではないだろうか。


 この仮定が正しいとすれば、今後の調査の難易度は随分と易化する。

 アイリスの謎に直接関連する物品、知識に触れずとも、間接的な知識を取り入れていけば自ずと記憶の追体験が起こるはずだ。

 大きな手掛かりはボックスによって隠されている、もしくは既に消滅している可能性が高いが、レイラでさえ知る知識でも記憶に繋がるということであれば、この城にいれば時間と共に蓄積されていくと考えていい。

 勿論能動的調査をしないわけではないが、アイリスとヒメを繋ぐ謎を紐解くのは時間の問題、ということだ。


 ニョロは目的達成にいずれ手が届くことを確信。

 早速上々の成果を上げた、調査初日の朝である。

 

 しかし、いつまでも充実感に浸るニョロを許さない者がいた。

 

 「――ぅう」

 刹那のうちに柔らかな感触を取り上げられ、突如瞼の外が明るくなったニョロは、小さな呻き声で不満を表明する。

 すると、また瞼の外が暗くなったかと思えば、えも言えぬ存在感と威圧感が降ってきた。

 それが生み出す匂い、息遣いに覚えがあったニョロは瞼をこじ開け、眩い朝日の先に視認する。

 視界を覆うは、肌色の凹凸。

 尻尾を抱きうずくまるニョロに覆いかぶさる――

 

 「おはようニョロ。いい朝ね!」

 全裸のレイラである。

 「ううう~」

 充実とした朝が一転、目の前で笑う怪物によって最悪の目覚めとなり、ニョロは呻りながら抗議の視線をぶつけるのだった。

 

 

 「えっ……また記憶を見たの?」

 侍女の手を借りながら身支度をするレイラが、ニョロに背を向けたまま尋ねる。

 ベッドに座ってレイラを待つニョロは、新たな手掛かりを求め、レイラに記憶の情報共有をすることにした。

 見た内容をそのまま話すと、レイラは少し黙り込んだ後、


 「それはこの部屋が元々勇者と姫の為に作られた部屋だったからかもしれないわね」

 「元々?」

 「そう。元々。お風呂もついてるし月も良く見える良い部屋なのにずっと使われてなかったから、頼んで私の部屋にしてもらったのよ。だって勿体ないじゃない? もう使うことなんて無いんだから」

 

 レイラの寝室はかつてアイリスがグレインと過ごした「勇者と姫の為の寝室」だった。

 だから記憶の蓋が開いた、ということか。

 ニョロはこの部屋の過去との繋がりを理解すると共に、一つの疑問が浮かんだ。


 「この部屋を使うことが無い、というのは何故だ?」

 

 アイリスの記憶から得た知識として、勇者は千年のうち四十九人、グレインを入れると五十人の勇者がいた。

 単純計算で二十年に一人は勇者が現れ、その度に姫と子を成したはず。

 そして子供が十六歳になると母から姫――「結界の祝福」を継承するため、姫もおそらく勇者の数だけ存在する。

 そうなると、新たな姫が十六歳から二十歳の間に必ず勇者が現れる、と考えていいはずだ。

 つまり、来週姫となるレイラはあと数年のうちに現れる勇者と子を成さねばならないはずで、この寝室も作られた本来の目的に利用されるはずなのだ。

 

 レイラの背中に尋ねると、どうやら身支度が一通り済んだらしく、身体を翻したレイラが答える。

 

 「貴方が見たっていう勇者グレイン。彼が最後の勇者だからよ」

 「最後の勇者?」

 

 ニョロの問いに頷いたレイラは書棚から一冊の絵本を持ち出した。

 

 その絵本の表題は「勇者グレインの冒険」

 表紙に描かれた金髪の男は、本当のグレインとは似ても似つかない気高い目をした男であった。

 レイラ曰く、ニョロがアイリスの記憶で見たグレインが、その後辿った顛末が描かれているとのこと。

 

 字が読めないニョロの為に、レイラがゆっくりと読み聞かせた。

 

 子供向けらしく詳しい内容を描いているわけではなかったものの、事実を基にした冒険譚とのことで、ニョロは黙って最後まで聞いた。

 

 内容を要約すると、三百二十年前に旅立った勇者グレインは、大陸中の九割の魔物を殺し、十六年に渡る長旅の末、


 ――自らの命を捧げた一撃で魔王を葬った。

 

 ということだった。

 

 その内容がニョロに与えたのは、天地が返るほどの衝撃である。

 ニョロは憮然とした表情をしつつも尻尾をしきりにばたつかせながら、自身の考えていた世界情勢の上書きを図る。


 魔物が世界中に蔓延り、唯一対応しうる人間達が自分の領土を辛くも守り続ける。

 ニョロにとって世界とはそんな、侵攻する魔物と抗う人間、という構図だった。

 

 しかし、現実は違った。

 人間達の反抗は三百年以上も前に魔王の喉元を切り裂き、同族は全滅の一途を辿っていたのである。

 魔物と人間の争いは、劣勢を跳ね退けた人間側の完全勝利に終わっていたのだ。


「本当に魔物は居なくなったのか?」

「ええ。勇者の旅立ちを境に、大陸中のほとんどの魔物が姿を消した、と言われているの。実際、それ以降の三百余年、魔物の目撃例はごく僅か。全滅はしていないけれど、というのが現実よ」 

 

 森で長年動物に寄生して過ごしていたニョロは、いつしか俗世から切り離されてしまっていたらしい。

 ニョロが森を出てから王都に着くまでの数日、一匹も魔物を見かけなかったのは、あの辺りだけ魔物がいないのではなく、もはやこの世界中に魔物がほとんどいないからだ。

 世界の盟主。強者。敵はいないと高を括っていたのは、紛れもないニョロのほうだった。


 とはいえ、

「一人の人間が魔王のみならず九割の魔物を葬った、というのはにわかに信じ難いが」

「確かに私もそう思うけれど。それだけ『勇気の祝福』の力が凄いってことなんじゃない? 」 

「勇気の祝福? それがグレインの力か?」

「そうよ。祝福の詳しい内容は現代まで伝わっていないけれど、()()()()()()()()()、だったと言われているわ」   

 

 魔物と人間の間には、魔力や身体能力の面で大きな実力差がある。

 いくら勇者が特殊な力を持っていたとしても、単独で全滅に近いところまで追いつめるなど不可能だと断言できる。

 だが、実際に魔物のほとんどがいなくなっている。

 

 王都で語られる全てが真実とは言えないまでも、おおよその部分は信じざるを得なかった。

 

 しかし、結局グレインは魔王を討つことと引き換えに死んだらしい。

 アイリスが感じた「グレインが死なない」予感は外れていた、ということだ。  

 その間にアイリスが何をしていたのかはまだ分からないが、アイリスはヒメという普通の娘になっている、という意味ではグレインの目標は達成できたと言えるだろう。

 同時に、「死ぬ勇者と子を成して未亡人として一生を終える」という「姫の呪い」も、グレインが断ち切ったのだ。

 そう考えると、グレインによってもたらされた平和とは、エンシャンティア家の姫達にとってはより大きな意味があったらしい。

 

 アイリスを追体験したニョロは、その事実に少々の感傷を抱いた。

 「ヒメ、どうやらグレインは成し遂げたらしいぞ」

 (……うん!そうだね!! グレイン君は頑張ったんだ! すごいね!すごいね~!!)


 少し反応が遅れたように感じたが、ヒメも大層喜んでいる。

 ニョロはグレインの顛末を知ったヒメが泣きださないか懸念していたが、杞憂だったらしい。


 これならば問題ない。このまま記憶を辿り、アイリスの謎を解き明かそう。

 改めて決意を固めたニョロであった。


 その後侍女服に着替えさせられたニョロは、レイラに手を引かれ城内を歩く。

 目的地らしい扉の前につくと、空腹をくすぐるような香りが漏れ出していた。

 

 (わぁ~! すっごーい!!)

 扉の先に待ち構えていたのは、中央に十人以上は同時に着席できるであろう長いテーブルが鎮座する食堂であった。

 赤いクロスが敷かれたテーブルの上には、大小さまざまな皿が並べられており、数人の侍女がそこに料理を運んでいる。

 

 「昨夜はよく眠れましたかな?」

 キョロキョロしながらレイラについていくニョロの背後から、しわがれた声。

 振り返る先にいたのは、穏やかな笑みを向けるボックスであった。

 (じいじおはよ~!)

 「よく眠れたか、と言われれば眠れた、という他ない。眠れていない、と言えば嘘になるからな」

 「そうでしたか! それは良かったですなぁ。爺は嬉しいですぞ」

 「ふむ。そういうお前は眠れているのか? 皺だらけのボロボロだが」

 「おや? 心配してくださっているのですかな?」

 「していないが」

 「そうですか。ですが、これは年を重ねた故の勲章みたいなものです。たくさん寝たからこそ、ボロボロでも爺は元気なのです」

 

 笑顔のボックスとやりとりをするニョロは無表情そのものであったが、尻尾の方はそれはもう活発である。

 会話の最中笑顔の老執事の身体中をこね回し、爺の皺を伸ばしてみたり戻してみたり。

 挙句の果てにはボックスの腰にがっしりと巻き付いてしまい、老獪な男もこれには少し苦笑い。

 

 「申し訳ございませんが、お嬢さん。爺には仕事がございますので、本当に名残惜しいのですが、この可愛らしい尻尾をほどいていただけると」

 「何故だ? これは伸びるから問題ない。お前は気にせず仕事をすればいい」

 

 日常的会話。執拗な接触。

 この一連のニョロの行為に、対して意味はない。

 ただなんとなくやっていることに過ぎないのである。

 攻撃ではないし、彼の行動を阻害することもない。

 

 だからニョロは当然とばかりに答えたのだが、爺は困ったように笑っている。

 

 ニョロは、そこに何か、えも言えぬ感情を覚えたのだ。

 

 この感情が何を意味しているのかは分からない。

 しかし、一つだけ気付いたことがある。

  

 ボックスの額に汗が流れていることだ。

 そう――水が漏れているのである。

 

 ニョロはそれに気付くやすかさず指で掬い取り、

 

 「干からびたらどうするのだ」

 と爺の口にねじり込んであげた。


  

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