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 エリオットには優秀な兄がいた。

 この国の王太子であるアーサーだった。


 エリオットは兄のアーサーに比べると、勉強も剣術もイマイチだった。

 子供としてみると、エリオットの能力は普通だったが、アーサーが(ひい)で過ぎていたのだ。

 

 生まれた時からなにかと比べられ、上手く出来ないエリオットは、大人たちに(あきら)めた表情で見られることが多かった。


 5歳の時にはすでに、国王と王妃である両親からも、少し見放されているのを理解していた。


 周囲の環境に、大人たちの態度に、エリオットの幼いながらも持っていた小さなプライドは傷付いていた。

 



 そんな時に転機が訪れる。


 隣国のシルヴィア姫との婚姻が決まったのだ。


「とても可愛らしいお姫様だそうですよ」

「隣国特有の真っ白い肌に、夜空のような深い青色の瞳をしているそうです」

「エリオット様より2歳年上ですが、きっと仲良くなれますよ」


 エリオットのお世話をしてくれる従者たちが、ニコニコしながら教えてくれた。


 自然とエリオットも嬉しくなった。




 結婚式当日、エリオットの隣には白いドレスにベールを被った、ほっそりした女の子が立っていた。

 従者が教えてくれたように、白いドレスに負けないくらい、美しく透き通った肌をしていた。


 表情はベールでよく見えなかったが、エリオットの隣で、じっと神父様の言葉を聞き入っている。


 それが終わると向かい合い、エリオットが彼女のベールをあげた。


「本当だ。可愛いお姫様が僕のお嫁さんになったんだね」


 そこには従者が教えてくれたように、とっても可愛い女の子がいた。


 式の進行として教えられていたように、エリオットが背伸びをしてシルヴィアの頬にキスをすると、その頬を薄っすら赤く染めた彼女と目が合った。


「…………」


 エリオットは幼いながらにも、シルヴィアのその様子にドキドキした。




 それからエリオットは、シルヴィアに夢中になった。


 毎日シルヴィアと一緒に過ごすのは、とても穏やかで楽しかった。


 兄に比べて何も出来ないと(さげす)まれていた自分に与えられた、特別可愛いお姫様。

 彼女だけは〝置いてかないで〟とエリオットを頼りにしてくれた。

 エリオットを必要だと求めてくれた。


 アーサーは持っていなくて、エリオットは持っている唯一の宝物だった。





「置いていかないで」


「もちろんだよ。大好きなシルヴィーを置いていったりしないよ」

 

 寂しがり屋のシルヴィアのために、エリオットは好意をたくさんたくさん伝えた。

 

 僕の大切な人の心が満たされますように。


 そう願いを込めて。



  

 成長しても、2人の関係は変わらなかった。

 一緒にいることで心が安らぎ、もう他には何もいらなかった。


 けど、シルヴィアに少しずつ変化が訪れた。


「私、大きくなったエリーを立派に支えられる人になりたいから……」


 彼女はそう言って、エリオットと過ごす時間を減らしていった。


 エリオットたちは王族なので仕方なかった。

 責務があり、遊んでばかりはいられない。


 シルヴィアもそう思っているのは分かっていた。


 けれど……




「エリー……そんなに近いとお菓子が食べにくいわ」

 隣に座るシルヴィーがクスクス笑っている。


「だって、あとちょっとしか一緒にいられないでしょ? 可愛いシルヴィーのそばに少しでもいたくて」

 エリオットはシルヴィアの肩を抱いて、彼女の首元に顔をうずめた。


 離れている時間が長い分、エリオットはシルヴィアと触れ合っていたくなった。

 

 僕の大事な宝物。

 可愛くって。

 優しくって。

 暖かい。


 エリオットたちは寄り添い合いながら、大きくなっていった。




 誰もが見惚れてしまうぐらい美しく成長したシルヴィアに、どんどん変化が起きていた。


 エリオットと居ても、以前のように嬉しくなさそうだった。


「好きだよ」

「今日も可愛いね」

「僕の大切なシルヴィー」


 シルヴィアを以前のように笑顔にさせたくて、エリオットはたくさんたくさん好意を伝えた。

 言葉だけじゃなく、抱きしめて頬にキスをした。


 けれど、体を少し強張らせたシルヴィアから返ってくるのは、ぎこちない笑顔だった。




「どう思う?」

 エリオットは隣を歩くクリフに尋ねた。

 2人は連れ立って城内の廊下を歩き、移動していた。

 クリフはエリオットと同い年の男の子で、エリオットの側近だった。


 2人は幼馴染だった。


 クリフは優秀な子供だったため、王太子にお(つか)えするように打診されたこともあるらしいが、エリオットのそばを選んだ。


 それほど2人は仲が良かった。


 けれど仲が良いから忠誠心が高いわけでもなかった。

 クリフは幼い頃から変わらず、少しぶっきらぼうで砕けた態度でエリオットに接していた。


  


「エリオットは本当にシルヴィア様が好きだな」

 クリフが呆れながら返事をした。


「そういうことじゃなくって」

「分かってるって……長年一緒にいるんだから、そういう時もあるんじゃないか?」

「真面目に聞いてる?」

「いいや。だって俺、恋愛とか分からないからさ」

 クリフが大げさに肩をすくめた。


 ちょうどその時、エリオットは目的地だった自室に帰ってきたので扉を開けた。

「……っうわ!」

「あ! 申し訳ございません!」


 部屋の中から何かが飛び出してきて、エリオットの目の前が真っ白なものに包まれた。


 部屋の掃除係のメイドがシーツを抱えており、部屋を出る瞬間に鉢合わせてしまったのだった。


「エリオット様、大丈夫でしょうか?」

 メイドが一旦シーツの山を横に退けて、不安気にエリオットに尋ねてきた。

 長めの前髪にメガネをかけているメイドは、初めて見る少女だった。

 恥ずかしがり屋なのか、終始(うつむ)いており、表情をよく見ることは出来なかった。


「大丈夫だよ。……君は?」

「今日から配属されました、リタと申します。エリオット様とシルヴィア様が過ごす、こちらの部屋の掃除も担当しますので、よろしくお願いします」

 リタがペコッと頭を下げた。

 彼女の焦茶色のポニーテールがピョンと跳ねる。


 すると、部屋の奥から別のメイドの声がした。

「リタが何かご迷惑をおかけしましたか? この子は新人なので、今はまだ私がいろいろ教えているのです。申し訳ございません。エリオット様」

 シルヴィア専属メイドのハンナが、リタの隣に並びながら頭を下げた。


 ハンナはシルヴィアが自国から連れて来た、数少ない従者の1人だった。

 エリオットやシルヴィアと同じぐらいの年齢に見えるリタは、ゆくゆくシルヴィアにつくのかもしれない。

 

「ちょっとぶつかっただけで、そんな大したことないよ」

 エリオットは2人のメイドに優しく微笑んだ。




 その時誰も気付かなかったが、リタが(うつむ)きながらも、エリオットの瞳をじっと盗み見ていた。




 

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