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10話 触手VS執事長


「うん!よく似合ってますね!どうですか?可愛くなった自分は~?」

(かわいい~!うれし~!)

 

 ――侍女服。

 襟付きの黒いワンピースに、フリルのついた白いエプロン。

 エンシャンティア城に従事する侍女に支給される仕事着である。

 上質な布地が使用されており撥水性や防汚性といった実用性と軽やかな着心地を併せ持ち、それでいて非常にシンプルな造形が上品な着こなしを可能とする。

 まさに王家に仕える女性達の気品を象徴する衣服。

 

 ニョロはそんな侍女服を身に纏い、姿見の前でヒメと犬耳の侍女メルダに褒めちぎられる真っ最中。

 幼女だろうが尻尾が生えていようが、亜人も多く勤めるエンシャンティア城に死角は無いと言わんばかりに、侍女服はニョロの身体に適合していた。

 さすがにニョロは幼い身ゆえ侍女服はちょっぴり背伸びした印象を与えるが、そんなおしゃまさが逆に良いのです!とメルダは言う。

 魔物のニョロとて今は少女。可愛い服を着て可愛いと言われ、その気にならないはずもなく……

 

「特にないが」


 ……もなかった。

 鏡に映るその表情は、まさに不愛想。とても可愛らしく仕立てられた幼女とは思えない面持ちをしていた。

 

 当然である。

 身体はどうあれ魔物は魔物。服装に興味など微塵も無く、尻尾はピクリとも動いていない。

「とか言ってぇ~。本当は嬉しいんでしょう? もう素直じゃないんですからぁ!」

「嬉しくないが」 

 

 ニョロが平静を取り戻したのは、レイラと別れて少しばかり後、メルダに風呂に入れられる直前だった。

 お湯も石鹸も初めてだったがメルダの腕力が思いのほか強く、半ば強制的に身体を洗われ、森を出て五日目にしてようやく人間らしい清潔さを手に入れることとなった。

 その後は侍女服を着せられて今に至る。

 

「それじゃあ行きましょうか!レイラ様がお待ちですよ!」

 にこやかな犬耳侍女はそう言うと、憮然とする新米侍女の手を引いて広い王城をスイスイと進む。

 階段を二つばかり登り、長い廊下を半分程度歩いたところで、

「失礼致します」

 メルダが扉に声を掛け、中からの応答を待ってから扉を開く。

 

 あとをついて入室するニョロを待っていたのは、そこら中に本や書類が乱雑に積み上げられた一室――汚部屋であった。

 (きたなっ)

 そんな由緒正しき王城にあってはならないような空間にて、唯一小ぎれいに整えられた一角が視線を引く。

 二対の革張りのソファ。意匠を施されたテーブル。

 そこで汚部屋の主と思えないほどに、優雅なティータイムに興じる女の姿があった。

 

「ようやく来たわね。待っていたわ」

 全裸の智者レイラである。


「えぇ!? なんで何もお召しになっていないのですか!?」

「だから先ほど言ったでしょう? 脱いだのよ!」

 困惑するメルダの質問空しく、まるで当然とばかりの堂々たる佇まい。 


「うううー」

(だいじょうぶだよ! 変な人だけどお姫様だからね! よーしよしよし!)

 理を外れた化け物を見るや尻尾を抱えて縮こまるニョロ。

 

「あの、わたくし共もおりますので、是非とも何かお召しになったほうが」

「何よ? ここは私の書斎よ? 貴方にとやかく言われる筋合いはないのだけれど?」

「で、ですが、あなた様はこの国の次期姫、ひいては次期国王であらせられます。臣民の前で素肌をお晒しになるのは」   

「別に殿方がいるわけでもないのに? それとも私の肉体が見苦しいとでも仰りたいのかしら?」

「い、いえ!決してそういうわけではございません! ございませんが……」

「ならいいじゃない!」

 メルダを強引に説き伏せ、これでお終いとばかりに手を叩くと、 

「尻尾の貴方、早速作戦会議よ!さあ!早くこっちにいらっしゃい!」

 

 しかしニョロは応じない。

 メルダの背に隠れ、弱弱しく威嚇するのが精いっぱいであり、とても対面して話し合うことなど到底出来ない。

 

 ニョロは助けを求めるように揺れる眸でメルダを見上げる。

「お紅茶いれますねぇ」

 が、頼みの綱であったメルダは既に状況に適応していた。

 さも平然と紅茶をカップに注ぐ様は、まるで不要な情報を頭から消し去ったかのようである。


 ――逃げるしかない。

 ニョロの本能が告げるは、この場からの逃走あった。

 強張る身体を無理やり翻すと、縋るようにドアノブに手をかける。

 冷静さは失っている。が、今回ばかりは同じ轍は踏まず、押し開かれた扉はニョロを次なる空間へ導く……

 かに思えたが、扉の先にあったのは行く手を阻む黒い壁であった。


「ゔっ」

 勢いよく黒壁にぶつかったニョロは鈍い呻きをあげながら、立ち去りたかったはずの書斎の床を転がる。

 転がった先で何かにぶつかり見上げると、そこには凹凸豊かな肌色があった。


「――っ」

 その凹凸の先に見えるレイラの顔にニョロは言葉にならない声を出す。

 絶体絶命。狼に睨まれた兎のように、仰向けのまま硬直する。

 

 しかし、レイラはニョロを見ていなかった。

 正面をじっと見据える顔には汗が滲み、余裕があって奔放なこれまでの姿とは様子が違う。

 訝しんだニョロがその視線を辿ると、扉の先の黒い壁が人間であることに気が付いた。

 

 皺だらけの顔に乾燥した白髪。

 黒い執事服に身を包む、耳の欠けた老人。

 積荷に隠れるニョロに気付いた目聡い執事長――ボックスである。

 

「大事な用だと言われ来てみれば、これは一体どういうことですかな?」

 腕を後ろで組み、悠然と佇む老紳士の顔は至って穏やか。

 しかし老いさらばえてるはずの身体からあふれる豊かな生命力には、威圧的な気配を感じてならない。


「………あ、あ~らごきげんよう、爺や。い、今ちょうどね? えー……そう! あなたとお茶をするのにピッタリなドレスを二人に選んで貰っていたところなの!だから決して私が全裸で徘徊していたとか、侍女を困らせていたとか、そんなことでは決して無いの! ね?そうよね?」

 大汗をかきながら早口で嘘を並べ立てるレイラが執拗に目配せをするが、メルダはただ微笑むばかり。

「……あー!たしかメルダはあのドレスが良いって言ってたわよね!? えー確かこの辺に……あっ!ってこれはいつぞや拾った何かの皮だわ」

 レイラはおもむろに書類の山を引っぺがし、何かを掘り出しては違うと方々を探し回る。

 そんな威厳の欠片もない全裸の主人の背中に、ボックスが大きなため息をつく。


「レイラ様」

「な、何かしら? ちょっと待っていただけるかしら? すーぐ見つけるから!だから待ってね?」

 名前を呼ばれて飛び上がると、更に慌てた様子で書類の掘削を続け、

「ほーらあったわ!この色合いのドレスがちょうどお茶会にピッタリ……ってこれ何かしら? クサいわ?」

 赤い何かを引きずり出す。


「レイラ様、もうよろしいですな?」

 老父の軽やかな口調に、その場にいる誰もがそこに孕む怒気を感じ取った。

 ボックスは緊張に満ちた中をゆっくり歩くと、

 

「はしたないッ!!!」

 レイラに一喝を見舞った。

 

 そこからはレイラの日頃の王族らしからぬ振る舞いに関する説教が小一時間に渡って行われた。

 果てには泣き出したレイラをメルダが慰めながらドレスを着せ、部屋に散乱した粗方のゴミをボックスが掃除した後、ようやくにして舞台が整った。

 

 ――ニョロの採用面接である。 

 

 推薦人であるレイラと同じソファに座り(可能な限り距離を開けているが)、ニョロは侍女採用担当であるボックスに相対する。

 しばらくレイラからの説明があった後、悩まし気に眉間を抑えるボックスが尋ねる。

「もう一度聞きますがレイラ様、このお嬢さんを専属の侍女にしたい、と?」

「ええそうよ! この子はまだ幼いけれど、『ここ』が優秀よ。きっと私の力になってくれるわ!」

 レイラは得意げに自らの頭を指し示す。

 ボックスは視線をニョロに移して「お伺いしたきことがいくつもございますが」と前置きした後、

「まずお名前を教えていただけますかな?」

 まるで子供を相手取るような柔らかな問いかけ。

 まさしく子供の見た目をしたニョロの、ようやくにして状況把握に至った思考回路は、この場を切り抜けることではなく、この先、ひいてはヒメの願いであるアイリスの記憶を取り戻す為に今すべきことを導く最中であった。


 理外の怪物レイラによって引きずり込まれたこの状況ではあるが、ニョロにとっては好都合という他ない。

 レイラの侍女になれば、アイリスの記憶を紐解く手がかりが眠る可能性が極めて高いエンシャンティア城の調査が容易になる。

 無論レイラを腹の底から信用することは出来ないが、城に詳しい上に高い知能を持つレイラは異常行動に目を瞑れば優秀な駒。

 この機会を手放す道理は無い。

 

 だからこそ、名前を答える際に留意すべきはボックスに警戒させないことである。

 ただでさえ積荷から飛び出した瞬間を抑えられており、今拘束されていないからといって侵入者をそう易々と受け入れるとは思えない。

 レイラも敢えてアイリスの名前を出していないのも、その名が障害となる可能性があるからだろう。

 つまり答えるべき名は「無し」。記憶の無い少女として、庇護対象として、害の無い者として振る舞うべきだ。


 ――そう、頭では分かっている。

 そうすることが今後の為になるのだと。

 

 しかし、今どうしても知りたいことがある。

 現状持ちうる手札の中で最も記憶に近づくであろうこの「一手」を、今。  


 

 「アイリス・エンシャンティア。かつて俺は姫だった」

 

 執事長ボックス。

 アイリスの記憶で見た()()()()()()()()()()()()にして、中に誰かが潜んでいると知っていたはずの荷馬車から飛び出したニョロに()()()()()()()()()()()

 

 ニョロは確かな手ごたえを得た。

 幼い少女が戯言を言っていると、この志願者は頭がおかしいのだと、そう捉えられておかしくない場面。

 穏やかな老人がすべき反応は冗談と笑うか憐れむか。

 

 それなのに、記憶で見るより老いさらばえた男の顔が、()()()()()()からだ。

 

  

 

 

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