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15話 祝福


 レイラに連れられて王の執務室を出たあと、ニョロはレイラの寝室に連結する「とある部屋」に閉じ込められていた。

 

 霞がかった景色。

 大きな水桶を満たす液体からは怪しげな煙が立ちこめる。

 床には脱ぎ散らかされたドレスや装飾品。

 それをいそいそと集める侍女の表情は暗い。

 

 「ううう」

 床に這いつくばるニョロは尻尾を抱きながら、にじり寄る化け物を弱弱しくも威嚇する。

 

 化け物は邪悪を煮詰めたようなにやけ面を浮かべた――

 

 「さあ!服を脱ぎなさい!」

 全裸のレイラである。

 

 レイラの寝室に併設された浴室であった。

 人間ひとりなら充分余裕のある大きさの白い浴槽が置かれた、湯気立ち込める一室。

 「ニョロの世話をする」という王命を受けたレイラは、手伝おうとする侍女を制し、世話対象に狙いを定める。


 「まずは裸の付き合いよ! 邪魔なものを取っ払ってこそ、人と人の繋がりは強固なものとなるの!」

 

 その後、抵抗空しく身ぐるみを剥がれたニョロは身体を隅々まで洗われた上、レイラと共に入湯とあいなった。


 「ほんとにこの子は世話のかかる子ねぇ」

 ニョロを後ろから抱きしめながら、充実した面持ちのレイラ。

 ひとしきり暴れて冷静になったニョロは尻尾の先でレイラの顔を押しながら、

 「世話など要らないが。あと離れてくれ」

 「そんなこと言わないの。仕方ないでしょう? これはお母様、いや王の命令だもの。それに、貴方にとっては好都合じゃない?」

 

 レイラの言葉、そして執務室で見せた笑顔。

 ニョロの予想に反し、レイラは執念深い女らしい。

 レイラの意図するところを察したニョロは、背中で感じる女に問う。

 「お前、何か知っているな?」


 すると、人払いを済ませた後、レイラが語り始めた。

 「アイリス・エンシャンティア。三百二十年前の『結界の祝福者』にして、唯一子を成さなかった姫。現在知りうる王国史の中でも一際異彩を放つ彼女だけれど、ボックスの様子を見ても分かる通り、彼女には大きな秘密がある。私はほら?謎が大好き姫探偵なものだから、当然彼女のことが気になった。そして、あなたが来る前から彼女のことを少しばかり調べて、分かったことがあったの。さすがは姫探偵よね?そうは思わない?」

 

 「要点だけを話せ」

 ニョロの急かしに指を振り、「まあ待ちなさいよ」と焦らすレイラ。

 付き合ってられないニョロが尻尾で顔を押すと、ため息交じりに話を再開する。

「実はね? アイリスは死んだ、ということになっているけれど、実際に死体を見つけたわけじゃないの。アイリスの母、当時の先代姫が再度『結界の祝福』を継承したことで死んだ、と見なされただけなのよ」

「して、その根拠はなんだ?」

「墓を掘り返してみたのだけれど、()()()()()()()のよ」

「骨など三百年もあれば土に還るだろう? 無くて当然だと思うが」

「普通の人ならね。でも姫の遺骨は魔法で処理されるから、土に還ることは無いの」


「つまり、お前が言いたいのは、アイリスは行方知れず、ということか?」

 ニョロの言葉に指を鳴らすと、レイラは饒舌に語り始めた。

「その通り! アイリスの死は直接確認されていないのよ! 確かに継承はあったらしいけど、それも巻き戻しっていう特殊な形を取っている。でもボックスは『アイリスは死んだ』の一点張りで詳しくは何も語らない。おかしいわよね? 明らかに異質なアイリスのことをひた隠しにするなんて、そこに知られたくない何かがあるって言っているようなものじゃない? だから私はこう思ったの。 『アイリスには何か王国が知られてはならない重大な秘密が隠されている』と」

「そこに俺が現れた、と」

「そう!アイリスの人格を持つ貴方が現れた。この謎を求める姫探偵レイラの前にね! これはきっと 王国の謎を解き明かせ、という神の思し召しよ!」

 

 うっとりと天井に手を合わせるレイラを差し置いて、ニョロは考察の只中である。

 神がどうこうは無視するとしても、アイリスの死が確認されていないということは、実はアイリスは生きていて、何らかの要因でアイリスがヒメの姿になったという可能性は残される。

 長命の祝福を持つボックスが存在することから、数百年生きる人間がボックス以外にいてもそれほどおかしいことではなく、寄生直後にヒメから感じた魔力が逆流する気配からして、そもそもヒメが見た目相当の幼女ではなく、卓越した魔法使いだったのかもしれない。

 とすれば、ヒメは何かしらの魔法で姿を変えたアイリスである、という推論は辻褄が合う。


 まあその何らかの要因、何かしらの魔法、というのが分からないから真相が遠いのだが。

 ニョロは尻尾で水面をちゃぷちゃぷ叩きながら、

「それから? 他に手がかりになりそうなことは?」

 自信ありげなレイラから更なる情報を求める。

 だが、

「もう無いわよ? だから貴方と協力しようって話じゃない!」

 と、さも当然とばかりに鼻を鳴らすのは、乏しい情報源ことレイラである。


 しかし、ニョロにはある程度予想していたことではあった。

 レイラは老執事に頭が上がらないと見える。

 それどころかあの放っておけば国が滅びそうな国王でさえも全幅の信頼を置いているように感じたことからして、ボックスはこの王城を影から支え続けてきた裏の支配者だ。

 当然、主だからといって秘密を教えたりはせず、レイラのように探ろうとする者にはそうさせまいとするのだろう。

 遺骨の有無を調べ上げただけでも上出来、と考えるべきだ。

 

 そうなると、レイラから吸い出したい情報は祝福や王国史あたりだ。

「では祝福について教えてくれ。長命、結界、それ以外にもあるのか?」

 

 欲しい情報は身体を作り変えた上で四百年生きる力があるかどうかだ。

 

 レイラは「色々あるけれど」と前置きしつつ、

「例えば私の『透明の祝福』ね。効果は名前の通り、意識すれば身体を透明にすることが出来るの」

 そう言うと、レイラは手のひらにある、点を人型に並べたような紋様を見せる。

 

 初めて出会った時も魔法の気配すら一切感じさせなかったのは、祝福による力であり魔法では無かったから、ということらしい。


「服を脱いでいたのはその祝福の力の為か?」

「違うわよ? 身に着けた物も一緒に透明化できるからね」  

 

 どうやら服を脱ぐのは本人の嗜好らしい。

 レイラが理外の化け物であると再認識したニョロであった。

 

 しかし気になることがあったニョロは質問を変える。

「来週『結界の祝福』を継承するお前が既に祝福を持っている、ということは一人で複数持てるのか?」

「まあ珍しいけどいるにはいる、ってところらしいわ。そういえばアイリスも二つ持ちだったはずよ。確か『吸収の祝福』だったかしら?詳しい内容は知らないけど」

 ここで新たな情報の獲得。しかし一番先に言え、と思ったニョロである。

 

 言葉からして、何かを吸い上げて自分の力とするような、そういう類の祝福であると予想。

 吸収の力をどう利用したかは分からないが、アイリスをヒメに変えた要因に違いない。 

「祝福の力はどうやって使う? 魔法との違いは? 知っていることを全て教えてくれ」

 レイラはそれから祝福についての講義を始めた。

 

 長かった為要約すると、まず使い方は二種類あるらしい。

 一つが意識的な発動。使う、という意思さえあれば自在に扱えるそうで、レイラの透明が該当する。

 もう一つが無意識下での常時発動。ボックスの長命や、姫が継承する結界がそれに当たる。

 

 次に魔法との違い。

 魔法との最も大きな違いは「何の代償も必要としない」ことらしく、体内の魔力を消費するため一日の使用回数に限度がある魔法より遥かに使い勝手が良い。

 中には空を飛ぶだけの祝福や、腕力を高めるだけの祝福もあるようだが、無限に使用できる魔法と考えれば有用である。

 

 最後に祝福の発現についてだが、結界のように一族で継承されるものは珍しく、そのほとんどが突然発現するものらしく、レイラの「透明の祝福」が発現したのも二年前のことらしい。

 

 まとめると、祝福とは代償を必要としない魔法的効能のことであり、効果の内容、規模は多種多様。そのほとんどが突如として発現する謎の力、ということだ。

 正直、アイリスがどう「吸収の祝福」を使ってヒメになったのかは分からないままだが、明日からの調査の足しにはなるだろう。


「レイラ様、そろそろ上がられた方がよろしいかと。のぼせてしまいますので」

「あらいけない! そろそろ上がるわよニョロ! のぼせてしまうわ!」 

 侍女の助言をそっくりそのまま、自分の言葉が如く話すレイラがニョロを担ぎ上げる。

 床に降ろされたニョロは確かになんだか顔が熱い、とぼんやりしたまま身体を拭かれる。

 

 そのまま、結局侍女によって揃いのネグリジェに着替えさせられた二人は寝室に向かう。

 寝室は書斎のように書類まみれではなく、調度品が並ぶ豪華な内装がよく見えた。

 部屋の中央に鎮座する大きなベッドに並んで座りながら、侍女の用意した水を飲む。

 

 「あら、もうお眠? お子ちゃまなんだから」

 ニョロが重い瞼に抵抗していると、レイラに抱えられてベッドイン。

 暖かな毛布に身体を挟まれ、かつてなく強力な睡魔に襲われながら、ニョロは何か違和感があったような、と考える。

 しかし、ぼやけた思考はそれを中々見出さない。

  

 「おやすみなさい、ニョロ。明日から宜しくね?」

 顔を覗き込むレイラに優しく言葉をかけられて、とうとうニョロはまどろみに落ちていく。

 しかし意識が途切れる最後の瞬間、ようやく違和感の正体に辿り着いた。

 

 ――ニョロとなのったおぼえはない。


 なぜニョロと呼ばれたのか?

 その理由を聞くのは、ぐっすり眠って明日の見込みである。

 

    

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